第八話「瀕死のマリーナ、溶岩の主」
「マリーナさん!」
ポイゾンフォレストのボスを倒した直後、突然倒れたマリーナ。デュークが呼び掛けるが返事はない。意識もなくただひたすらに息苦しそうにするだけだった。
「疲労で倒れた訳ではなさそうだが…ん?」
レオンはマリーナの首筋にある赤い芽に気づく。明らかに普通ではないものが生えてきていた。
「レオンさん、これは?」
デュークも驚きの表情を隠せずレオンの方を見つめる。
「俺には分からん。だが詳しそうなやつなら知っている。」
そう言ってレオンはマリーナを抱えてダンジョンの出口まで走り出した。デュークも駆け足で追いかけた。
◇
「これは……なるほどな。」
家のベッドで眠るマリーナの首を調べる白衣の男。植物学者のカークはマリーナの症状を診て頷いていた。
「何か分かったのか?」
レオンが聞くと、カークは観察眼鏡を置いて答えた。
「発芽症だ。それも結構進んでる。」
「発芽症?」
「病名で植物からしか感染しないと思われがちだが、これは特殊な環境下で生まれる菌が体内に入ることで起こる病気だ。」
カークは眼鏡を外し、詳しく説明を始めた。
「体内細胞が劇毒レベルのウィルスを持った虫の卵を外部から受けることで、活性化され急速に成長する。それにより皮膚から植物の芽のような寄生虫が生え始め、根を張り巡らせるんだ。」
(まさか……)
レオンは心当たりが無いか考えていた。そしてポイゾンフォレストのボスだった蛾が、一度目の戦いの時に放ってきた毒の鱗粉を吸い込んだマリーナが蹲っていたことを思い出した。
「もしやあの時の……」
「何か心当たりがあるのかい?」
「ああ。」
レオンはカークに蛾の毒の鱗粉の事を話した。
「なるほど……ポイゾンフォレストの蛾か。」
カークも思い当たる節があるのか持参していた生物図鑑をめくる。そしてあるページを見つけて開いた。そこには先程戦った毒蛾の写真があり学名や特徴が書かれていた。
「毒蛾には様々な種類が存在するが、君達が戦った蛾は、古代蛾シャナリアの子孫。彼女達は古くから聖なる大樹に住んでいると言われている。そして鱗粉には小さな卵が紛れて繁殖の役割も担っていて、鱗粉が付いた対象が生物なら、その生物の体を苗床にする。そしてマリーナはその鱗粉に紛れた卵を活性化させられて発芽したというわけだ。」
カークは更に続ける。
「毒蛾が死んだことで体内の毒素は抜けたけど、すでに毒の影響を受けてしまった以上、この芽が成長するのは時間の問題だったみたいだね」
カークはため息をつく。
「しかも厄介なことに、この寄生虫は生命力が非常に高くどんなに体力のある者であっても数日後には必ず衰弱死すると言われてる。」
「なんだって!?」
衝撃的な事実を聞いて二人は愕然とする。
「この芽が生えるのは、人間にとって死へのカウントダウンになる。開花する前に早く取り除かなければいけない。毒とも違うから、魔法も効かない。」
「じゃあ、どうすれば?」
レオンが聞くと、カークは一冊の本を開いた。
「一つだけ方法がある。緋蛇草という薬草を知ってるかい?」
「何だそれは?」
「名前の通り、蛇のような葉を持ち真紅の花を咲かせる薬草だよな。どんな毒の症状にも効果がある万能薬っていう噂だけど。」
カークが答える前に、デュークが答えた。自然の中で生きていたから植物に詳しいのだろう。カークは驚いていた。
「それがあれば……!」
「そう。この発芽症も完治できるかもしれない。だけどこの薬草は非常に希少かつ、とある場所にしか存在しない、貴重なものなんだ。」
カークは地図を出して指差す。そこには緋蛇山と書かれている文字があった。
