25 鍛練
翌日、相変わらずのもふもふな幸せを感じながら目を覚ました。とてつもなく名残惜しいけれど、上半身を起こして朝の祈りを捧げてからベッドを降りる。
欠伸と伸びをしながら洗面所に向かい、顔を洗って眠気を吹き飛ばす。
もう一度伸びをしてから眼鏡をかけて、昨日生活魔法の『清潔』をかけておいた服に着替えようと洗面所から出た時、テトがじっと自分を見つめていて、目が合った。なにか言いたそうだったので、目線と小首を傾げて促してみる。
「……………ところで主よ」
「ん?」
「言おう言おうと思っていたんだが………」
「うん」
やけに勿体ぶって、言いにくそうにテトは言葉を切る。
なにかありましたか?
「鍛練はしないのか?」
その言葉を聞いて、瑠華は視線を窓の外に向ける。
太陽が昇り始めたばかりで薄暗いが、小鳥のチュンチュンという鳴き声が聞こえてきて心が和む。
ああ、今日もいい天気になるといいなぁ………。
「……………………主、現実逃避してる?」
「はぅっ!」
マリアのつぶらな瞳で見つめられて言われた言葉に胸がきゅっとなり、床に四つん這いになる。
け、結構効くね…………。
なにを隠そう瑠華も、昨日の夜お風呂でまったりしていたら、唐突に気づいてしまった。
―――あれ?僕ってこの世界に来てから鍛練してなくね?、と。
【カイン】であった時も、毎朝起きて朝の鐘が鳴るまで鍛練を欠かさなかったし、彼方の世界にいた時も、幼馴染み達と一緒に毎朝鍛練や組手をしていた。
何故忘れていたのか?
それは誰にも分からない………………………はい、悪いのは完全完璧に忘れていた僕ですね‼申し訳ありませんでしたぁ‼
誰にともなく謝っておく。
「…………………忘れてたのか?」
「今日からやらせて頂きます」
「忘れてたんだな?」
テトの追及が厳しい………。
「何処かに場所があるかな?」
「…………………宿の裏に馬小屋があって、その手前に広めの場所があったぞ」
鍛練が出来る場所もしっかりリサーチ済みとは、恐ろしいにも程がある………。
テトに呆れた視線を向けられつつ、瑠華は従魔達を伴って宿の裏に向かった。そこには確かに鍛練が出来るほどの広さがあった。
建物の陰になる位置に寝そべったテトの体に、マリアとムツキが乗り体を伸ばしてまったりしだした。
目の前に広がるもふもふな幸せ空間の誘惑に負けそうになるが、頭を振って追い払う。
テトの目が恐ろしくつり上がりそうだったので。
先ずは格闘術からと思い、少し足を前後に開き腰を落とす。初めに【カイン】の時に行っていた型と動きを思い出しながらやっていく。少し型をやっただけで、考えることなく慣れ親しんだ動きになっていく。
この格闘術は完全に独学なので、専門家が見れば型もへったくれもあるかい‼、と言われそうだが、彼方の世界での一度目の人生の時に、図書館で読んだ格闘術の本や漫画の知識のみで、実際に本物を見たことがなかったのだから仕方ない。
次に今生で、幼馴染みと共にしていた組手を思い浮かべながら身体を動かす。
こちらは武術教室自体は辞めたが、幼馴染み達の見よう見まねでやっていたので型や動きは完璧だ。基本は合気道になる。
一通りの動きをこなすと程好く身体が温まったので、一つ深呼吸をして力を抜く。
次は剣技を行う為に、いつも腰に差している銘もない只のミスリルの長剣ではなく、輝きも性能も全く違う、手に馴染んだ二振りの剣をアイテムボックスから取り出す。
一つは〔宵闇〕という銘をもつ刃が漆黒の刀。
柄、鐔、刃、鞘にいたる全てが漆黒。刃は約1メル、細く反っていて独特の形をしている。黒剛石というミスリルより硬い鉱石と、月の精霊石を素材に作られた精霊剣である。
月の精霊石を使っているので「月魔法威力向上大」と「精神系異常感知大」の付与が付いている。
付与などなくても、刀自体が最高の業物である。
もう一つは〔蒼穹〕という銘を持つ刃が青い剣。
刀身は約1メル程で、刃は淡く青みを帯びて光っている。ミスリルと海の精霊石を素材に使っていて、刃以外は白銀で装飾はなにもついていないシンプルな剣だ。
海の精霊石を使っているので「水、海魔法威力向上大」が付与されている。
付与については、以前は宝の持ち腐れ的な感じになってしまっていたけれど、これからはちゃんと効力が発揮され役に立つ付与だろう。
先ず〔蒼穹〕を左手に持ち、〔宵闇〕は少し離して置く。
剣を空を突き刺すように身体の前で垂直に持ち、目を閉じる。まるで、騎士が聖なる祈りを誓うかのように。
一つ深呼吸をして、頭で一度考えてから身体に刻むように型を休む間も無く繰り出していく。
一通り終わると、〔宵闇〕を右手に逆手で持ち、〔蒼穹〕もくるりと回転させて逆手にし、背中で交差させるように構える。
この構えが、【カイン】の基本的な剣の構えになる。
