第12章 運命の真実
「その話に乗ったほうがいいですよ」
背後から声がして振り返ると、ゆっくりと一人の男が入ってきた。それを見てマルコとクンタは息をのんだ。そこに現れたのは、あの船に乗船し、行方不明になったはずの監査官だったのだ。
「お、お前、死んだはずじゃ・・・」
クンタも驚いた表情で、全身を震わせて監査官を睨んだ。クンタの顔に傷を負わせた張本人が、生きてここにいるのだから、それも仕方あるまい。
「吾輩は、生きていますとも」
「そんなはずは、船乗りが全員死んだのに、お前なんかが生き残れるはずがない」
「はっはっはっは。確かに船乗りたちは全員、海賊に殺されましたよ。あなたたちを除いてね」
「・・・そうか、お前たちは、海賊ともグルだったってわけか!」
「そんな証拠がどこにあると言うのだ。フフフ、すべてはお前の戯言にすぎん」
フランコが笑みを浮かべて言った。
「監査官が生きて、ここにいることこそが、その証拠だ!」
「しかしな、この監査官が航海に出た記録など、どこにもないのだよ」
「なんだって? それもお前が手を回して、記録をすり変えさせたんだな」
「それにも証拠がない。すべてお前の想像にすぎん」
フランコは吐き出した煙の中に立ち上がった。
「貿易商や役人までが、海賊と組んでいたなんて」
「そんなもの、今に始まったことではない。ワシの曽祖父さんは、キャプテン・モローなのだから」
「!!!・・・・・・」
葉巻の煙の向こうで、フランコは不敵な笑みを浮かべた。マルコはあまりの事実、想像を超えた真実に、驚きを隠せなかった。
「フランコ! 全部お前が仕組んだことだったんだな!!」
「その通りだよ。マルコ君。今、それを知っている君は、厄介な存在だ」
「今度は僕を殺すのか?」
「そうしたいところだが、君はサンタ・アナ号の唯一の生き残りとして、注目を集めている。これ以上スキャンダルな事件は、ワシとしても避けたい。益々保険金が手に入らなくなっては困るのだよ。だから、ここはひとつ取引といこうじゃないか」
葉巻をふかしながら、ゆっくり一歩二歩とマルコたちに近づく。
「そんな話に乗ると思うのか!」
「マルコ君」
その距離は、あと数歩。
「君は優秀だ。運もある。度胸もある」
フランコは、まっすぐにマルコを見た。
「だからこそ、惜しい」
「・・・何が言いたい」
「簡単な話だ」
フランコは、左手に持った葉巻を吸いながら、すっと右手を差し出した。
「こちら側に来るのだ」
凍りつくような静寂。
「監査官など、最初から存在しなかった。海賊に襲われた。それだけの話だ。君がそう証言すれば・・・」
わずかに、笑みをうかべ、
「・・・すべて丸く収まる」
「ぬぅうー!」
クンタが低く唸った。
「嘘!」
「違う!」
フランコは即座に言った。
「“現実”だ」
その一言は、重かった。
「世界はな、マルコ君。正しいかどうかでは動かん。都合がいいかどうかで動くのだ」
また一歩、近づく。
「君も分かっているはずだ。船の上で、何を見た?」
マルコの脳裏に、あの時の光景が蘇る。
血。叫び声。
撃ち抜かれる仲間。
海に沈む命。
そして・・・マルコは自分の手を見た。
(・・・僕は)
(人を殺した・・・)
(正義のためじゃない)
(・・・生きるために)
「な?」
フランコが囁く。
「綺麗事では、生きられんだろう?」
差し出された手。あと少しで、届く距離。マルコは、それを見つめた。
長い沈黙。まるで船倉に閉じ込められたかのような時間。
やがて、ゆっくりと顔を上げて、
「・・・ああ。そうだな」
マルコはフランコの顔を見た。フランコの口元が、わずかに緩んだ。
「その通りだ。僕は、人を殺した」
クンタが、息を呑む。
「帆に火を点けて、一人だけ先に逃げた」
声は静かだった。
「全部、本当だ」
フランコは黙って聞いている。
「でもな」
マルコは一歩、前に出た。そして、差し出された手を見下ろし、
「だからこそ」
その手を、振り払った。
「これ以上、間違えるわけにはいかない!」
乾いた音が、大広間に響いた。
その後、滝が涸れたかのような沈黙が、その部屋を包んだ。
フランコの表情が、ゆっくりと消えていく。
「・・・愚かな」
低い声。
「ならば、君はここで終わりだ」
その瞬間、背後の扉が開いた。複数の足音。武装した男たちがなだれ込んできて、監査官と共に、マルコたちの退路を塞ぐように取り巻いた。
クンタが前に出て、腰にかけていた斧を構えた。だが、
「やめろ」
それをマルコが制した。クンタは歯を食いしばる。
「行こう」
そしてそのまま、フランコに背を向け歩き去る。それを誰も止めなかった。今、止める必要はないと、皆分かっているからだ。この選択の先にあるものが、何かを。
扉の前で、マルコは一度だけ立ち止まった。
「僕は、あんたらみたいな人間じゃない」
フランコにとって、マルコはもう、ただの障害物でしかなかった。しかし殺すわけにいかない。これ以上、自身のビジネスに影響が及ぶのを、避けなければならないからだ。
「・・・ならワシは、君の商売を、とことん邪魔してやることにするよ」
「そんな事させるものか!」
マルコはすべてを悟った。あれは最初から仕組まれていた航海だった。帰路に物資はあまり積まず、わざと海賊に襲わせ、フランコは保険金で大金をせしめる計画だったのだと。
しかも、それは今回だけではなく、過去何十年にもわたり、この悪行は繰り返されてきたのだった。
「ふふふふん。あなたの父親も、船乗りだったそうですね」
横を通り過ぎる間際に、監査官が声をかけた。それを聞いてマルコはハッと気づき、顔いっぱいに力を込めた。
「父さんの死の真相が、こんなものだったとは! お前たち! 僕は絶対に許さないぞ!」
「どうしようと言うのだね。一体君に何ができると?」
「僕はきっと、お前の建造中の大型船を奪えるくらいの金持ちになって見せる」
「国を動かせるくらいの成功が、お前にできるものか」
「お前に殺された、船乗りたちの恨みを忘れるな!」
そして部屋を出ようとして監査官を睨んだ。
「素直になればいいものを・・・」
★ガツン!
監査官がそう言った途端、クンタが彼の顔面を拳で殴りつけた。
「仕返し、まだ足りない。お前、許さない」
監査官は、顔を押さえて床にしゃがみ込んだ。マルコとクンタはそれ以上は怒りを抑え、握りこぶしに力を込めて屋敷を後にした。
「虫ケラどもに何ができるものか。ワッハッハッハッハッハ」
フランコは、港に帰る二人をバルコニーから見下ろして笑った。その横で、監査官は恨めしい表情をして立っていた。