「緋蛇草の採取場所は、ここにある緋蛇山の頂。だけどそこの道中には緋色の鱗を持つ蛇が居るんだ。やつはギルドもハッキリとは情報をつかめておらず、一言で表すなら山のヌシとの事だ。」
「つまり、このダンジョンのボスということか。」
レオンは静かに立ち上がる。デュークも同じく立ち上がった。
「どうやら行くしかないようだな。」
「ですね!」
「じゃあついでに、ヌシの情報も色々記録してきてね♪」
「それは自分でやれ。」
こうしてレオンとデュークは次の目的が決まった。
◇
翌朝。マリーナの看病を大教会のシスターに託した二人は、緋蛇山のヌシ討伐のクエストを受注し、馬車を借りて向かった。山は遠く離れた場所にあるようで到着には三時間近くかかった。そして道中での会話にて、レオンはデュークに尋ねた。
「そういえば、お前は大沼と言っていたが、どこの大沼なんだ?」
「ヌアザ大陸にある故郷の大沼で暮らしていました。」
レオンの疑問にデュークは答える。
「ほう。祈祷の力を持った聖王の帝国がある大陸にも大沼があるのか?」
「はい。蔑ろにされた呪術師達は皆、人が寄り付かない大沼とかに住みますから。人嫌いだけど、嫌われた者同士だと、案外お互いうまく接するんですよね。種族が違くても、どういう縁か共存できたりしました。」
デュークは過去を振り返りながら語る。
「中でも金色の竜人が居たんですけど、やっぱり人と知識の付き方も違うのか、高度な呪術もすぐ覚えて、いつも勉強になりましたね。俺はその人の事を「金ピカの兄貴」って呼んで慕ってました。」
デュークの話を聞きながらレオンは考える。
(金色の竜人……俺の知る限りでは伝承にしかいないと思っていたが実際に存在していたのか?)
「でもまさか、俺が離れてから二年もしない内にどっかの魔術師に故郷が焼かれるなんて、思いもしなかったですけどね。」
「そうだったのか……すまんな辛い事を思い出させて。」
「別に気にしないでください。過ぎたことを悔いてもしょうがないし。それよりも、金ピカの兄貴がどうしてるかなって思っちゃいます。兄貴はタフで強いからきっと生き延びているって信じてますけど。」
レオンが謝罪するとデュークは笑いながら答えた。その笑顔はとても明るいものだが、どこか寂しさを感じさせるようなものでもあった。
「それに今はマリーナさんやレオンさんっていう兄貴と同じくらい尊敬できる人と出会えたし、故郷が灰になったって聞いた時は泣きましたけど、マリーナさん達がいてくれたからこそ、ここまでやってこれましたから。」
デュークの言葉を聞いてレオンは思った。
(こいつは凄いな。過去を乗り越えて前へ進む強さを持っている。それに比べて俺は……)
レオンは騎士団時代ギルドマネージャーの息子騎士とのひと悶着を思い出して
拳を握る。デュークのような心の強さが自分にも欲しかった。堪えられる我慢強さが欲しかった。
__憎しみは火。最初は火を焼きますが、最後は己の身までも焼くのです。
マリーナの言葉を思い出す。確かに怒りのままに行動したら周りにも迷惑してしまうだろう。だからこそマリーナと組んでからは怒りによる破壊ではなく誰かの為に役立てたいと思った。そして仲間を守るために強くなろうとした。だが現実は厳しかった。
(俺はまだまだ未熟だ。心をもっと鍛えて強くなる必要があるな。)
レオンは改めて自らの弱さを認識した。しかしそれと同時に新たな目標ができたのだ。いずれこの力を使って誰かの為に役立てたいと思っている。そしてそのためにはもっと強くならなければならない。
「それにしてもレオンさんって本当にお堅いですよね。」
