第九話「東洋の戦士、現る」
「兄さん、お元気ですか。」
ある日の朝。マリーナは兄の墓に供養のため花を添えに来た。あれから彼女は順調に回復し、冒険に出ても問題がないくらい体調が安定していた。
「私の方は生死をさまよう出来事がありましたが…レオン殿やデューク君が奮闘してくれたお陰で完治しました。」
マリーナは微笑んで報告を続ける。
「それで、レオン殿達にお礼に手料理を振る舞おうと思ったのですが、レオン殿が突然「気持ちだけ頂く!」って言ってきて、結局レオン殿がいつものように作ってくれました。」
マリーナはちょっと不満そうに話す。
「せっかく作ろうと思ったのに。兄さんも涙が出るくらい美味しいと言っていた「柑橘カニみそオリーブクリームシチュー」を。」
マリーナは得意料理の名前を出して話す。
「さて。レオン殿も待っていると思うのでそろそろ行きます。また近いうちに来ますね。」
マリーナは再び穏やかな表情をして別れを告げた。そして教会の訓練場でハンマーを振り回すレオンの元へ行く。
「レオン殿。お待たせしました」
「マリーナ。墓参りは終わったのか?」
「はい。それでギルドから私達に依頼があるんですよね?」
「ああ。詳しくは街のギルドに行かないと分からないが、俺達に直接頼みたいらしい。」
「私達、もうそんなに名が知れてるのでしょうか?」
「あんたは元々勇者パーティーで、俺は騎士団の筆頭騎士だった。元々の肩書も加えて二つのダンジョンを制覇しているわけだからな。ある程度有名になっておかしくはない。」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものだ。デュークも先に行ってるだろうし、俺達も早く向かおう。」
「そうですね。」
マリーナとレオンは街のギルドに向かって歩きだした。
◇
「大馬鹿野郎!二度と来るんじゃねぇ!」
歩いている道中の事だった。あの恰幅のいい髭面のドワーフの鍛冶屋店主は大声で怒鳴りながら一人の若者を追い出していた。
「ま、待って!誤解なんだよ!僕はあの人に謝りたくて……」
若者は必死に弁解するが店主は聞く耳持たない様子で店の奥に行ってしまった。
「何があったんだ?」
レオンが眉間にしわを寄せながら言う。マリーナは黙って見ていたが、その瞳には明らかな憐憫の色が浮かんでいた。
「あの…」
マリーナは尻もちをついたまま途方に暮れる若者に近づいた。すると向こうも彼女に気付いて顔を上げた。
「ハイラルド君よね?帰ってきてたの?」
「……っ!」
その若者は勇者であり、マリーナをパーティーから追放したハイラルドだった。ハイラルドはマリーナだと気付くや否や走り去って行った。
「行っちゃった…」
「あれがあんたの言ってた勇者か?随分惨めだな。」
レオンは冷たく吐き捨ててハイラルドが逃げて行った方角を睨み付けている。
「はい。でも、ムースちゃんが居ませんでしたね。それにおじさまがあんなに怒ってるのも珍しいですし…」
「……まぁいい。先を急ぐぞ。」
レオンはそう言うと踵を返して歩いていく。しかしマリーナは鍛冶屋へと顔を向けたままだ。
「マリーナ?」
「すいませんレオン殿。先に行っててください。」
そう言うなりマリーナは鍛冶屋の中に入っていった。残されたレオンはため息をつきながらも仕方がなさそうにギルドへと向かって行った。
「おじさま。ハイラルド君と何かあったのですか?」
マリーナは尋ねる。すると店主は難しい顔をしてため息をついた。
「……見てたのか。」
「見てたというか見かけたのです。」
「そうか。いや実はな…」
店主はマリーナに経緯を話し始めた。いつものように武器を打っているとハイラルドが訪ねてきた。既にマリーナの件を聞いていた店主は門前払いを考えたが、まずは話を聞いてからと、思い怒りを抑えた。そして話を聞いてみると、ハイラルドはマリーナに謝罪したいからどこに居るかを聞きたいとの事だった。店主はそれなら何故ムースは居ないのかと聞いた。マリーナの話を聞くかぎり、マリーナを追放すると決めたのはハイラルド一人の意見ではなく、ムースの一方的な意見な気がしていたのだ。
