16 シェシカルの街 その二
暫くの間、なんの音もしなかった。
これでは埒が明かないので、瑠華はもう一度、今度は強めにアミーナに声をかける。
「あの!この依頼の受理をお願いしたいんですけど」
「っっ⁉は、はい!」
漸くアミーナが我に返ったようで、急いで三つの依頼の手続きをしている。
その時になって周りも動き始め騒がしくなる。
「てめぇ、俺の仲間になにしやがる!?」
また横から大声を張り上げて近づいてくる男がいる。
アミーナさん、急いで‼、と念を込めてフード越しに無表情で見下ろしていると、念に気付いたのか、それともただ恐ろしいだけか、ちらちらと瑠華を見ながら作業をしている。
「聞いてんのか‼」
とうとうすぐ近くまで来た男は、しかし掴みかかろうとせずに怒鳴り散らすばかりだ。先程の男の二の前を踏まないためか。だが、その手は腰に差している剣の柄を握っていた。
「はい‼手続き終了しました‼どうぞ‼」
やっと処理が終わり、アミーナから依頼書とギルドカードを受け取る。その時、ギルドカードを左手の指の先から少し出るように持ち、くるりと身体を半回転させる。その遠心力を利用してギルドカードを持つ手を上に上げ真横に振る。男の目を狙って。
ギルドカードで男の顔の目の部分を横に一閃した。
「ぎゃああああああああああ‼」
目から血が吹き出し、男の顔も覆った手も真っ赤に染め上げていく。
この世界には欠損を治す魔法はない。どんなに魔力があっても、どんなに高度な回復魔法を使っても、失ってしまったものは復元できない。
例えば腕や足を斬り飛ばされたとして、直後ならくっ付けることは可能だろう。切り離されただけならば。
ただし、どちらかが潰れていたら不可能になる。
魔法や呪いによる状態異常の“失明”なら解呪魔法で癒せる。先天的な盲目は無理だけれど。
武器や魔法で眼球自体に傷を負った場合は、傷の程度によっては癒せるだろう。欠損になってしまったら癒すことは出来ない。
この男の場合は微妙なところか。
瑠華は綺麗に横一閃に切った。やったのは剣のような鋭い刃ではなくギルドカード。傷は浅く少々綺麗というところか。
神経を傷つけていなければ、回復魔法でまた瞳は光を映すようになるだろう。
瑠華は男を振り返ることなく、またもや静かになったギルドを出て行く。彼は一人目の男から一瞥たりともしなかった。
冒険者ギルドを出て大通りへと戻る。
昼に近づいている為、食べ物の屋台も開いている。どの屋台からもいい匂いがして迷ってしまうが、取り敢えず一番近くの、肉の焼く音と匂いが堪らない屋台に近づく。
「いらっしゃい」
「おじさん、それはなんの肉?」
「一角兎と猪だよ。それぞれ、一本鉄貨三枚だ。買ってくかい?」
「じゃあ、五本ずつ」
「あいよ、ちょっと待ってな!」
おじさんが肉を焼く姿を見ながら、アイテムボックスから銅貨を三枚取り出す。
あっ、今更だが一応確認の為に――――
鉄貨=100円
銅貨=1000円
銀貨=10000円
金貨=100000円
白金貨=10000000円
黒金貨=100000000円
という感じだったな。うん、大丈夫。忘れてない。
いや、本当に今更だが。
ちなみに白金貨が金貨の100倍なのは、五百年前まで間に青金貨というのがあったのだけど、素材となる青鉱石が採れていた山が、邪神の攻撃により吹き飛ばされ無くなってしまったらしい。そのせいで青金貨が作れなくなった。
金貨も白金貨も、価値を変えずそのまま今まで使われてきた。青金貨に代わるものも作られなかった。