不意にデュークが口を開いた。
「なに?」
「だって普段全然喋らないじゃないですか?もっと笑ってもいいと思うんだけどな〜」
「笑うのが苦手なんだ。許してくれ。」
「ほいほい。」
そんな会話をしているといつの間にか目的地に到着しており御者に感謝を告げると二人は馬車を降りた。目の前には巨大な山がそびえ立っていた。
「さて、行くか。」
「はい!」
緋蛇山の入り口の看板を見つけると、二人はその中に入って行った。
◇
緋蛇山は岩肌が多く洞窟が多い。おまけに火山地帯でもあるから常に熱波が襲ってきた。レオンとデュークはその奥へ進みヌシを探していた。
「しっかし……ここ全体が一つのダンジョンと言うのだからでかいな。」
「そうですね……」
二人は休憩をとりながら水分補給をする。その時デュークはあるものを見つけた。それは白骨化した遺体だった。恐らく冒険者のものであろうことは容易に想像できた。その亡骸を見てレオンは黙祷した。
「俺達も気を抜けないな。」
「確かに。」
その後も探索を続けた。途中で何度かモンスターと遭遇するが難なく撃退し先へと進んだ。
しばらく歩いているとデュークが突然立ち止まった。レオンは不審に思い声をかける。
「どうした?」
「あれ、人じゃないですか?」
指差した先にはレオンと同じような鎧を着た騎士達が数人倒れていた。急いで駆け寄ってみると鎧の胸章はレオンが所属していた騎士団のものだった。幸いまだ息はあるようだが、かなりの重傷だった。
「このまま下山させたところで、力尽きるのが目に見えるな…」
「そうだ!あの呪術なら!」
突然手を叩くデューク。すると片手に宿る火から火球を作り、浮かばせた。その火球からは暖かい光が放たれた。
「一体何をした?」
「金ぴかの兄貴から教わった、呪術の火で人を癒す術です。」
デュークの言葉通り、騎士の傷は徐々に癒えていた。そして完治した騎士が目を覚まし、レオンを見るなり驚いた表情を見せた。
「レオン先輩?」
「ビル。久しぶりだな。」
倒れていた一人は若い騎士だった。彼の名はビルと言い、レオンがまだ騎士団に所属していた時に可愛がられていた新人だった。レオンは彼の怪我の具合を見てから安堵の溜息を吐いた。
「先輩、どうしてここに……」
「クエストだ。それよりお前達はどうしてここに来てるんだ?ここは騎士団の活動範囲外だろ?」
「それが、新しい騎士団長の方針で、今まで行かなかった遠いとこも巡回する事になったんですよ。それでここにも来るようになったんですけど、このダンジョンの主に負けてしまって。」
「新しい騎士団長?」
「あのギルドマスターの息子ですよ。前の騎士団長をクビにして、自分が成り代わって団長になったんですよ。」
ギルドマスターの息子が騎士団長になった。その話を聞いてレオンは驚いた。
「アイツが騎士団長になったのか?正気なのか?」
「いやまぁ、僕も最初は信じられませんでしたけど本当にそうなっちゃったんですから仕方ないですよ。」
レオンは信じられない気持ちでいっぱいだったが今はそんな事よりも他の騎士達の治療が優先だった。
「レオンさん!」
後ろから声が聞こえたので振り返るとデュークがこちらに走ってきていた。後ろには他の負傷兵達を引き連れているようだ。彼らを安全な場所へ運び終わるとデュークは彼らにも同じように癒しの火を与えた。しばらくすると騎士達は次々に意識を取り戻した。
「助かりました。あとは僕らで下山できます。てかもう、下山したら全員であの騎士団を辞めます。こんな危険な仕事まで安給で押し付けるクソガキのとこなんて、もうごめんです。」