「そしたらアイツ、「ムースは悪くないというか、パーティーの皆で話し合ったというかなんていうか…」ってほざきやがる。おまけに儂が鍛えた剣もうっかり折れたとか言いやがって!儂が打った武器が簡単に折れるわけないだろ!」
店主は怒りでハンマーを金床に叩きつけた。
「思い返せばアイツは、儂が丹精込めて打った剣を使いこなせないくせに文句ばかり垂れておったからな。二度と剣を打ってやるものか。」
「まぁまぁ。」
怒る店主をマリーナは宥める。
「それでアイツを店から叩きだしてやったんだ。また懲りずに来たらぶん殴ってやるつもりだ。」
「そこまでしなくても……」
店主の怒りは相当なものでマリーナも流石にフォローしきれなかった。
「でも、私はハイラルド君達の元から去ってからレオン殿と一緒に組めて、昔のようなわだかまりのない生活を送れています。」
「本当か?まあお前さんが良いならいいが。」
「はい。心配かけてごめんなさい。」
マリーナは店主に深々と頭を下げるとデューク達が待つ街のギルドへと急いだ。
◇
「お待たせしました!」
「気にするな。」
「俺も今来たところですよ!」
ギルドの受付前のベンチに座っていたデュークとレオンの元にマリーナが到着した。
三人が集まったのでさっそく受付嬢がやってきた。どうやら直接の依頼は彼女が取り持ってくれるようだ。
「三人方お集まりになりましたね。それでは今回の依頼について説明いたします。」
「それで、どんな内容なんだいアニー?」
デュークは受付嬢に軽く会釈して話を聞こうとすると受付嬢は小声で「ちょっと!」デュークに注意した。
「ギルド内の時は名前で呼ばないでって言ったでしょ?うちのギルドは独身女性多いんだから彼氏居るってバレたら嫉妬されちゃうじゃない!」
「あぁ~そうだったな。ゴメンゴメン。」
すっかりデュークは受付嬢との世界に浸っている。レオンが咳をした。
「それで、どんな依頼なんだ?」
「あ!はい。今回はギルドというか、私から三人方に直接指名を入れさせていただきました。」
「私達に直接……?」
マリーナは首を傾げた。普通は掲示板に張り出されている依頼書を見せて依頼を受けさせるのが一般的である。
「えぇ。街と本ギルドがある城下町を繋ぐ国道の途中に水林があるのはご存知でしょうか?」
「ああ。俺達は通らないかったが、話は聞いたことはある。景色としても良いらしいな。」
「俺とアニーで一緒に行ったことあるよな。」
デュークがまた口を滑らすので受付嬢は無言で彼を睨む。デュークは冷や汗をかきながら「悪かった!」と手で表現するので受付嬢はため息をつく。
「最近になってあそこにバイソンロードが現れるようになったんです。」
「バイソンロード?あの魔物は普段は寒冷地帯や森地帯に住むだろう。何でそんな場所に?」
「はい。しかし様子がおかしいとの事なんです。」
「おかしいとはどういう意味でしょう?」
マリーナは疑問を投げかける。
「私も実際見たわけではないので詳しくは分かりませんが、強力な個体らしく、並の冒険者じゃ歯が立たないんです。」
「そこで俺達か。確かに今の俺らならどうにか出来るだろう。」
レオンは納得したように腕を組んだ。
「ありがとうございます。報酬の方ですが危険度が高い分多めになっていますので安心してください。」
「ご心配なく。私達にお任せください。」
マリーナも快く引き受けた。レオンもデュークも了承し依頼は正式に受理された。
◇
マリーナ達三人は早速現場へ向かった。街から水林までは歩いて2時間ほどの距離だった。徒歩で移動し水林へ到着すると森特有の湿気っぽさとひんやりとした空気が漂っていた。
「ここですね……」
「見た感じ、ただの自然豊かな森だな。」
「いやー久しぶりに来るなあ。林の中に池があって、そこでアニーと釣りしたりしまして…って痛っ!」
また受付嬢との惚気話を始めるデュークにレオンが蹴りを入れた。
