第七話「毒蛾への再戦」
「ここか……」
ポイゾンフォレストに始めて来たデュークは驚いた。沼地に比べたらそこまで湿気もなく、木や草などの植物が至る所に生えている。
「ええ。デューク君は初めてだろうけれど、この森の中は毒を持ったモンスター達が待ち受けているから注意してね。」
「大丈夫です!故郷にも毒沼ぐらいあったんで、慣れっこですよ。」
意気揚々と森の中へ足を踏み入れるデューク。それに続いてレオンとマリーナも後に続き中へ入っていく。そしてポイゾンフォレストに入った途端に空気が変わるのが感じられた。毒を持つ魔物も多くいる為か前回の経験もあって、警戒心を強く持っている。
「レオン殿!前方からモンスターが!」
「うむ!」
レオンが気配を感じ取り前方を見ると茂みから数匹の巨大な蛇が現れる。そして大きな口を開け涎を垂らしながら威嚇してきた。
「キシャアァッ!」
「オラァ!」
レオンが動き出す前にデュークが火の玉を蛇達に撃ち込んだ。火球は蛇達に命中して爆ぜていく。火に弱いのか蛇達は悶え苦しんで動かなくなった。しかし一体の蛇は炎に強くまだ余裕そうだ。だが飛びかかってきたところをレオンがハンマーで殴り飛ばすと一撃で仕留めた。
「すげぇ……」
「これくらいなら余裕だ。それにお前の火の呪術もたいしたものだ。」
レオンが褒めるとデュークは照れ臭そうに笑う。
「いえ、俺もまだまだですよ。」
そう言うもののデュークの顔つきは自信に満ち溢れていた。その後も襲ってくる毒虫などを退治していく三人はどんどん奥へと進んでいく。
「それにしてもデュークよ。俺達はヒール・ライザで耐性をつけているがお前はいいのか?」
「ご心配なく!俺達呪、術師は火の力を体に取り込む事で、一切の毒を無効化出来るんですよ!」
レオンの問いにデュークは得意げに語った。二人はデュークが沼の術師の特性を活用している事に感心するばかりである。そしてレオンとデュークは雑談をしながら進み続けていた。
一方マリーナも補助と回復でサポートしていくが、今日はあまり喋っていなかった。それもそのはず、今日のマリーナは顔色が悪かった。それだけでなく時折顔を押さえ苦しんでいる様子も見られる。だが彼女はそれを悟られないように平静を装っていた。
「マリーナさん?」
しかしデュークはそれを察知していたのか心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫よ。少し疲れが出ちゃっただけだから。」
だがマリーナはあくまで大丈夫と言い張る。
「しかし……」
尚も引き下がろうとしないデュークに対してマリーナは優しく微笑む。
「ありがとうデューク君。でも本当に平気なのよ。それよりも今はダンジョン探索に集中しましょう。」
マリーナに諭されたデュークは引き下がった。レオンはデュークの肩に手を置いて大丈夫だと言った。しかし彼もまたマリーナの身を案じているのである。
「そこにそのでっかい蛾が潜んでるんですね?」
「そうだ。俺とマリーナで一度対峙したが、あの毒ばかりは手の打ちようがなかった。それ故にお前の火の力、頼りにしているぞ。」
「うっす!任せてください!」
レオンの言葉にデュークは胸を叩いて答えた。だが火を宿した手で胸を叩いたので、「あちちちっ!」と思わず飛びのいた。その様子を見てマリーナは「ふふっ。」と笑った。
「マリーナさん~。」
「ごめんごめん。おっちょこちょいなのは変わってないな~って思って。」
「いやいやこれでもしっかりしようとしてるほうですよ!勇者パーティーの時もマリーナさんが抜けた後は俺がしっかりしなきゃって思って色々と頑張ったんで!」
そう話すデュークに対してマリーナは再び微笑みを返した。
「きっと私と入れ替わりで入ってた子も、あなたが居て頼もしかったでしょうね。」
「へへっ!」
自分が成長したことを褒められたようでデュークは鼻をかいた。そして三人はダンジョンの中間地点まで着いた。そこでは人の姿をした蝶の魔物達が襲いかかってきたが、毒攻撃されてもマリーナの回復魔法とレオンのハンマーによる的確な打撃、そしてデュークの火の呪術にかかれば敵ではなかった。
「あの、お二人とも……」
