第9章 帰る場所
嵐のせいで、予定していた航路から、かなり流されたようだった。しかしマルコとクンタは、幸運にも、海上に浮かぶ島影を一つ見つけることができた。上空を舞うたくさんのカツオドリが、その目印になったからだ。そしてすぐに、そこへ立ち寄ることにした。
島の周りを一周してみたが、残念ながら、そこも人気のない無人島のようだ。それでも、食料となる小魚を捕まえて、果物や飲み水代わりの椰子の実を補充することができた。そして2~3日休んで鋭気を養い、再び大海原に臨むのだ。
その前にこの島で、ケガをしたカツオドリを放そうとしたが、その傷はまだ癒えておらず、羽ばたくことすらできない。
「ほら、行きな。お前の帰る場所だよ」
「オー、オー、行け、オー、行け」
クンタはその鳥を追い立ててみたが、それは二人に懐いて、そばを離れようとしなかった。
「放っていくは、死ぬ」
クンタが諦めて言った。マルコは寄ってくるその鳥の背中を、優しくなでてほほ笑んだ。
仕方なく、航海の仲間として、連れていくしかなかった。
その後、海は完全な凪になった。静かな夜の浜辺。マルコは、この前までいた、あの穏やかな椰子の木の下を思い出していた。
(ああ・・・あそこに、いつかまた戻ってみたいな)
そんなことを考える余裕さえ、生まれてきていた。
この島を出る前に、二人にはやることがもう一つあった。それは破れた帆の修理である。
椰子の繊維を撚り、魚の骨を針にする。ぎこちない手つきで、布を縫い合わせていった。
「・・・これ、難しいな」
「マルコさん、下手」
クンタが珍しく笑った。
「うるさいな。クンタも同じだろ」
「ワタシ、もっと上手」
実際、クンタのほうが少しだけきれいに縫えていた。
しばらくして、マルコが空を見上げた。
「見ろ」
クンタも顔を上げる。
「あれが北極星だ」
クンタはしばらく見つめていた。
「・・・高い」
「高い?」
「ワタシの国、あの星、地面の近く」
マルコは少し驚いた。
「そうか」
(思ったより、南のほうから連れてこられたんだな)
クンタは続けた。
「ワタシの国、あの星、“遠い道”」
「遠い道?」
「人、迷う時、あれ見る。“そこに行け”言う」
マルコは微笑んだ。
「同じだな」
「同じ?」
「ああ。あれは、帰る場所を教える」
クンタはゆっくりとうなずいた。
二人は再び小舟の“アベベ”に乗って、海に出た。それからは天候に恵まれ、嵐には遭遇しなかったが、あまり風が吹かず、鈍足となるのは仕方なかった。何日も低速航行を余儀なくされた。
水は時々、雨水で補給できていたが、食料はほとんど尽きてきていた。二人は何度も、魚を釣ろうと奮闘したが、こんな海の真ん中には、小魚などいない。干し肉の骨から削りだした釣り針では、獲物がかかっても、簡単に折れてしまっていた。
「大きな魚、かかったのに・・・」
クンタは悔しそうに言った。
マルコは最後の干し肉一かけらを手に取った。そしてクンタに差し出した。
「食べろ。僕はさっき食べた」
クンタはじっと見た。そして、首を振った。
「嘘」
「・・・違う」
マルコも首を振った。
「嘘」
クンタはゆっくり立ち上がり、翼を痛めたカツオドリのほうへ歩いた。それは、少し元気になっていた。一瞬だけ、手が止まる。そして、ためらいなく首を折った。それを見て、マルコが目を見開く。
「お前!」
クンタは静かに言った。
「ワタシに最後の肉、くれた」
そして鳥を差し出す。
「ワタシたち、嘘、いらない。一緒、食べる」
マルコは言葉を失った。しばらくして、小さく息を吐いた。
「ああ」
もう、二人の間に、隠すものは何もなかった。
ある日、遠くに陸のような影が見えた。
「見て! 陸だ!」
クンタが立ち上がる。だがマルコは目を細めたまま動かない。
「違う」
「違う?」
「蜃気楼だ」
「いや、陸ある!」
クンタの声は強かった。でもマルコは、静かに首を振る。
「近づけば消える」
「でも・・・」
クンタは言いかけて、止まった。風もない。波もない。進んでいないのに、近づくはずがない。
しばらくして、その影は消えた。クンタは何も言わなかった。ただ、座り込んだ。マルコは何も責めはしなかった。
カツオドリの塩水漬けと干し肉がなくなる頃、水平線の向こうに、本物の陸が現れた。
クンタが静かに言う。
「今度、嘘じゃない」
マルコはうなずいた。それは、マルコにとって懐かしい景色だった。
「ああ。本当だ」
今まで何度も見てきた故郷の景色は、マルコの記憶のままだ。しかし、そこに持ち帰ろうとする真実の大きさに、しばらく何も言えなかった。
風が、傷みの激しい帆を押した。もうマストも傾いてしまった小舟は、確かな方向へ進み始めた。二人は何も言わず、ただ前を見ていた。同じ場所へ帰る者として。