「雑談している場合か。この辺に現れたのだろう?注意を怠るんじゃない。」
レオンに窘められデュークは渋々と静かになった。
「バイソンロードと言えば群れを形成する種類が多いですが単体となると凶暴性が増してきます。油断できない相手です。」
マリーナも気を引き締めて臨もうとした。
「キャ!」
だがその時だった。突如マリーナがいる地面から巨大な影が飛び出してきた。それは四足歩行で全身茶色の剛毛を生やした大型のゴリラの化け物であった。体長は5m近くあり頭には大きく鋭い角が生えている。口からは長い舌が伸びていて涎を垂らしていた。
「マリーナ!」
レオンが咄嗟に吹き飛ばされたマリーナを受け止めた。すると無意識に二人が抱き合うような姿になっていた。
「あ…」
マリーナは思わず顔を赤くしていた。それはレオンの顔も同じだった。
「その、大丈夫か?」
「は、はい…」
二人の間に、異様な空気が流れていた。しかしデュークの「おいこら二人とも!」という声で、我に返った。
「もしかして、あれがバイソンロードか?」
「いや。あれはストロンヘルだ。こいつも普通は火山地帯にいるハズだが…」
レオンは即座に判断した。
「マリーナ、とにかく補助魔法を!」
レオンはそう言うとハンマーを構えたまま突撃していく。ストロンヘルは大きく吼えながら右手を振り上げてレオンを叩き潰そうとした。しかしレオンはハンマーで逆に押し返すことに成功する。マリーナは詠唱を唱えると素早く援護に入る。
「聖なる力よ。我が声に応え、その力を貸したまえ……」
唱え終わると同時に杖から放たれた光の粒子がレオンへ注ぎ込まれていった。レオンは身体中に溢れる力を感じるとそのままストロンヘルに一撃を加えた。
「うおおぉぉー!!」
レオンの一撃はストロンヘルの巨体を吹っ飛ばすことに成功した。しかし吹っ飛んだストロンヘルは近くの大木に蹴りを入れるとその反動でレオンに体当たりを仕掛けてきた。咄嵯の判断でレオンは回避しようとするが少し遅かったようで盾を前に出しつつ防御姿勢を取る。ズガンッという音と共に衝撃波が発生し、レオンはかなり後退した。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。しかし普通の奴と同じで戦闘能力があるようだ。」
デュークがレオンに声を掛けているとストロンヘルは咆哮を上げた後立ち上がり、角を前に出してレオンに突進してきた。
「危ない!」
マリーナは咄嗟に前に出て、杖を地面に突き立てた。すると彼女を中心に白い光の結界が生成された。突進してきたストロンヘルは、レオンにぶつかる寸前で壁に激突して弾き返された。
「助かった。」
「いいえ。今のうちに……!」
マリーナはレオンのハンマーにウエポン・エンハンスを掛ける。ハンマーは瞬く間に光りだした。
「デューク!俺と来い!」
「了解!」
レオンとデュークはマリーナの後方から飛び出しストロンヘルへ走っていく。ストロンヘルは体勢を立て直し二人を迎え撃とうとした。だがここで思わぬ出来事が起こった。なんとストロンヘルが両腕を使って殴りかかってきたのだ。だがレオンはそれでもハンマーを構えてストロンヘルの攻撃に合わせて振り上げた。二人はお互いの攻撃を打ち合う形となり、ストロンヘルは大きく仰け反った。
「今だ!」
デュークはその隙を見逃さず、既に手中で溜めていた火を怯んだストロンヘルの胸に思い切りぶつけて焼き尽くした。
「ガァアアッ!」
ストロンヘルは悲鳴を上げて倒れ込みそのまま動かなくなった。
「やったぜ!」
「いや……まだだ!」
デュークがガッツポーズをとるがレオンはまだ警戒を緩めていなかった。すると倒れていたストロンヘルの体が膨張し始めたのだ。
「何だと!?」
驚愕する一同の前でストロンヘルは元の大きさに戻ったものの、その姿は更に筋肉質なものになり毛皮も鋼鉄のように硬くなった。まるでパワーアップしたかのような印象を受ける。
「こいつ……!まだ力を隠していやがったか!」