騎士達は真面目な顔で話した。
「それがいい。」
レオンも同意する。するとビルが立ち上がってレオンに手を伸ばしてきた。
「先輩、お元気そうで何よりでした。騎士団を抜けた時は驚きましたが今の先輩も悪くないと思います。」
「そうだといいがな。とにかくここからは俺達が進む。お前達はもう下がっていろ」
「ありがとうございます。」
騎士達が去って行った後デュークが疑問を投げかけてきた。
「レオンさん、慕われてたんですね。」
「あのギルドマスターの息子を除けばな。さ、俺達も進むとするか。」
そうして二人は再び歩き出した。そしてさらに深く進んでいくと大きな溶岩洞窟に出た。天井が高い為太陽の光が届いており幻想的な雰囲気を醸し出している。周囲を警戒しながら進んでいると突然前方から何かが飛び出してきた。それは緋色の鱗を持つ大型の蛇だった。全長30メートル程あり尻尾の先には毒々しい棘がいくつも生えている。この蛇が件のヌシのようだ。ヌシは唸り声を上げて威嚇してくるが二人は臆することなく武器を抜いた。
「行くぞ!」
ヌシがレオンに向けて飛びかかるとレオンはハンマーを盾のように使って防ぎつつ横腹に蹴りを入れた。ヌシは悲鳴をあげて吹き飛ばされる。そこにすかさず追撃としてデュークの炎の球が放たれた。しかしヌシは身体を翻して避けてしまう。そしてそのまま地面に潜ってしまった。
「隠れても無駄だ!」
レオンは力を込めたハンマーで地面を叩くと地震のように揺れ始める。そして地面の中からヌシが飛び出してきたところを狙ってデュークが再度火球をぶつける。しかしヌシはなめらかな鱗を活かして火球を受け流した。だがレオンは諦めずにハンマーを何度もヌシに叩きつけダメージを与えていった。
「まずいなこの蛇……なかなか攻撃が通らない。」
「鱗で物理攻撃をかなり緩和させてるみたいだ。レオンさんの攻撃が殆ど受け流されてますからね。俺もだけど!」
デュークは分析しながらヌシに火球を放っていくが、全くダメージを与えられない。逆にヌシの方はどんどん調子を上げていきレオンに噛みついたり毒液を飛ばしたりしてきた。レオンはそれらを防ぐのに精一杯であり決定打を打ち込めない。このままではジリ貧になってしまうと考えたその時、ヌシが首を高く上げるや否や口から溶岩のようなどろどろとした炎のブレスを吐いた。
「なッ!!」
ブレスが迫ってくるのを見てレオンは咄嵯にハンマーを盾代わりにしようとするがヌシが頭突きをして弾いた。ハンマーは壁際に転がっていってしまう。そのせいで防御手段を失ったレオンは直撃してしまうと思い覚悟を決めた。
「一か八か!」
それと同時デュークがレオンの近くに来た。そしていきなりレオンに火を纏った拳をぶつけた。レオンの鎧が熱を帯び赤くなっていく。
「ちょ!?おい何を……」
「いいから!」
デュークは自身にも火の拳をぶつけ熱を帯びていく。そして二人に溶岩ブレスが直撃した。ブレスを受けたレオンは目を瞑った。ところが、体が焼けるような痛みは感じなかった。驚いて瞼を開けると、体がブレスに耐えていた。
「よし!炎を以て炎を制する作戦成功!」
デュークは嬉しそうに言う。どうやら今の一瞬でレオンと自身の体に炎耐性をつけたようだ。
「よく咄嗟に思い付いたな」
レオンは感心しながら言う。
「まぁこれくらい当然ですよ!」
デュークは得意げに笑った。
「さてと……今度はこっちの番だぜ蛇野郎!」
レオンはハンマーを持って走り出した。それを見たヌシは迎え撃とうとジャンプしてきたが遅かった。レオンはハンマーを大きく振り上げて勢いよくジャンプしてきたヌシの頭を殴った。
ガンッ!
