第13章 本当の運命
ある日、マルコは港のバーにいた。もう船のオーナーになったマルコには縁遠いみすぼらしい店だが、子供の頃からのなじみの店だ。マルコが海に出る日の朝は、今も必ずこの店で朝食をとることにしていた。
その店に一人のゴロツキが食事をしていた。監査官は腹いせにマルコ達を殺害しようと、そのゴロツキを雇ったのだった。彼は腰に短剣をぶら下げていた。しかし、この店の中で殺害を強行するわけにはいかない。マルコが外に出るのを待つ必要があった。港には多くの物資が置かれ、往来の死角になる場所も多い。ゴロツキはそんなチャンスを窺っているのである。
マルコは今日、港を出る。仕事の為ではない。それはサンタ・アナ号の生き残りが、どこかの孤島に流れ着いているかもしれないからだ。彼らの捜索のために、あの島で手に入れた財産を使うつもりなのだ。
マルコは食事を済ませ、店を出ようと席を立った。それを追うように、ゴロツキも席を立ったのだが、マルコは壁の地図を見て、ふと立ち止った。キャプテン・モローの地図の前だ。ゴロツキは、一緒に立ち止まるわけにいかず、仕方なくマルコの横を素通りし、店を出て人気のない路地に身を潜めた。
マルコはその地図をじっくり見て、絶句していた。
(この島の形・・・半分破れてしまっているけど、その洞窟の位置は、あの島の洞穴と一致している・・・)
マルコの全身に鳥肌が立った。
(あの見つけにくい洞穴が、まさか、あの島が・・・)
地図に近づいて、じっくりと見た。
(あの洞穴には、もう大したものは残っていなかった。後に海賊が、全部持ち出してしまったのかもしれない)
ふと破れている部分が気になった。
(僕が漂着した浜辺が、切れてしまっているのかな)
「マルコさん。あなたはこの地図が好きですねぇ」
店の主が声をかけてきた。
「ああ、子供のころからずっと見てきた。僕はこの地図にロマンを感じて、船乗りになったんですから」
マルコは微笑みながら話した。
「この港の船乗りは皆そうですよ。この地図のせい。なんせキャプテン・モローの宝の地図ですものね。本物かどうかはよく判りませんが、はっはっはっは」
「嘘じゃ、なさそうですよね」
「あなたも本物だって思いますか? 海の男はロマンがあれば、嘘も何も関係ないですからね」
「この地図は、どうやって手に入れたんですか?」
「先代が開店した時にね、フランコさんが開店祝いにくださったんですよ。どうせ嘘でしょうけど、価値がある地図だからと言って」
(フランコが船乗りの関心を引くために、わざとここに置いたっていうのか?)
「ほう」
マルコは興味深かったが、あまり気にしていないふりをして訊いた。
「そんな地図がここにあったら、海賊に狙われるんじゃないですか?」
「それがね、襲われたんですよ。ず~っと前に、フランコさんのとこの水夫が二人、この地図を売ってほしいと言ってきやしてね。私ゃね、本物の宝の地図だなんて思ってないですよ。でも二人して、どうしてもって言うもんだから、この嘘っぱちの地図を、銀貨十枚で譲ってやったんですがね」
(フランコのところの水夫が、この地図の秘密を知ってしまったのかな?)
「それが、どうしてまたここに?」
「その水夫の一人、その晩殺されましてね。港に浮かんでいたんです」
店主は笑いながら話している。
「誰がそんなことを」
「仲間割れでしょうかね。宝の地図ですから。海賊に通じてたのかも。はっはっはっ」
「この地図が持ち出されるってことに、海賊が気づいたんでしょうか」
「そうかも知れませんね。そうだとしたら、この地図は本物でさぁね」
(フランコめ、ずっと監視してるのか)
「地図が、またここに戻ってきた理由は?」
「いや、港の隅に浮かんでたのを拾った人がいて、事件の捜査に協力されていたフランコさんが、この店の地図だって気づいたから、届けてくださったんですよ」
「何か因縁を感じますね」
「フランコさんも、(この地図のおかげで、人集めには苦労しない)って、おっしゃってたそうですよ」
「船員集めに、一役買ってるってわけですね」(なるほど。船乗りを、切り捨て続けていくためか。何もかも嘘っぱちだ)
「いやー、私は銀貨十枚、得しましたよ。でもその時、下半分が破り取られてしまっていて」
「確かに下半分が無いですね。ここには何が描いてあったんですか?」
「・・・ふふふ、✘印です。ただの浜辺の中央、崖のヘリに赤くバッテンが描かれていました。ま、その✘印のことを知ってる者なんか、もうこの港には、ほとんどいないでしょうけどね」
「赤い✘印が怪しそうだな。そこが宝の在り処と言うわけか・・・」
「いやあ、どうでしょう。私は、ただの上陸地点に思えましたけど」
「じゃあ、もう一人の水夫は、洞窟を探し当てたのかな」
「普通どう見たって、洞窟が怪しいと思いますけどね。でも、モローの財宝が見つかったなんて噂は、一向に聞きませんね。マルコさん、浜辺を探したらいいですよ。はっはっはっは。どこの島か判ればの話ですけど」
そう言うと店の主は、カウンターの奥に引っ込んでいった。
マルコは急いで店を出た。ゴロツキもその後を慌てて追いかけた。そしてマルコは走りながら、桟橋で出港準備をしているクンタたちに大声で叫んだ。
「錨を上げろ!」
「了解しやした。船長!」
ゴロツキがマルコに追いつく前に、マルコは無事に、アベベ号に乗り込んでしまった。
空はまぶしいほどに晴れていた。
港の喧騒。潮の匂い。
世界は何も変わっていない。
クンタが隣に並ぶ。そして訊いた。
「これから・・・どうする」
マルコは、少しだけ考えた。そして、自分たちが乗る小さな船を見た。
『アベベ号』不格好で、小さくて、頼りない船。だが、
「僕はやる」
マルコは短く答えた。
「嘘のないやり方で」
「マルコさん、あなた、嘘つかない」
「・・・それが正しいかは、分からない」
クンタは黙ってうなずいた。
「作戦、あるか?」
「絶対、大金を手に入れよう。保険会社を買い取って、フランコを破滅させてやる」
「それは、難しい。時間、かかる」
「それでもいい。あいつは保険金目当ての奴隷ビジネスを、いつまでも続けるだろうから」
風が吹いた。帆がかすかに揺れる。マルコは大声で、船員たちに指示を出した。
「さあ、出航だ!」
失うものは多いだろう。楽な道でもない。それでも、もう迷いはなかった。
「仲間たちの恨みを、晴らしに行こう!」
「あなたの、お父さん、アベベの、分も」
海は今日も静かだ。まるで、賢老な聖人のように。そしてマルコは、父の言葉を口にした。
『海は、すべてを奪うが、すべてを与えもする』