「やはりな。ストロンヘルは相手に合わせて力を調節するタイプの魔物だ。」
「なら、俺達も全力で相手をするだけですね!」
「当然だ。」
デュークは火をいつでも放てる状態を保った。マリーナは二人に防御力を極限まで高める結界を貼る。レオンは改めて盾を構えた。
「さあ来い!」
ストロンヘルは再び立ち上がるとレオン達に向かって突進してきた。それをレオンは真正面から迎え撃つように突っ込んでいく。ぶつかり合う二人。互いに一歩も引かない攻防を繰り広げる。
「デューク!」
「イフリート!」
レオンの支援要請に応え、デュークが地面に火を放つと地中から激しい火柱が巻き起こりストロンヘルを焼き払った。
「グオオォン!」
ストロンヘルが苦悶の声を上げる。しかし火柱が出るタイミングを掴んだのかストロンヘルはそれを次々と回避した。
「まだまだ行きますよ!」
続けてデュークがファイヤーボールを連続で繰り出す。しかしストロンヘルはそれを全て避けて拳を振り上げてきた。
「ぐはぁっ!!」
「デューク君!」
防御力が上げているにも関わらずストロンヘルの剛腕から繰り出された正拳突きはデュークの骨を破壊するには十分すぎた。
「ぐああ…」
「じっとしててね。レフェクティオ・マグヌス!」
マリーナは自分の持つ回復魔法の中で上位に当たるものを発動させるとデュークの傷をたちまち完治させた。
「ありがとうございます!」
「無理しないでね。」
マリーナがデュークを励ます。そしてデュークはストロンヘルと打ち合うレオンの加勢に戻り、灼熱の火球を放った。ところがストロンヘルはそれを瞬時に見切り、レオンの前から横へ移動した事で火球がレオンに迫った。
「お、おい!」
レオンは慌てるも咄嗟にハンマーで火球をストロンヘルに向かって打ち返した。反射的にストロンヘルは火球を避けるも、着弾時の爆風でダメージと共にバランスを崩した。
「大丈夫ですか?」
マリーナは防御結界で爆風から二人を守っていた。
「大丈夫だ!この隙に畳み掛けるぞ!」
ストロンヘルが体勢を崩した隙にレオンは思い切りストロンヘルの腹部を横にハンマーを打ち付けた。
「グオオオっ!!」
しかしストロンヘルはそれを躱して一度距離を取って雄叫びを上げると、怒涛の勢いで走り出してきた。
「ならこれなら!」
デュークは狙いを定めて火を収束させて一直線に放った。だが当たる寸前でストロンヘルはジャンプして躱し、空中で拳を振り上げた。レオンは前に出てハンマーを構えるが落ちてくる角度を見て標的を悟った。
(まずい!マリーナを狙うつもりか!)
「マリーナ!避けろ!」
「え?」
マリーナは上を見上げた。そしてその時には既に剛腕の拳が目の前に来ていた。
「とゅあ!」
剛腕が迫ったその瞬間、防御態勢のマリーナの横を一本の矢が通り過ぎた。次の瞬間にはストロンヘルは顔に矢を喰らい、目の前で落ちて踠いた。矢が飛んできた方向を見ると一人の男が立っていた。
「お待たせ致した。水林の守護宗玄、見参!」
レオンのとは違う風変わりな黒い鎧に身を包む男はそう名乗ると体勢を直したストロンヘルに近づき、弓と切り替える形で十文字槍を構えた。突然現れた男に三人は驚きのあまり手出しが出来ずにいた。
「グオオ……」
ストロンヘルは傷を負った血を流す目で宗玄を睨みつける。宗玄はストロンヘルの殺気を恐れることなく狙いを定める。そして宗玄は槍を横にして後ろに回して構えた。
「グオオオ!!」
その余裕が気に入らなかったのかストロンヘルは宗玄に向かって駆け出した。
「いざっ!」
宗玄はそれを見越していたかのように目と鼻の間目掛けて槍を突き出した。
「ガ……」
ストロンヘルの頭蓋骨は貫通して槍に刺さった。その衝撃でストロンヘルは大量の出血をし、数秒経たずに絶命した。
「スゲェ……」
デュークは思わず感嘆の声を漏らす。シンプルだがその技量は間違いなく一流のものだった。そして宗玄はストロンヘルから槍を抜いて血を振り払うと槍をしまった。
(武器の扱い、そしてあの技。この剣士は一体?)