だから白金貨が金貨の100倍という、ちょっと面倒なことになっているのである。
尤も、白金貨と黒金貨はほぼ一部でしか使われていないのだからいいのだろう。
青金貨は今も少なからず存在しているが、売買には使えない。専らコレクション目的で取り引きされるくらいだ。
更にちなみにだが、瑠華は青金貨を一一枚持っている。遺跡やダンジョンなどで発見したのだ。
以上、豆知識でした。
「はいよ、お待ち!」
「どうも」
串に刺さった焼き肉が十本入った紙袋を受け取り、他の屋台を見に行く。サンドイッチもどきや果実を搾った飲み物を適当に買い込んでいく。
この世界の飲み物は、果実のジュースが主流となる。炭酸などはほとんど見かけない。
同じ飲み物でも店によって、味が違う。普通に搾っただけのものもあるが、手を加えている店もあるので当たり外れがあるから、買うときに迷ってしまう。博打的な感じを楽しめば、と思えればいいが。
瑠華は彼方の世界での爽やかな果実ジュースに慣れているので、口当たりの良い飲みやすいものが好みだ。
結構な量を買って両手が一杯になったので、大通りの先にある街の中心の広場に出る。端の目立たないベンチに腰掛け一息吐く。
マリアとムツキがフードから出てきて、瑠華の右側にベンチの上にお座りする。早く早く、とせがむようにムツキがもふっとしたちっちゃい前足で瑠華の太股をたしたし叩き、マリアの長い尻尾がベンチをぺしぺし叩いていた。
「今あげるから」
緩んでしまう口をそのままに、紙の上に串から外した肉を置けば、二頭は肉を手で持ち、小さな口でもにょもにょ食べだした。
二頭の姿に癒されつつ、先程の冒険者ギルドでの出来事を思い返す。
やはりマリアとムツキにフードの中に入ってもらっていて正解だったな。やっぱり絡まれた。しかもよく分からない理由で。でも一度あったんだから、もうないよな?ない、よな?………………………………さて、依頼はなんだっけ?
嫌な旗が立ちそうになり、頭を振り気持ちを切り替える。サンドイッチもどきを頬張りながらギルドカードを見る。
遂行中依頼
Gランク リンカ草 十本 通常依頼 報酬 銅貨一枚 ポイント2
リンカ草を十本納品してください。十本以上あった場合、十本で銅貨一枚、ポイント1ずつ上乗せします。
この依頼は常時受け付けております。
Gランク ゴブリン 五体 通常依頼 報酬 銅貨三枚 ポイント3
ゴブリンを五体討伐してください。討伐証明部位の耳をギルドにお持ちください。五体以上の場合、二体で銅貨一枚、ポイント1ずつ上乗せします。
この依頼は常時受け付けております。
Gランク 荷運び 通常依頼 報酬 銅貨五枚 ポイント10
荷運びの依頼です。東門外の坑道から五百キロの鉄屑を運んで下さい。五百キル以上運んだら報酬を受け取れます。それ以上運んでも報酬は変わりませんので気をつけて下さい。
この依頼は五日おきに出されております。
ポイント低‼Fに昇格するのにポイントは100000必要なのに。流石Gランクの依頼………でもこれって仕方ないんだよね。Gランクは冒険者としての経験を積む為の期間でもあるから、ポイントはかなり低く設定されている。Gランクの間に、依頼の受け方、戦いの経験、他の冒険者との交流、自分に合った依頼などなど。そういったもろもろを学ぶ期間。
ここで挫折するなら、それまでってことだからね。
それはともかく、リンカ草とゴブリンはやらなくてもいい。ズルいかもだけど、既に腐るほど持っているからね!