蝶の魔物を片付けるとマリーナがおそるおそる二人に話しかけた。
「どうしたマリーナ?」
レオンが聞くと、マリーナは地面に座り込んだり。
「すいません。少し休ませて貰えませんか?なんだか疲れがひどくて……」
「はぁ、はぁ…」と疲労を感じる息づかいのマリーナ。それを見てレオンは頷いた。
「大丈夫だ。魔物は片付けたし、ここらで休むとしよう。」
そしてレオンは荷物からいつでもキャンプができるようにと持ち歩いていた小さい薪を地面に立てた。
「む、着火材を忘れたか…」
「お!それなら俺の出番ですね!」
レオンが頼む前にデュークが薪に小さく火付けをした。火が付けられた薪は暖かく、毒素を振り払う焚き火になった。暖かい火を受けて安心しているのか、マリーナはうとうとしていた。レオンは網を焚き火の上に立ててお茶を沸かし始めていた。
「そういえばデューク。お前は随分と火の力を使いこなしているが、故郷では皆そうなのか?」
「ああ、故郷じゃ割とポピュラーですよ。」
淹れたお茶を配りながらレオンは休憩がてら聞くと、デュークは軽快に話し始めた。
「住んでた大沼は、呪術師の里みたいなもんなんで。火だけじゃなく、毒に対する呪術とか逆に毒を放つ呪術とか、皆お互いを競いながら更なる呪術を生み出していくっていうのが日常でした。」
デュークは楽しそうに話していた。レオンは「ふむ。」とたまに相づちを打ちながらお茶を飲んだ。
「まあ、そんな毎日飽きてる自分も居たのもまた事実。外の世界に憧れて、いつかきっかけが欲しいなって思っていた時に勇者パーティー、要するにマリーナさん達がダンジョン攻略の過程で大沼を通りかかったんですよ。その時にハイラルドに腕を買われて、一緒に来ないかと誘われて。これは俺の人生の転機だと思いまして。あそこで会えなかったら、もう機会は無いとも思った。」
そう話すデュークの目は夢を叶えたような輝きがあった。
「そういう意味では勇者パーティーに、特に人生の色々や外の世界での礼儀や作法を教えてくれたマリーナさんには感謝しているんです。」
そう言ってマリーナの方を見るデューク。しかし当のマリーナはうとうとしてそのままレオンの肩に頭を乗せて眠っていた。それを気付いているのかレオンは起こすことなくそっとしていた。
「心配するな。迷惑はしていない。」
レオンは小さい声でデュークにそう促した。
◇
そんなこんなしているうちに三人は以前にもマリーナとレオンで辿り着いた大樹の前まで来た。
「さあ、どんな奴なのか楽しみだなぁ!」
デュークはワクワクした気持ちを抑えきれずウズウズしている。
「相変わらずデューク君はどんな敵でも怖がらないタイプね。そのまま生のネギ類も食べられるようになればいいのに。」
「あ!何かでてくる!」
デュークは話をそらすように大樹を見上げる。すると大樹のてっぺんからレオンとマリーナを苦しめたあの大きな蛾が羽音と共に舞い降りてきた。レオンは巨大な蛾の登場に舌打ちをする。
「マリーナ!」
「ヒール・ライザ!」
レオンの号令でマリーナが補助魔法をかけ、デュークは自身に火を宿し、毒素への耐性をつけた。
「ハァッ!!」
先駆けたレオンはハンマーを下段に構えて走り出す。しかし巨大な蛾はそれを見ると空中へ逃げる。そこにデュークが狙いを定めた。
「くらえ!」
デュークは飛び立ったところを狙って火の玉を投げた。火球は正確に直撃し爆発と共に燃え上がった。苦悶の鳴き声が響き渡る。羽にも引火したのか、蛾は煙を上げながら墜落してきた。レオンは落下地点を狙って突進する。そして地面に落ちる蛾に追撃する形で強烈な一撃を叩き込もうとした。だがその瞬間を待っていたかのように蛾は翅から鱗粉を噴き出した。
「グッ……!」
咄嗟に顔を腕で覆いガードする。だがそれでも僅かに吸い込んでしまい咳き込み始める。
「ゴホッ……ガハッ……」
「レオンさん!」
デュークが呼びかけるがレオンの咳は止まらない。すると蛾は再び翅を広げ宙に浮かぶと辺り一面に鱗粉を撒き散らしていく。大量の鱗粉によって視界が悪くなっていき徐々に呼吸が出来なくなってきた。
(これではヒール・ライザをしてもまた吸い込んでしまうわ!)