「宗玄殿、ですよね?」
レオンが不思議そうにしている中、マリーナは宗玄の名を呼んだ。
「お久しぶりでございまする。マリーナ殿。」
宗玄もマリーナがを理解したらしく懐かしむような表情で挨拶を交わす。
「知り合いなのか?」
レオンがマリーナに訊ねた。どうやら二人の関係は以前からのようだ。
「私が勇者パーティーに居た頃に一度お会いしたのです。ただその時は荒くれ者で、道中の冒険者や商人を襲ってはお金や食べ物を奪っていたのですが……」
「いかにも。あの時の拙者は落ち武者で、賊として生きる他なかった…そんな中で若い勇者に敗れて腹を切ろうと致したところをマリーナ殿が説得してくださったお陰で、拙者は御仏の教えを思い出せたのございまする。」
宗玄はしみじみと語っていた。
「そして今はこうしてこの地を荒らす悪人、魑魅魍魎を退治して。平和を守っておる次第でございまする。」
「そうだったんですね。」
マリーナも安心したように笑った。
「それにしてもこの怪の物め。この地を荒らすだけでなく火まで放っていたとは。」
焼け焦げた周囲を見ながら宗玄は憤慨する。デュークは足早にマリーナの後ろに回った。
(あー、これはストロンヘルではなくデューク君の呪術の火痕ね。)
察したマリーナはレオンにアイコンタクトを送る。レオンも察して宗玄に何も言わなかった。
「ところで宗玄殿。この辺りで猛牛の魔物を見ませんでしたか?」
「む?この辺りで牛?」
「ええ。こちらの依頼なんですが……」
マリーナは掲示板から取った依頼書を宗玄に渡した。依頼書に描かれたイラストを見ると宗玄は思い当たる節があったようで答えた。
「もしかするとあれかもしれませぬ。」
「何か心当たりが?」
「うむ。しかしここに居ては新たな魔物が現れるかも知れぬゆえ、詳しい話は拙者の庵で話しましょう。」
そう言うと宗玄は水林の奥へと三人を案内した。
◇
しばらく歩くと水林の中に宗玄が生活している小さな庵があった。彼に言われて三人は家の中に入った。
「狭い庵ですが、上がってくだされ。」
「全然充分ですよ。」
宗玄は囲炉裏のある部屋に案内してくれた。そして座布団を敷いて座るよう促される。マリーナ達はそこに正座して座り込んだ。鎧を外した宗玄は黒髪の短髪の四十路の侍だった。
「それにしても、マリーナ殿のような御人があの隊から除外されたとは…」
宗玄は茶を点てながら道中に聞いていた話を踏まえてマリーナに同情していた。
「大丈夫です。今はこの二人と組んでいて充実していますから。」
マリーナは笑顔で答える。
「おお、そうでござるか。」
安心した宗玄は点てた茶を茶器に注いでマリーナの前に置いた。
「こうして会ったのもご縁という事で。良茶がありましたのでどうぞ。」
「ありがとうございます。」
マリーナは礼をして茶を啜る。一方でレオンとデュークは正座の姿勢に慣れていないのか苦戦していた。
「どうぞ。崩して構いませぬ。」
宗玄にそう言われて二人は胡坐に姿勢を変えた。
「それにしても先程の戦いでの槍使いは瞬時ながら見事だった。」
レオンが感想を述べる。宗玄も笑って返す。
「いえいえ。槍は祖国に居た頃から鍛錬を積んでいた故でございまする。」
二人の茶も点てながら、世間話に浸かる宗玄はしばらくの茶会の後本題へと入った。
「牛の魔物の話でしたな。直接遭遇した事はありませぬが、最近夜になると水林中から力強い物音が鳴り響くようになりましてな。次の日に外へ出てみると竹が悉く折れておりました。」
「それがバイソンロードかもしれませんね。」
「十中八九間違いなき事。なので今宵こそは仕留めんと最近は鍛練をより一層励んでおりましてな。」
「でしたら私達も加勢します。」
「何と!」
マリーナが同行を申し出ると、宗玄は驚いた。
「元々俺達はギルドに、バイソンロードの討伐を依頼されてここに来ているからな。当然の事だ。」
