↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきたちの海 ✘ 穏やかな椰子の木 ~漂流者マルコの選択~  作者: 亨利(ヘンリー)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/15

第9章 帰る場所

 嵐のせいで、予定していた航路から、かなり流されたようだった。しかしマルコとクンタは、幸運にも、海上に浮かぶ島影を一つ見つけることができた。上空を舞うたくさんのカツオドリが、その目印になったからだ。そしてすぐに、そこへ立ち寄ることにした。

 島の周りを一周してみたが、残念ながら、そこも人気のない無人島のようだ。それでも、食料となる小魚を捕まえて、果物や飲み水代わりの椰子の実を補充することができた。そして2~3日休んで鋭気を養い、再び大海原に臨むのだ。

 その前にこの島で、ケガをしたカツオドリを放そうとしたが、その傷はまだ癒えておらず、羽ばたくことすらできない。

「ほら、行きな。お前の帰る場所だよ」

「オー、オー、行け、オー、行け」

 クンタはその鳥を追い立ててみたが、それは二人に懐いて、そばを離れようとしなかった。

「放っていくは、死ぬ」

 クンタが諦めて言った。マルコは寄ってくるその鳥の背中を、優しくなでてほほ笑んだ。

 仕方なく、航海の仲間として、連れていくしかなかった。

 その後、海は完全な凪になった。静かな夜の浜辺。マルコは、この前までいた、あの穏やかな椰子の木の下を思い出していた。

(ああ・・・あそこに、いつかまた戻ってみたいな)

 そんなことを考える余裕さえ、生まれてきていた。

 この島を出る前に、二人にはやることがもう一つあった。それは破れた帆の修理である。

 椰子の繊維を撚り、魚の骨を針にする。ぎこちない手つきで、布を縫い合わせていった。

「・・・これ、難しいな」

「マルコさん、下手」

 クンタが珍しく笑った。

「うるさいな。クンタも同じだろ」

「ワタシ、もっと上手」

 実際、クンタのほうが少しだけきれいに縫えていた。

 しばらくして、マルコが空を見上げた。

「見ろ」

 クンタも顔を上げる。

「あれが北極星だ」

 クンタはしばらく見つめていた。

「・・・高い」

「高い?」

「ワタシの国、あの星、地面の近く」

 マルコは少し驚いた。

「そうか」

(思ったより、南のほうから連れてこられたんだな)

 クンタは続けた。

「ワタシの国、あの星、“遠い道”」

「遠い道?」

「人、迷う時、あれ見る。“そこに行け”言う」

 マルコは微笑んだ。

「同じだな」

「同じ?」

「ああ。あれは、帰る場所を教える」

 クンタはゆっくりとうなずいた。


 二人は再び小舟の“アベベ”に乗って、海に出た。それからは天候に恵まれ、嵐には遭遇しなかったが、あまり風が吹かず、鈍足となるのは仕方なかった。何日も低速航行を余儀なくされた。

 水は時々、雨水で補給できていたが、食料はほとんど尽きてきていた。二人は何度も、魚を釣ろうと奮闘したが、こんな海の真ん中には、小魚などいない。干し肉の骨から削りだした釣り針では、獲物がかかっても、簡単に折れてしまっていた。

「大きな魚、かかったのに・・・」

 クンタは悔しそうに言った。

 マルコは最後の干し肉一かけらを手に取った。そしてクンタに差し出した。

「食べろ。僕はさっき食べた」

 クンタはじっと見た。そして、首を振った。

「嘘」

「・・・違う」

 マルコも首を振った。

「嘘」

 クンタはゆっくり立ち上がり、翼を痛めたカツオドリのほうへ歩いた。それは、少し元気になっていた。一瞬だけ、手が止まる。そして、ためらいなく首を折った。それを見て、マルコが目を見開く。

「お前!」

 クンタは静かに言った。

「ワタシに最後の肉、くれた」

 そして鳥を差し出す。

「ワタシたち、嘘、いらない。一緒、食べる」

 マルコは言葉を失った。しばらくして、小さく息を吐いた。

「ああ」

 もう、二人の間に、隠すものは何もなかった。


 ある日、遠くに陸のような影が見えた。

「見て! 陸だ!」

 クンタが立ち上がる。だがマルコは目を細めたまま動かない。

「違う」

「違う?」

「蜃気楼だ」

「いや、陸ある!」

 クンタの声は強かった。でもマルコは、静かに首を振る。

「近づけば消える」

「でも・・・」

 クンタは言いかけて、止まった。風もない。波もない。進んでいないのに、近づくはずがない。

 しばらくして、その影は消えた。クンタは何も言わなかった。ただ、座り込んだ。マルコは何も責めはしなかった。


 カツオドリの塩水漬けと干し肉がなくなる頃、水平線の向こうに、本物の陸が現れた。

 クンタが静かに言う。

「今度、嘘じゃない」

 マルコはうなずいた。それは、マルコにとって懐かしい景色だった。

「ああ。本当だ」

 今まで何度も見てきた故郷の景色は、マルコの記憶のままだ。しかし、そこに持ち帰ろうとする真実の大きさに、しばらく何も言えなかった。

 風が、傷みの激しい帆を押した。もうマストも傾いてしまった小舟は、確かな方向へ進み始めた。二人は何も言わず、ただ前を見ていた。同じ場所へ帰る者として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。