「よーしそれなら!」
マリーナが悩んでいると、デュークが手に宿した火を地面に叩きつけた。すると轟音と共に地面から無数の火柱が立ち昇る。それらは次第に大きくなり炎の竜巻となっていく。巨大な火の輪となり周囲の鱗粉を全て焼き払っていく。
「キュイィィィ!!」
火柱を受けて蛾は悲鳴のような金切り声を上げてよろけるように飛んで距離を取ってきた。その隙にマリーナはヒール・ライザをレオンにかけて毒を消し去った。レオンの顔色は次第に良くなっていき、デュークは更に力を込めて炎の勢いを増した。
「おっと、これはまずいな。」
デュークの周りに集まった炎は次第に一つの形を形成していく。それはまるで火の大蛇のような姿であった。
「行けっ!」
デュークの命令で炎の蛇が勢いよく放たれる。一直線に伸びていき蛾に向かっていく。蛾は翅から鱗粉を放出しようと翅を広げる。しかしその直前に炎の蛇が胴体を飲み込み燃え始めた。
「ギィィイッ!」
激しく暴れて藻掻く蛾だが次第にその抵抗も弱まっていく。
「すごい威力だな。」
「レオンさん!攻めるなら今だ!」
デュークの技を褒めるレオンの耳にデュークの声が聞こえた。
「よし!うおぉぉ!」
レオンは雄叫びを上げて蛾に肉薄する。そして怯んだ蛾にハンマーの一撃を喰らわせた。その衝撃によって蛾は壁に激突した。
「これで終わりだ!」
追い討ちをかけるように再びハンマーを構える。しかしその刹那蛾の全身から鱗粉が飛び出し触角が鋭利な刃に変わってレオンに襲いかかる。
「なんだと!?」
「危ない!」
デュークは咄嗟に火の玉で蛾の刃を弾き返す。蛾は体勢を崩しバランスを失ってしまう。
「ここは私が!」
マリーナは頭上に光り輝く聖なる槍を作り出し、素早く投下した。
それは蛾の頭部にクリーンヒットして大きく仰け反らせた。
「強化も任せてください!ウエポンエンハンス!」
怯んでいるうちにマリーナがウエポンエンハンスでレオンのハンマーを強化した。
「今です!」
「でやぁっ!」
そしてレオンは強化されたハンマーを力一杯振り下ろした。
「キュルルルゥゥ……!」
蛾の断末魔が響き渡る。そして断末魔は次第に弱くなり、ついに消え去った。完全に絶命したのだ。すると突然大樹の周りが明るくなっていく。同時にダンジョン中から毒素のある空気が消えていき清浄なものに変わっていった。
「やった……倒せたんだ!」
「ああ。二人も良くやってくれた。デュークの呪術とマリーナの手際良い耐毒兼回復の両立がなければ御陀仏だった。」
デュークは歓喜し、レオンも喜びに浸る。マリーナも小さな笑みを浮かべた。
「あれ?見てくださいあれ!」
デュークは大樹の穴から光の粒のようなものを見つけた。レオンが近づいて拾うと、それは小さな種であった。レオンはそれを手にとって眺める。それはまるで宝石のように輝いているように見える。
「これは?」
「ダンジョンのボスを討伐した証だな。騎士団にいた頃に見たことがある。」
「これがそうか……。しかし綺麗だなぁ~」
デュークは興味津々で種を見つめる。そんなデュークにレオンは促した。
「とりあえず街に戻るぞ。ギルドにも、ダンジョンを攻略したことを報告しなければ。」
「はい!」
こうして無事ポイゾンフォレストを攻略した三人は一旦街へ帰還する事にした。
もゆっくりと頷いて歩き始めた。
「これで……外に毒が舞うことも…無くなり…ますね……」
バタン!
マリーナの様子がおかしいと思った瞬間だった。彼女は糸の切れた人形のように突然倒れたのだ。慌ててデュークがマリーナに駆け寄ると脈拍は正常だったものの意識が無かった。
「マリーナさん!どうしたんですか!?」
「これは……!」
マリーナは息を荒くしていた。その首からは赤い芽が更に大きくなって、それがゆっくり成長していく様子が、二人の目に映った。