レオンが真顔で言うと宗玄は嬉しそうに感謝した。
「感謝致します。拙者一人では流石に心細い所がありました故。」
「ああ。任せておけ!」
「では夜まで時間があります故、夕食時の夕暮れまで鍛練と参ろうぞ!」
「ええっ!?夜に備えて休むとかじゃ…」
「何を申す若者よ!」
デュークがぼやくと宗玄は曇りなき目で彼を見た。
「怠けていては、煩悩が積もって悟りの境地へは遠のくばかり。それではこの世の悪は正せぬぞ!」
「何だそりゃあ…」
「なあ、マリーナ。」
レオンは庵の壁にある木像を見てからマリーナを見る。
「こいつ、悪魔崇拝者か?」
「いえ、祖国の教えを大事にしている方なのですが……ちょっと熱い方でもありまです。」
マリーナが苦笑しながら返す。そして夕食の時間まで三人は宗玄式鍛練に付き合わされるのだった。
◇
夕食を済ませた頃には、水林はすっかり月夜に照らされていた。レオンはハンマーを担いで肩慣らしをし、マリーナは天に空を捧げ、宗玄はお経を唱える。そしてデュークは既に疲れが顔に出ていた。
「デューク君。大丈夫?」
「だいじょーぶです……」
マリーナの分析魔法で見る限り宗玄の鍛練のお陰で体力は以前よりも増えたが、それでも精神的に辛かったらしい。一方でレオンは元々きつい訓練に慣れているのか余裕綽々といった表情をしていた。マリーナも護身術の訓練は教会に居た頃していたので多少慣れているのだった。
「では、参ろうぞ!」
宗玄の号令で四人は水林の奥へ進む。水林は鬱蒼としており暗闇の中では視界が悪く足元が見えにくい状況だった。そのためデュークが呪術の火を灯し進んでいった。そしてしばらく歩くと、大きな池があり周囲には蓮の花が咲いていた。水面に映る満月が美しかった。
「相変わらず美しい池だ……」
宗玄は思わず呟いた。マリーナもそれに同意するように微笑む。レオンも感心していた。すると突然水面から水柱が立ち上がり水が跳ね散った。
「何だ?」
「まさか、俗に聞くバイソンロードか?」
「間違いない。」
レオンがハンマーを構えデュークが拳に火を纏う。マリーナも祈りを始め、攻撃、防御、素早さを上げる魔法を全員にかけて、レオンには追加でウエポン・エンハンスをかけた。すると水面からゆっくりと何かが上がって来た。それは赤い肌で筋肉隆々の巨大な化け物だった。二本の角を持ち大きな牙がある。さらに背中には鷲のような翼が生えていた。
「やはり普通のバイソンロードとは違いますね。邪気が溢れています。」
マリーナが緊張気味に告げる。
「ふむ。拙者はあの魔物に出会うまでこのような魔物は見た事が無かった。」
宗玄も冷静に十文字槍を抜刀する。デュークも火を最大限まで貯め始めた。
「行くぞぉ!」
そしてレオンが先陣を切って飛び出すとバイソンロードに向かってハンマーを振り下ろした。バイソンロードはそれを難なく受け止めると力任せに押し返した。レオンは後方に飛ばされるも空中で受け身を取り着地する。
「凄まじい怪力だな……」
「今度は二人がかりで攻めては?」
宗玄が提案する。レオンもそれに同意し、二人は横並びになって左右から同時に攻撃を仕掛ける。しかしバイソンロードはそれを角で防ぐと二人を押し返した。レオンは体勢を崩すが宗玄は十文字槍で弾き返して構え直し今度はなぎ払いで攻めた。
「ぐふぁっ!」
バイソンロードはそれも角で防ぎ宗玄を吹っ飛ばす。マリーナは急いで回復魔法を掛ける。
「お怪我はないですか?」
「心配御無用!まだまだ行くぞ!」
「俺も忘れちゃ困るぜ!」
デュークが前に出て溜めていた火の力を解放し、バイソンロードに向かって巨大な火の玉が直進する。獣であるバイソンロードは強力な火に耐えきれず悲鳴をあげる。
「どうだ!」
「凄まじい火力よ!」
デュークの呪術の威力に宗玄は舌を巻いた。火の中から出てきたバイソンロードは大きく火傷を負っていた。そして怒り狂ったように突進してきた。その先に居たのはレオンだった。