3つ目のは荷運びかぁ。アイテムボックスを使えばこれもすぐに終わる。いや、人目があるところでは使わないけど、一応表向きの言い訳になる魔道具を持っているからね。
先に宿を取ってから依頼を終わらせて、街の図書館に行ってみよう。確かこの街にはあったはず。
ギルドの資料部屋は諦めた方がいいだろうな。さっきのことで、ギルマスとか出てきて注意を受けそうだし。
よし、と今日の予定を決めて食事を済ませようとサンドイッチもどきに手を伸ばそうとして、空中で止まる。
見れば膝の上には肉もサンドイッチもどきもなかった。どうやら瑠華が考えてる内に、マリアとムツキが全てたいらげてしまったようだ。器用に串から肉を外して。
「僕、まだ肉食べてないんだけど……………」
じとっと二頭を見れば、マリアもムツキも逃げるようにフードの中に入ってしまった。というかテトにやっていない……………夕食は多めにあげよう。
「まったく…………」
ため息を吐いて眼鏡を上げつつ、ゴミを片付ける。最後にジュースを一気飲みする。サンドイッチもどきを少し食べたのでいいか、と宿屋がある西区画の方に歩き出す。
ちなみにジュースは外れ気味だった。不味くはなかったからいいんだけれど。
そして宿屋はすぐに見つかった。風呂付きを選んだので、一泊銀貨五枚する少し高級な宿になってしまった。でもお金なんて捨てる程あるんだから、これでいいの。
やっぱり一日の終わりには、お風呂に入ってまったりしたいからねぇ。
宿屋が決まり、東門外にある坑道に向かう。そこにはザ・炭鉱マンのような筋肉ムキムキの男達がいて、声を張り上げていた。
坑道入り口の近くには鉄屑の山が沢山あった。一番近くにいた男に話しかけてみる。
「すみません、荷運びの依頼で来た者ですが」
「……………あぁ?」
男は怪訝そうに眉を寄せる。
「あんたが運ぶのかい?」
「そうですけどなにか?」
「…………そうかい。親方呼んでくるからちょっと待っててくれ」
男は坑道の中に入り、少しして初老の男性を連れてきた。その男は瑠華を見て、やはり怪訝そうな顔をする。
「荷運びの依頼を受けた奴だと聞いたんだが」
「ええ、僕です」
「あんた大丈夫かい?五百キルだぞ?まぁ、数回に分けて運べば出来るかもしれないが」
男の言いたいことは分かるが、ちょっぴり頭にくる。
「僕は魔法袋を持っていますので」
「へぇ、随分珍しいもの持ってるんだな」
魔法袋を持っていることは、なるべくなら言わないに越したことはないけれど、話が進まないので仕方ない。
アイテムボックスではなく魔法袋にしたのは、アイテムボックスは貴重すぎて持っているだけで厄介事を招いてしまう。その点魔法袋は、冒険者なら持っている者は少なくない。ただ上級に位置するような実力者がほとんどであるが。
アイテムボックスと魔法袋の違いは幾つかある。
アイテムボックスは古代に作られたもので、古代の魔術陣が刻まれていて容量も底無しのように入る。その全てが、腕輪や指輪等の装飾品である。
魔法袋は、いわばアイテムボックスの模造品というものだ。容量も比べようもなく少ない。魔法陣が刻まれているものも、その名の通り袋状のものだけだ。
魔法袋の容量は、魔法陣を刻んだ時に術者が込めた魔力によって決まるので様々である。
魔法袋は、見た目普通の物と変わらない。だから瑠華が腰にしているカバンを魔法袋だと相手は勝手に思ってくれたりする。
後で本物の魔法袋にしてもいいしねぇ。
まぁ尤も、アイテムボックスを使わなくても、五百キルくらいなら一度に運べるくらいの力はあるけどね?
ただそちらの方が異様な光景になりそうなので、アイテムボックスに入れて運ぶ。
「魔法袋を持ってんなら、もっと持ってってくれないか?勿論、その分報酬は上乗せする」
「依頼書には報酬は変わらないと書いてありますが?」
「最近この依頼を受ける奴がいなくてな、鉄屑が溜まってんだよ。あっちの責任者には俺の名前を出せばいい」
あっちというのは鉄屑を運び入れる先のことか。特に問題もないしやってもいいだろう。
「分かりました」
「お、やってくれんのかい!ありがとうよ。あそこにあるやつを持ってってくれ。ああ、それと俺の名前はドンガだ。じゃあ、よろしくな」
そう言って筋肉ムキムキおじさん、もといドンガは坑道に戻っていった。
名前がぴったりだと思うのは偏見だろうか?