鈍い音と共にヌシが吹き飛び地面に激しく落下した。ヌシは脳震盪を起こして動けなくなったようだ。
「終わりだな。」
レオンはヌシに近づいて止めを刺そうとした。しかしその時ヌシが目を覚ましてしまった。
「回復が早くないか!?」
レオンは後方へと下がった。ヌシは追撃をしてくる様子はなく、赤い目で二人を見つめながら顔を上げた。
「やるではないか……」
「しゃ、しゃべったぁ!?」
ヌシが喋ったことにデュークは腰を抜かした。レオンは予想していたのか冷静だった。
「このレベルなら意思疎通ができるモンスターはいるとは聞いたことがある。しかしこんな火山地帯にも居たとは…もしかして騎士団を返り討ちにしたのもお前か?」
「左様…」
レオンは質問するとヌシは答えた。ヌシは洞窟内の岩壁に尻尾を強く巻き付ける。洞窟内が激しく揺れていた。
「此処は我ラバーロードの領域。他者が入るなど許さぬ。」
ラバーロードと名乗ったヌシはそう言ってまた岩壁を叩いた。すると叩かれた岩壁が砕けて、中から一振の巨大な剣が出てきた。ラバーロードはその剣を尻尾で掴み構えた。
「人間よ……去らぬのであれば我が剣の血錆びとなり……溶岩の底へと沈むがいい!」
ラバーロードは叫ぶと同時にこちらに向かって突っ込んできた。その速度は先程までとは比較にならない程速かった。
「デューク!」
「くっ!」
デュークは先程よりも強力な火球を放つが巨大な剣によって断ち切られ纏われ、返しの一撃として二人の方へと向かってくる。レオンは素早くハンマーを構えてカウンターを仕掛けた。二人とラバーロードの武器が激しくぶつかり、金属音が響き渡り火花が散った。互いの力は拮抗していた。しかしラバーロードの方が僅かに上回っていたようで少しずつ押されているようだった。
「くっ!」
「ふん。人間風情がよく頑張るものだ……だが。」
ラバーロードの押す力が強くなった。
「ヌアザの聖王すら討つのを諦めた存在である我を殺す事など不可能…!」
「ぐはぁっ!」
ラバーロードは嘲笑いながら競り勝ち、レオンはそのまま後ろに吹っ飛ばされ岩壁に激突する。レオンの口から鮮血が噴き出し地面に滴り落ちる。
「レオンさん!」
デュークはレオンに駆け寄り、暖かい火を生み出す癒しの呪術をかけ始めた。
「大丈夫だ。大したことはない……」
レオンは起き上がり肩の調子を確かめるようにグルングルン回す。
「ほう。まだ心が折れぬか?」
「俺には救わなきゃいけない人がいる。守る存在がある限り、ここで引く訳にはいかない!」
レオンは立ち上がり、ハンマーを握りしめ構え直す。ラバーロードも剣を構えて睨みつけてきた。両者共に戦闘態勢に入り緊張感が漂う空気が流れる。
「良い面構えだ……だが、無意味な抵抗と知るがいい!」
ラバーロードが先に動き出した。剣を横薙ぎに振るいレオン達を斬り裂こうとする。それを読んでいたレオンはジャンプして躱すとハンマーを振り上げラバーロードの頭部を狙う。しかしそれを読んでいたのかラバーロードは尻尾の剣を上手く操り受け止めた。ラバーロードは力を入れて押し返してくる。レオンは必死に抵抗するも徐々に圧されていく。ラバーロードの攻撃を受けきれなくなりそうになった時、レオンのハンマーが突然光輝いた。
「何?」
ラバーロードは驚き一瞬だけ隙を作ってしまった。その隙を逃さずレオンは力任せにハンマーを振り抜いた。ラバーロードの胴体に命中し鈍い音と共に弾き飛ばした。
「グォオオ!!」
吹き飛ばされたラバーロードは悲痛な叫び声を上げながら転げ回る。しかしすぐに立ち上がってこちらを向き直ってきた。
「この程度では効かぬぞ!人間!」