「マリーナ!ありったけの強化魔法を俺にかけろ!」
「はい!」
マリーナはレオンに幾つもの強化魔法を唱えた。
「よおし…!」
気力充分になったレオンは気合いで踏ん張り突っ込んできたバイソンロードの頭をハンマーで叩きつける。
「デューク!」
「爆ぜろ!」
バイソンロードが怯み膝をついたところをデュークが火の玉を放つ。二度にわたる大火傷でバイソンロードの傷は焼け爛れ、傷口が大きくなっていた。
「狙いは定めた。覚悟っ!!」
宗玄はすかさず跳躍し十文字槍を構えて上段から振り下ろした。その一撃はバイソンロードの脳天の傷口に命中し大きく抉り、槍を引き抜くと同時に大量の血飛沫が飛んだ。
「やったか?」
後ろに下がって様子を伺う宗玄。ところが、致命傷のはずのバイソンロードは立ち上がった。
「やはりか!読んでたぜ!」
気合いで踏ん張りハンマーで叩きつける。バイソンロードは怯み膝をつく。そこを逃さずデュークが再び火の玉を放つ。レオンがハンマーで追撃を加える。宗玄はすかさず跳躍し十文字槍を構えて上段から振り下ろした。その一撃はバイソンロードの脳天に命中し大きなダメージを与えた。そしてそのまま倒れ込んでしまう。しかしすぐに起き上がった。
「こいつ、まだ倒れねぇぞ!」
「流石に強いな……」
力任せにハンマーを使っていてレオンも疲労の色を見せ始める。デュークと宗玄はまだ戦える様子だがこのまま長引けば邪気で気力を奪われるのも時間の問題だった。マリーナは心配そうな表情をしているとある事に気づいた。
(この邪気はもしかして!)
「マリーナ殿!危ういぞ!」
ゆっくりバイソンロードに近づくマリーナに宗玄が注意する。マリーナは「ご心配なく。」と返し、バイソンロードにそっと触れた。するとバイソンロードから紫色の瘴気が少しだけ抜けてくる。それをマリーナは手をかざして浄化すると、バイソンロードの周りに白い魔法陣を浮かべた。
「マリーナ!一体何を?」
「静かに。詠唱します。」
マリーナの集中を乱さないように三人は口を閉じた。バイソンロードの傷口からは黒い影のようなものが出てくる。それはバイソンロードを苦しめていたものであった。荒ぶっていたバイソンロードは次第に大人しくなり眠りについた。
「死して尚迷いし穢れた霊よ。天に代わり私が罪を許します。」
マリーナは杖を掲げると彼女の周りに魔法陣が浮かび上がった。
「汝の苦しみは終わり、汝の嘆きは浄化される。さあ、光へと還りなさい。」
マリーナの詠唱と共に魔法陣から金色の光が降り注ぎ、黒い影もろともバイソンロードは消滅した。
三人は呆然とその様子を眺めていた。
「マリーナ…一体何をした?」
レオンが聞くとマリーナは微笑んで答えた。
「あのバイソンロードは、既に死んでいたのです。」
「なんと!?」
「死ぬ程の攻撃を受けても立ち上がった時に見えた邪気を感じて分かりました。あれはバイソンロードが本体なのではなく、邪気を纏った精霊が、バイソンロードの死体に取り憑いて操っていたんです。」
マリーナがそう告げると宗玄が納得したように手を打った。
「なるほど。だからあのような凶暴性を持っていたと言う訳か。」
「おそらく。しかし大人しい精霊達が何故邪気を纏ってこんな事をしたのかまでは……」
「あとは、ギルドに報告するしかないな。」
レオンは腕を組んで言った。宗玄も「うむ。」と頷く。デュークは「疲れた……」と言いながら草むらに寝転がるのだった。
◇
「なるほど。あの魔物にそんな不気味なものが乗り移ってたんですね。」
水林から戻ってきたマリーナ達から話を聞いたアニーは、興味津々と言った感じで話を聞いていた。
「けどそうなると他の地域で出現している魔物も同じかも……」
「他の?他のってどういう事だ?」
デュークがアニーに問いかける。
「今回みたいな事例は始めてじゃないの。同時期に各地で強力な魔物が現れていて、目撃者は共通して邪悪な気配を纏っていたと話すのよ。」
