第3章 狂った歯車
★バン! バーン!
荷室から銃声が聞こえた。マストに登っていたマルコは、驚いて眼下を見下ろした。甲板の床に設けられた荷室のハッチから、奴隷たちが溢れ出るように上ってきたかと思うと、すぐその背後から、警護士が追いかけ出て、逃げ惑う奴隷を鉄砲で撃つのを目撃した。
何人かが容赦なく射殺され、海に捨てられた。それでも混乱は収まらず、乗船していた監査官は、残された奴隷達全員を、甲板の隅に追いつめた。
「まとめて切り殺してしまいなさい」
そう警護士に命令すると、船長がそれに異議を唱えた。
「そんなことは許しませんぞ!」
「貴様、いい度胸じゃないですか? 吾輩に歯向かうというのですか」
「ワシの船の上で、これ以上傍若無人な振る舞い、見過ごすわけにはいかん!」
「なんとまあ、とんだ勘違いですね。これはフランコ様の船です」
そう言うと、監査官はなに躊躇なく、短銃で船長の胸を撃ったのだ。そして監査官とその警護士たちに、そのサンタ・アナ号は乗っ取られる形となった。
監査官は残された船員たちに、持ち場に戻るように命令したが、誇り高き船乗りたちは、操船を拒否した。それで更に見せしめに奴隷が一人、警護士によって、生きたまま海に投げ入れられた。
「貴様ら! 吾輩の言うことを聞きなさぁい! さもないと密輸と奴隷売買の罪で、全員死刑にしてやりますよ!」
監査官の怒りは収まらない。
こんなことが許されるはずもないが、本国に着くまでに監査官たちによって、真実は揉み消されてしまうだろう。つまりそれは、船員全員の死を意味していた。
「・・・・・・」
船上は静まり返り、誰も動こうとはしなかった。
「まだ言うことを聞かんのかぁ!」
監査官は、目の前にうずくまる船員の胸ぐらをつかんで、無理やり立たせて、
「なら、お前も海に捨ててやる!」
「ひやぁぁ! やめて! やめてくれ! 俺は、俺は操舵士だぜ! 俺がいないと、この船の舵取りは誰がすると言うんだ!?」
操舵士はそう叫んで、殺されるのを免れようとした。
「そうか。おまえが船を操る責任者でしたか? なら、なぜすぐに吾輩の言うことに従わん!」
そう言って、その船員を海に突き落としてしまった。しかし、船に残された誰も、彼に浮きを投げてやることさえできない。
「副長! お前が舵を握れますよね。・・・そうですよね!」
床に座る副長は、監査官の目を見る勇気がなかった。
「聞こえないのですか! このグズ野郎!」
監査官はそう言って、今度も目の前にしゃがみ込む、別の男に歩み寄った。
「お前、立ちやがれ!」
次につかみ上げられたのは、荷室で顔を鞭で打たれた奴隷の若者だった。彼は顔から血を流しながらも、口元をぎゅっと引き締め、毅然として立ち上がって、上から監査官を睨んだ。
「ああ、貴様か。お前を助けようって奴は、いないでしょうね」
そう言うと、甲板の手すりに押し付けた。
「もうやめてください!」
そう叫んだのは、マルコだった。監査官は彼を見た。そして奴隷を放し、今度はマルコに歩み寄った。
「お前のようなチビは、残しても役に立たんでしょうね!」
そして今度はマルコをつかんで、手すりのほうに引っ張っていこうとした。マルコは必死に抵抗した。
「待ってくだせ! そいつはダメでやす!」
副長が突然叫んで、監査官が動きを止めた。
「何がダメなんですか?」
「この男は、水先案内人でガス。そいつがいないと、このサンタ・アナは航路に迷っちまうんで!」
「何を馬鹿な。船乗りなら水先案内ぐらいできる者が、他にもいるでしょう!」
「いんや、そいつは今回の航海から雇われた新人で。前任者の代わりがいなくて、急遽雇ったんでさぁ、つまり他に正確に航路を読めるヤツがおらんのでさぁ」
「では、こいつなら問題ないか?」
監査官はマルコを突き飛ばして開放し、倒れ込んだ先にいた船員に、今度は短銃を抜いて向けた。
「・え? そいつぁ・・・」
副長が言葉に詰まっていると、
★バンッ!
監査官は、その船員の頭を撃ち抜いてしまった。
「わ、分かりやしたです! 何でも言うことをお聞きしやす!」
マルコは自分の境遇を呪った。その後の数日間、奴隷や自分の仲間が次々と犠牲になる中、その光景を見せ続けられたからだ。
真夜中にマストに昇ったマルコは、暗闇に近づく一隻の船を見つけた。その船は明かりを一切灯さず、誰にも知られないよう、サンタ・アナ号に忍び寄っていたのだ。それは海賊船である。
マルコは敢えて警告しなかった。やがて甲板から海賊船が目視できるようになる直前に、ランプの油で帆に火を放ち、マルコはその高さから、そのまま海に飛び込んだ。燃え上がる炎が海賊船を、漆黒の闇から引っ張り出すかのように照らした。他の船員たちはすぐに状況を理解し、手漕ぎ船を海に落とし、自らも飛び込んだ。