そう言いながら明らかに傷だらけの体を滑らして突進してきた。レオンは避けることもせず真っ正面から迎え撃ちに行く。そしてラバーロードが剣を振り下ろしてきた瞬間レオンは体を捻り、渾身の一振で打ち返した。返されてたじろぐラバーロードに、レオンは更に二撃目の叩きつけで脳天を強打した。脳天を殴られたラバーロードは悶絶しながら口から大量の泡を吹いた。そのまま地面に倒れて痙攣しだした。
「まだ生きているか……」
「そりゃ生命力はドラゴン並みだからですけど……今の攻撃くらったら流石に……」
レオンとデュークはゆっくりと歩きながら倒れているラバーロードに近づく。そこにはボロボロになり血塗れになった姿があった。どう見ても致命傷を与えたはずなのだがラバーロードはそれでも立ち上がろうとした。だが満身創痍のためかうまく力が入らないようだ。
「見事であった……」
「……」
「まさか人間相手にここまで追い詰められようとは思わなんだ。だがお前達の力量ならば納得できる。認めよう、敗北を受け入れよう。」
ラバーロードは観念したかのように潔く認めた。
「一つ問おう……我を討ってでもこの地の山頂に行こうと決めた理由は何だ?」
「俺の大切な人が病に侵されている。その病を治すにはこの山頂にある緋蛇草が必要なんだ。」
「なるほど。では……人を救うために我を打ち破ったというわけか……」
「そうだ……」
レオンは答える。
「そうか。お主らは善き理由で入ってきたのだな。」
「善き理由だと?」
「そうだ。緋蛇草は確かに万病を治す霊薬草……故に万金に値し欲が深い者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物なのだ。その結果さっきの騎士共のようにこの地に踏み入れるのだ。」
「騎士団の奴らも奪いに来たってことか?」
「最初はただの賊だと思っておったが、妙に規律正しい賊だったからな。しかも騎士団だと言うではないか。何処の組織にも属さず自由な冒険者が奪いに来るのはわかるが、国営の騎士団の者が奪いに来ると知って失望した。」
「そうなのか……」
騎士団の連中が泥棒行為を働いていたことにレオンは驚いた。そしてその指示を出した人間が誰なのか、レオンは大体想像がついていた。
「だがこの地を荒らす事は何者であろうと許さぬ。だからこの地を荒らす愚かな騎士共に我が制裁を加えてやったのだ。どこぞの偉い奴の息子であると豪語しておりながら、一目散に逃げる者も居たがな。」
(やはりあの若僧か…!)
レオンはラバーロードの発言からやはり騎士団長となったあの若者だと確信した。怒りで拳を握りしていると、デュークは彼の心境を察した。
「だがお主らの様子を見る限り、お主らは私利私欲に溺れた輩ではないと知れて安心した……」
「そうか。」
「行け。緋蛇草が咲く山頂の道だ。」
ラバーロードは体をずらして洞窟の入り口付近から続く狭いトンネルへの道を開けた。坂となった道の先には山頂が見えた。
「ありがとうな。デューク、お前の呪術で回復させてやれ。」
「いや、回復させずともよい……不死の体である故、しばらくすれば自然と回復するのだ。」
「え?その傷で……?」
デュークは渋ったもののラバーロードがそう望むのであれば言うことを聞くほかなかった。
「分かった。じゃあ行くか。」
「うむ。さらばだ……」
デュークとレオンはラバーロードの言葉を背に山頂への道を辿った。
◇
「よし。まだ息はあるな。」
その頃、マリーナの家ではムッツ神官と一緒にマリーナの看病をしていたカークはマリーナの喉に触れて、呼吸を確認して、椅子に腰かけていた。
「……寝たきりになってもう一日経ったのか。」
カークは椅子に座りながらベッドに横たわるマリーナを見つめていた。窓から差し込む夕日に照らされた彼女の青ざめた頬が痛々しく見える。まだ一日しか経っていないが、マリーナが寝たきりになったその一日という時間が彼にとっては途方もなく長い時間に思えた。