「そんな恐ろしい事態になっていたなんて。」
マリーナは無意識に自責を感じた。勇者パーティーに居た頃に対処すべき問題だったにも関わらず、ハイラルドが後回しにしていたからとはいえ、この事態に気づけなかった事を憂いた。
「いずれにしても危険なので、皆様のように実力のある冒険者のみに依頼を出しているのが現状です。」
「何たる所業な……死して尚も業を積む者たちがこの地に蔓延っていると申すか!」
正式な冒険者の手続きをするためにギルドへ付いてきた宗玄は義憤を募らせていた(今まで分からずあそこに住んでたらしい)。しかし他の客が居る中で宗玄の国言葉はやたら目立っていた。
「宗玄殿。言葉遣いが……」
「おっと失礼致した。拙者としたことが。」
マリーナに注意されて宗玄は謝った。アニーは咳をする。
「何はともあれ、水林の魔物の討伐ありがとうございました。これで王国を行き来する騎士や商人も安全に行き来できるはずです。」
受付嬢が礼を述べるとマリーナは「お気になさらず。」と返した。
「困っている人々に救いを施すのは神に仕える者の当然の事。お役に立てて何よりです。」
「そう言って頂けると、こちらも安心します。」
「今度、竹林デートしようぜ。」
「また何かあれば依頼を出します。」
デュークが冗談半分に言うとアニーはすっと受け流した。
「私達もそろそろ帰りましょう。宗玄殿はこれからどうするのですか?」
「俺としては是非パーティーに加入して欲しい。バックアップとしてかなり頼もしい限りだ。」
レオンがそう言うと宗玄は首を横に振った。
「折角の申し出ありがたいが、拙者には水林を守護するという使命がある故、離れる訳にはいきませぬ。」
「そうか。なら仕方ないな。」
宗玄の言葉にレオンは少々残念がった。
「しかし、貴殿達のような武士と出会えて良かったでございまする。これからも同じ御国の平和を守りましょうぞ!」
そう言って宗玄は一礼すると背を向けてギルドを去って行った。
「よおし。俺も帰って寝るかー。」
「あ。それなら鍵先に渡しとくわよ。」
「おう。」
「え?同棲してたのか?」
アニーから鍵を手渡されるデュークを見たレオンは驚いたように聞いた。
「まあ、三週間位前からっすね。今まで遠距離だったけど繋がりはあったから。」
「こっちに当面は居るって言うから、一緒に暮らしてるんですよ。」
他の受付嬢が今居ないからか、アニーも普通に話していた。そしてデュークは「それじゃお先に。」と言って帰っていった。
「デューク君、勇者パーティーに居た頃より生き生きしてて何よりだわ。」
「そうだな。」
マリーナはデューク達の絡みを見ていて微笑んでいる一方でレオンはどこか複雑そうな表情をしていた。
(やっぱり、同棲する奴は恋人同士が多いんだろうなぁ……まあ俺もマリーナと同棲してるわけだが……)
レオンはマリーナの方を見る。彼女は他の冒険者と世間話をしていた。
(年はほぼ一緒だし、似た境遇を持っているて一緒に住んでいるが……)
「レオン殿?」
(いやいやいや!何を考えているんだ俺は!マリーナは聖職者だぞ!)
レオンは自分の考えを振り払うように首を振った。しかし一度芽生えてしまった感情はなかなか消えないもので……。
「どうなさいましたか?」
「ぬあっ!?ああ、すまん。少々考え事をしていた。」
「そうですか。今日はもう遅いので家に戻りましょうか」
「そうだな。」
レオンとマリーナは冒険者ギルドを後にして家に帰るのだった。
(マリーナは聖職者だし。変な気持ちを抱くなんて間違っている……)
レオンはマリーナに聞こえない程度にため息を吐いた。そんな二人をギルドの片隅から見ている青年が居た。
「マリーナさん、あんな強そうな人と組んでるんだ……」
遠ざかる二人の後ろ姿を、ハイラルドは話しかけられずにただ見つめるのだった。