ドンガが示した場所には三トン程の鉄屑があった。瑠華はそれを全てアイテムボックスに入れ街に戻る。
依頼書に書かれている鍛冶屋に行くと、ここにも筋肉ムキムキおじさん達が汗を流して仕事をしていた。ドワーフもちらほら見える。
暑苦しいので入りたくないな、と瑠華が躊躇していると、中から細身の青年が出てきたので声をかける。
「すみません、依頼を受けて鉄屑を持ってきたんですが、何処に置けばいいですか?」
「あっ、それならこちらに………って何処にあるんですか?」
「魔法袋に入ってます」
「ああ、成る程、ではこちらにお願いします」
言われた場所に全て出す。
「随分ありますね」
「ドンガという人に、余分に持ってってくれ、と頼まれたんです。こちらの責任者に言えば報酬も上乗せしてもらえると」
「おや、そうでしたか。私がここの責任者です。今依頼完了の紙を持ってきますので、少々お待ち下さい」
おや、意外なことに彼が責任者だった。てっきり責任者はドンガと同じタイプの人物かと。
瑠華が外に出て待っていると、先程の青年が直ぐに帰ってきた。
「お待たせしました。こちらが依頼完了の紙になります。報酬も上乗せするように書いておきましたので」
「確かに。では」
依頼完了の紙を確認し、鍛冶屋を後にする。
記憶を頼りに図書館を探すと、やはり記憶通りに街の北側の端にあった。図書館に入って、入館料の銅貨一枚を支払い本を探す。
この二年間の資料を見て、世界的になにかあったか、魔物図鑑、地図などで記憶との相違はあるか調べよう。
リーンゴーン
外からの鐘の音が耳朶を打ち、集中が途切れる。
この世界の大抵の街では、朝昼夕方と三度鐘が鳴る。時計などは数が少なく高級品なので、王族貴族や大商人くらいしか持っていない(【カイン】はちゃっかり持っていた)。
その為、一般的に三回の鐘で時間を知らせる。
先程のは夕方の鐘だ。窓の外を見れば、茜色に染まり始めている。
図書館が閉館の準備に入っているし、冒険者ギルドにも依頼完了の報告に行かなければ。鐘が鳴る前に切り上げようとしていたのに、つい集中しすぎてしまったようだ。
集中しすぎると時間を忘れる癖は、【カイン】の時からなかなか治らなかった。気をつけなければ。
ふぅ、と眼鏡を上げつつ息を吐いて、机の一角を見る。調べものをしている間、机の上で折り重なって丸まって寝ていたマリアとムツキを起こしてフードに入れ、図書館を出る。
冒険者ギルドは今の時間は、冒険者が依頼を終えて帰って来始める頃なので、急いでギルドを目指す。
ギルドに到着し中に入れば、かなりの人数がいた。朝と同じ左端の受付嬢、アミーナのところが比較的に並んでいる人が少なかったのでそこに並ぶ。
十分程で番がきたのでギルドカードと依頼完了書、リンカ草十本、ゴブリンの耳五個を出す。アミーナは瑠華に気づくと引きつった笑みで対応した。
「お疲れ様でした。只今、確認しますので少々お待ち下さいませ」
明らかに怯えていて、早く済まそうとしている姿に苦笑が漏れる。なにか言うと怖がられそうなので黙って待っている。
ギルマス、出てきたらどうしよう…………。
なんて考えていたら、真後ろから不機嫌を隠さない甲高い声が聞こえた。
「ちょっとぉ、早くしなさいよねぇ!こっちは疲れてんだからさぁ!」
僕に言ってるのか、受付嬢に言ってるのか。
もし僕だったらちょっとキレてもいいかな?
門番の兵士、朝のギルドでの男二人、そして今。こうも立て続けに不愉快なことがあると、流石の温厚な僕でもキレるよ?
ダメだって言われてもやっちゃうけどね♪
読んで頂いてありがとうございました。