「君が勇者からクビを言い渡されたって聞いた時は正直ありえないと思ったよ。ハイラルドの坊っちゃん、当時君と付き合ってた俺のとこに来て、君を連れていきたいから別れてほしいって来たんだよ。」
カークはマリーナの額に触れながら呟く。あの時は突然の訪問と突拍子もない言葉に呆然となってしまっていた。
「当時の俺は仲違い起こしたわけでもないのに別れたくないって言ったさ。でも君も俺のとこに来て、「この世界の秩序と平和を守れるならあの子の力に成りたい」って言ってさ。結局別れたんだよな。」
カークは苦笑いしながら当時の出来事を思い出していた。
「でもその後だって、何年間もパーティとして同行したってのにお前はクビになった上に、こんなことになるなんてな……」
カークは目を伏せて悔しさを滲ませた。
「あの時、俺が意地でもお前をハイラルドに預けてなければ今頃お前はこんな状態に罹ることなかったんじゃないかなぁ……なんて考えたりして……」
カークは小さくため息を吐いた。するとマリーナが苦しそうに呻き声を漏らし始めた。カークは慌てて駆け寄り様子を見る。苦しそうに悶えている彼女を前にしてカークは何もできなかった。
「……ごめんな。辛いよな……」
カークは涙を浮かべて謝った。自分の判断が招いた結果だと自責の念に苛まれる。
その時だった。
『ガチャリ』と玄関の方から扉が開く音が聞こえてきた。カークは立ち上がり急いで音の方へと向かう。するとそこにはデュークとレオンが立っていた。
「おお!お二人さんようやく帰ってきたかい?」
さっきまで悲しそうだったのにカークは何事もなかったかのように立ち振舞った。
デュークとレオンは互いに顔を見合わせる。
「カーク。マリーナの容態はどうだ?」
「今は少し落ち着いているみたいだがな……でももう猶予は無いかもしれない。」
「そうか……」
カークの報告を聞いてレオンは少し暗い表情になった。それもその筈だ。二人はつい先ほどまで危険な魔物を退けつつ過酷な登山を行っていたため疲弊しきっていた。デュークの方も体力的にはまだまだ余裕がある様子だが精神的な面で消耗してしまっている様子であった。そんな状態なのにマリーナの容態までも悪化してしまえば自分たちも挫けてしまいそうになるだろうと思ったのだ。
「とにかく、これが約束の物です!」
デュークは鞄の中から一輪の美しい真紅の薬草を取り出した。
「これが緋蛇草か。よし、早速調合するぞ!」
そうして緋蛇草を受け取ったカークは持参した調合台を置いてる部屋へと走って行った。
デュークとレオンは薬が出来るまでマリーナの側で待機していた。すると同じく看病をしていたムッツ神官が部屋に入ってきた。
「おや。お二人とも戻ってきたのかい?」
「ムッツ神官。世話をかけたな。」
「この子は私が若い時から世話していたんだ。これくらい当然さね。」
ムッツ神官は笑顔で答えた。そして続けて言う。
「それと二人がいない間むかつく客人がマリーナを訪ねてきたから腹を立てていたのよ。」
「むかつく客?」
デュークが聞くとムッツ神官は頷きながら話し始めた。
「ハイラルドとムース。勇者パンティー…じゃなくてパーティーの二人が今さらのこの子を訪ねてきたのさ。マリーナを連れていきたいってね。」
「何だアイツら……?」
デュークは怪訝そうな顔をする。
「あいつら、自分がやったことも棚に上げて、マリーナをもう一度引き入れようとしていた。カークが「今更なんだ?それにマリーナは今病気だ。」と答えてもムースの小娘ときたら、「それくらい聖職者ならすぐ治せるでしょ?」とかふざけた事を抜かしたもんだから私が拳で追い払ってやったよ!」
