第11章 嘘か誇りか
裁判から一年ほど、有名人のマルコは、人目にさらされる生活が続いたが、やがては落ち着き、島からクンタと持ち帰った財宝で、小さな商船を買った。
「船の名前、『アベベ』がいい」
クンタが言った。
「またアベベか。そうだな、僕たちの大切な船だ。その名を引き継ごう」
「アベベ号、自由な友達の名前」
「うん、“a bebe”。この国の言葉で、“大切な人に”って意味だよ」
そして二人は、若い水夫を五人雇って、自分たちで貿易業を始めることにした。
小さな桟橋に係留されたアベベ号の改修作業中、立派な馬車が横に停められたのを見て、マルコは作業の手を止めた。
「マルコさん。フランコ様が、あなたにお話があるそうです。屋敷までおいで願えますかな?」
御者が船の上を見上げて叫んだ。マルコは眉に力を入れて、その男を睨んだ。
(フランコが雇った監査官のせいで、大勢が死んだんだ。噓つきのフランコになど、会いたくないな)
「急いでくださいませ! さもないとこんな船、操業停止にもできるのですよ」
(なんと厄介な事だ。金の力で何とでもできるつもりなのか)
しかし、開業したばかりの仕事を潰させるわけにはいかない。雇った水夫たちの生活もある。マルコは考えを改め、
「分かりましたよ。すぐに参ります」
と言うと、
「待ってください。一人は危険、ワタシも行く」
クンタが同行を申し出た。
「大丈夫だよ。フランコも被害者だったんだ。彼も監査官の犯罪に失望しているはずだよ。それより今の彼には、奴隷ビジネスのほうが大事なのさ」
それでもクンタは、ついて行くと言い張り、マルコは仕方なく承知した。
馬車は二人を乗せ、港を見下ろす高台にあるフランコの屋敷に到着した。
大広間は、異様な静けさに包まれていた。そこの大きな最高級ソファに案内されたが、二人は横に立ったままで待った。やがて大きな扉が開き、豪奢な服を着たフランコがやって来た。
「やあやあ、マルコ君。法廷以来だねぇ。元気にしていたかい?」
穏やかな声だった。まるで、旧友に再会したかのような口調。だがその目は、笑っていない。
「ええ、おかげ様で」
「船を買ったそうだね。いい船かい?」
「あなたの新造船の出来と、同じくらいでしょうかね」
「ああ、もう一年も建造を止められてしまっているからね。『サンタ・アナⅡ』は」
「保険が下りないようで、いい気味ですよ」
マルコの声は低い。だが怯えてはいなかった。
「裁判にも金がかかったよ」
「それでも、すべてはもみ消せなかったようですね」
「随分と世間を騒がせてくれたじゃないか」
「・・・あんたがやったことを話しただけです」
マルコはフランコを、まっすぐ睨んだ。
「“やったこと”か。ずいぶん曖昧な表現だな。奴隷輸送の事かね? それとも監査官の事かね?」
フランコは肩をすくめた。マルコとクンタは黙って睨み続けた。
「そのみすぼらしい奴隷は何だね。もっとキレイな顔をした奴を雇いたまえ」
フランコは向かいの一人掛けソファに座った。
「クンタは奴隷ではありません」
「ああそうかい。まあ、サンタ・アナは、奴隷なんぞ運んでいなかったからね」
「それは事実ではありません」
「なのに君も奴隷を雇ってるのかい?」
「クンタは、僕の共同経営者で友人です」
マルコは憤慨しながら言った。
「・・・ほ、共同経営だって? 君も物好きだねぇ」
「彼には命を救ってもらいましたから」
「はははは、ワシは君たちの冒険譚になど興味はないよ。今日はビジネスの話をしようじゃないか」
「はい、奴隷売買のビジネスですね。あまりうまくいっていないようですがね」
「・・・その通りだよ。君が裁判なんぞ起こすから、悪評が立ってしまって、思うようにいかんのだ。はっはっはっは」
フランコは、手に持った葉巻に火を点けた。
「僕のせいではありません。あれは監査官が犯した犯罪が原因です」
「そんな監査官など、どこにもおらんじゃないか」
「あなたがもみ消したんでしょう。僕は真実を見てきました。クンタも一緒に」
「君がそんなことを言うから、保険屋が疑って、支払いを止められて困っておるのだ」
「それは、大変でしたね。でも自業自得ではないですか」
「そうだとしてもだ。もう済んだことじゃないか。なあ、君が協力してくれれば、君の船をこの港で優遇してやることもできるんだがね」
フランコは葉巻の煙をゆっくりと吐いた。
「・・・それは何か、裏取引をしようってことですか?」
「察しがいいね。君が(奴隷も監査官もいなかった)と、言ってくれるだけでいいんだよ」
「それはできません」
「たったそれだけで、話はすべてうまくまとまるんだ」
「嘘はつけません」
「嘘ではないよ。(監査官だと思っていたのは、サンタ・アナ号に紛れ込んでいた、海賊の一味だった)と証言してくれればいいんだ」
「それこそ嘘っぱちだ」
「はははは、どうせ船員は全員、死んでしまったからね。真相は闇の中でもいいじゃないか」
「なんてことを言うんですか。彼らは皆、誇りある船乗りです。彼らを裏切るようなことはできません」