こちらも一通り二振りの剣を振り、身体が違和感なく動くことを確認してから、一つ息を吐き姿勢を正す。
実は、【カイン】が使っていた剣技は、ほぼとある漫画の主人公の技を真似ているのである。一度目の人生で、彼方の世界で読んだ漫画で一番印象に残っているものだった。
その主人公を参考にして、剣の使い方、呼吸の仕方、間合いから注意すべきことまで、ありとあらゆることを必死に思い出し、自分が使いやすいようにアレンジしながら身に着けていった。
それ故に、技の名前や必殺技、そして奥義、果ては流派までそのままパクらせてもらった(まぁ、考えるのが面倒だった、という理由も多々あるが)。
そしてこの事実は、【カイン】の誰にも言えない隠したい黒歴史である。
何故なら、厨二病全開だったので。
恥ずかしいにも程がある、ということだった。
このことに冠してだけは、勇者と聖女も知らない。
尤も、参考にした漫画のことを知っているのは本人だけなので、黒歴史だと思っているのもまた、瑠華だけなのである。
閑話休題。
その時、瑠華の息遣いと剣が風を切る音しかしなかった空間に、軽快な拍手の音が響き渡る。
少し前から気配には気付いていたが、瑠華としては特に問題がなかったので気にせず放置していた。
宿屋の中へと繋がる扉に、アーシャが立っていた。
「お客さん、凄いね‼もしかして有名な剣士さんだったりするの?」
“有名な剣士”という言葉に苦笑が零れた。
ちょっと面倒くさそうなので否定しよう、と振り返って、扉の前に立つアーシャと目を合わせる。
「――――――っ‼」
すると彼女は何故か、頬を赤く染めて視線を泳がせ、慌てたように宿屋に入っていった。
突然のアーシャの行動に意味が分からず、きょとんとする瑠華。
その様子に呆れたように、一つ息を吐いたテトには気付かなかった。
瑠華は今、いつも目深に被っているフード付きのローブを着ておらず、顔を晒している。黄金の瞳を隠す為に額のペンダントだけはしているが。
無表情で少し冷たい印象を与えるけれど、中性的な綺麗な顔立ち。鍛練の為に薄いシャツ一枚だけで、首もとが開いているので形の良い鎖骨が見えている。汗が顔や首を濡らし、髪が汗で顔に張り付いている。
一心不乱に身体を動かした後だから当然だが、顔や首がほんのり赤く染まり息も乱れていて、ちょっとイケない雰囲気を醸し出していた。
「……………………主がまた無駄に色気を振り撒いている?」
「……………………ああいうのを人の間では“すけこまし”と言うのだろうな…………」
目に入れても痛くない、可愛く癒しの存在である従魔達のそんな会話は、瑠華は知るよしもなかった。
「ところで主よ、もう一つ」
〔宵闇〕と〔蒼穹〕をアイテムボックスにしまい、若干ゴワゴワする布で汗を拭いて呼吸を整えていると、テトがまたじっと見つめてきた。
なんとなく嫌な予感がし、瑠華は視線を明後日の方向に向ける。
「確か今日の昼過ぎに、ギルドに報告に行く予定だったな?」
「そうだけど?」
「一度街の外に出てから、また戻ってくるつもりなのだろう?」
「そうだね」
「………街を出る前に行っておけ」
「え?なんで?」
これから行ったら冒険者が沢山居るだろうから、また絡まれるよ?
「どうせ主のことだ、その時になったら面倒くさくなって後回しにするはずだ」
「……………………そんなことはないよ?」
「いや、絶対そうなる。前の時も期限付きの依頼を受けて、達成してるのに面倒くさくなって後回しにして、結局期限切れでペナルティを受けた前科があるからな。だから街を出る前に行け!」
視線を空に向けしらばっくれてみるが、テトの言うことが正論だと思うくらいには自分の性格を自覚しているので、頷いておく。渋々。
「全く、主は時折ダメモードになるからな。ちゃんと管理しておかないと」
ダメモードって………。
汗をかいて気持ち悪かったので、部屋に戻って服を脱ぎ、『清潔』の魔法を身体と服にかけてから、昨日用意しておいた服と装備を着けて身支度を整える。
宿屋の女将に鍵と朝食の追加料金を渡し、食堂でマリアとムツキと一緒に大盛りの食事をする。食事を食べ終わり、少しまったりしてから母子に挨拶をして、宿屋を出た。
朝の鐘が鳴って少し経つので、街も人も既に動き始めていた。ギルドに向かって歩いていると、前方、門に続く通りが妙にざわついていることに気付く。
街の喧騒とは違うざわめき。
なにかあったのか、と周りにいる野次馬達に混じり、ざわめきが起こっている中心に向かってみる。
その時、周りの会話が耳に入ってきた。
「ヤカサルの村が希少種に襲われたって?」
「騎士団が追い返したけど倒してはいないらしいぞ?」
「ここに来るんじゃないのか⁉」
どうやら厄介かつ面倒な事が起こったらしい。
読んで頂いてありがとうございました。