ムッツ神官はぷりぷりと怒りながら拳をポキポキと鳴らしながら語った。
「そうか。にしてもあの阿呆共には困ったものだ。」
「まったくよ。ところでカークが向こうでドタバタと騒いでいるようだけど、何かあったのかい?」
カークの調合室から何やら大声でわーわーと聞こえてくるので気になっているようだ。
「実はな…」
「よし出来た!」
レオンが説明しようとすると調合室から薬品を持ったカークが戻ってきた。
「それが例の薬か?」
「ああ!飲み薬タイプにしておいた。飲ませればたちまち良くなるはずだ!」
カークは自信満々に言い切る。
「よし早速試してみてくれ。」
レオンはカークの言葉を信じて彼の持っていたコップに入った液体を飲ませるためにマリーナを抱き上げた。そしてゆっくりと彼女の口の中に含ませていく。喉奥まで入れて嚥下させることに成功した。
「理論上これで治るはずなんだが……」
カークは不安げに眺める。しばらくして変化が起こった。青白くなっていた顔色が次第に良くなり始めたのだ。
「おお!」
ムッツは歓喜の声を上げる。
「これは凄い効果だな。」
「ああ。緋蛇草のエキスには血清作用があってね。毒の分解や浄化の促進などをしてくれるんだ。しかもそれは緋蛇草の花弁部分であればあるほど優れていると言われているからね。だから一番状態の良い花弁を集めて抽出したんだよ。」
カークは鼻高々に語っていると、マリーナの首に生えていた咲きかけていた赤い芽が次第に枯れ始め根元からポトリと取れた。これでもう大丈夫だろうと思うと皆ホッと胸を撫でおろした時だった。
「ん……」
「マリーナ!」
マリーナが目を開けた。目覚めたばかりで目の焦点が合わずぼんやりとしていたが徐々に意識がハッキリとしてきて周囲を見渡した後に視界の先に映る人物たちに気付き目を丸くさせる。
「デューク君?それにレオン殿も……」
マリーナは不思議そうに呟いた。
「良かった。本当に……」
「カークも?一体何があったのですか?」
「話せば色々だが…」
レオンはマリーナに今まで起きたことを説明した。勿論マリーナが魔物による感染症に犯されていた事も話した上で。
「そうでしたか……迷惑をかけてしまいましたね。」
マリーナは申し訳なさそうに俯いた。
「気にしないでくれ。仲間が窮地なら救うのが俺のモットーだからな。」
レオンは無愛想な顔で答える。だがその口元はどこか嬉しそうであった。
「あと、緋蛇草を手に入れるついでに緋蛇山を征した証もボスからもらった。」
そう言ってレオンは深紅の宝石をマリーナに見せた。あの後緋蛇草を手に入れて洞窟に戻った時、ラバーロードが「お主らに敗れた以上、これを授けねばな」と言って溶岩の中から取り出してくれたのだ。見たことがない鉱物なので詳しい情報は不明だが、レオン曰く恐らくこの山で採掘できる最も硬く強い成分で作られた宝石とのことだ。
「これで俺らダンジョンを二つも制覇した事になるんですね!」
「ああ。その通りだ。」
デュークは興奮気味に喋る。レオンは満足そうな笑みを浮かべて答えると
「レオン殿…それにデューク君…本当にありがとうございます……」
マリーナは感謝の言葉を述べた。
「礼を言われる程のことはしていない。」
「何はともあれ、あんたが元気になってよかったよマリーナ……」
マリーナが目覚めたのを見てムッツ神官は安堵していた。
「ムッツ神官も、看ててくださりありがとうございます。」
「謙虚なのは変わらないのねあんたは。」
「お、おい待てよ!薬を作ったのは俺だぞ!その俺には一言ないのかい!?」
「カーク、あなたはそういうところですよ?」
恩着せがましいカークにマリーナはジト目で注意した。
そんな元気になっている様子のマリーナをレオンは安堵を覚えていた。




