第六話「末路、そして再出発」
「デューク君、よね?」
「……はい。久しぶりです。マリーナさん。」
久しぶりにマリーナに会った術師デュークは、最初は困惑した表情をしていたものの徐々に平静を取り戻していった。
「マリーナが話してた若者か?」
レオンが聞くと、マリーナは笑顔を直して答えた。
「はい。共に勇者パーティーとして戦っていた、火の術師です。」
「どうも。デュークです。」
紹介されたデュークは素っ気ない態度で会釈をした。レオンもそれに応えて頷く。
「それで何でここに?」
「最近この沼地を見つけて、故郷に似ていたから修行に良いやと思って呪術の腕を磨いていたら、さっきのでかいカニが釣り人を襲っていたんで助けたんですよ。」
「そうでしたか。やはりデューク君でしたね。火の力を扱える冒険者なんてこの国にはそういませんから。」
「どうも。」
「おい。」
昔話に花を咲かせる二人の間に入るタイミングを見失ったレオンはタイミングを計って話に入った。
「お前、勇者パーティーと言っていたな。だが一人のようだが、他はどうした?」
「あ、その事なんですけど……」
デュークは頭をかきながら気まずそうに話し始めた。
「実は、勇者パーティーは解散になったんですよ。」
「えっ?」
突然の話に驚くマリーナ。そしてレオンも同様に驚いた。
「なんですって?」
「話せば少し長くなるけど……」
そう言ってデュークはマリーナが抜けた後の勇者パーティーの話を始めた。
◇
マリーナが抜けた直後。勇者ハイラルドは新しく入った、ハイスペックで若い聖職者リンデリカを連れてデューク、ムースの四人でダンジョン、「夜の都ノムグラム」へ入った。ノムグラムのクエストは上級ランクの冒険者でも挑戦することが少なく、危険度も高い。勇者パーティーである彼らであっても相当の苦戦が強いられるだろうと予想されていた。
「皆。気を引き締めて行こう。」
ハイラルドが先導して進む。その表情は真剣そのもので他のメンバーも緊張感を持っていた。
「勇者様。ここは本当に大丈夫でしょうか?まだ私は実戦経験が少ないもので……」
心細そうな顔でリンデリカが問いかける。その顔を見てハイラルドは安心させるような声で返した。
「大丈夫さ。僕たちがいるんだから。」
「それにあなたは高位の回復魔法や耐性魔法もあるんだから大丈夫でしょ?大丈夫よね?」
ムースがリンデリカの前に立って言い聞かせるように言った。
「はい……頑張ります。」
彼女の圧力に負けてしまいそうになりながらもリンデリカは何とか答えた。
「危険だと思ったら、迷わずトラベルエンドを使ってくれ。」
デュークはリンデリカに言った。
「わかりました。デュークさん。」
リンデリカがお礼を言うと同時に通路が開けた。そこは広々とした空間になっており壁には様々な模様が描かれている。まるで神殿のように神秘的だった。
全員が中央に立つと突如天井が光り輝いた。それと同時に祭壇に何かが出現する音がした。そこには二つの人型の石像があり両方とも槍を持っている。そして片方の胸には黒い宝石が埋め込まれていた。
「これは……?」
「古代兵器オーギュルスだ!皆、戦闘準備をしろ!」
ハイラルドが叫ぶとムースとデュークも臨戦態勢を取った。しかしリンデリカだけは反応できずにいた。初めて見る敵に戸惑っていたのだ。
「どうしたんだリンデリカ?早くしないと手遅れになるぞ!」
「あ、すみません!すぐ援護します!」
慌てて杖を構えるとリンデリカは味方全体に防御力強化魔法をかける。
「アーマープロテクト!!」
金色に輝く膜が四人を包み込むと同時に黒曜石から発せられた熱線がハイラルドに向かって伸びた。
「はぁっ!」
ハイラルドは間一髪のところで雷の刃を呼び寄せ電撃波によって光弾を相殺した。
「ムース!弓による後方戦はいつも通りで!デュークは相手の足元に炎攻撃を!リンデリカは定期的に補助魔法や回復魔法を!」
指示を受けた三人はそれぞれの配置につくと戦闘を開始した。
まず最初に仕掛けたのはデュークだった。地面に火を叩きつけると地面から火柱が吹き上がりオーギュルスの脚に焼きつく。
「はぁっ!」
続いてハイラルドが斬撃を放ち胴体に傷を与えた。更にムースが風の矢を飛ばして関節部分を狙う。
「アタックウェイブ!」
リンデリカは攻撃力を上げる魔法を一人一人にかけていた。最初は優勢で順調な滑り出しを見せたが次第にオーギュルスの猛攻により苦戦を強いられていった。
「ちょっとリンデリカ!強化魔法くらい全体に一気にかけてよ!」
「む、無理ですよお!高位の魔法は一人分を詠唱するのに時間を要するのでかなりの集中力が必要なんです……!」
「役立たず!」
リンデリカが謝罪してもムースは一向に聞く耳を持たなかった。そんなやりとりの中でも戦闘は続いている。ハイラルドは必死で攻撃を避けながら反撃の機会を窺っていた。
「落ち着くんだ。この程度で負けるような僕たちじゃない!」
ハイラルドの激励により皆奮起した。そしてついにその時は訪れる。
「ぐはぁっ!」
「ハイラルド!?」
ハイラルドが吹き飛び壁に激突してしまう。残りのメンバーが慌てて駆け寄ると息はあるようだが意識を失っていた。
「ムース!後ろ!」
デュークが叫ぶと背後に迫ってきていたオーギュルスは大きく口を開き火炎放射を吐いた。ムースは間一髪のところで回避するもそのまま前のめりになって倒れた。
「ぐ……」
「ムース!」
デュークが叫ぶも返事はなかった。彼女は完全に戦闘不能の状態となっている。そんな状況下の中で身体的な防御力が低いデュークとリンデリカではまともに戦える状況ではない。
「リンデリカ!脱出するぞ!」
「はい!トラベルエンド!」
デュークの指示に従い、リンデリカが唱えると周囲の景色が歪んでいく。そして四人はダンジョンの外へと瞬間移動するのだった。
命からがらダンジョンを脱出した勇者一行だったが、勇者がダンジョンの最初の敵相手に敗北したという話は瞬く間に王都中に広まり、世間からの失望は言うまででもなかった。
当然人々からの信用も地に堕ちてしまった。
「やれやれ……偉い目にあったな。」
散歩から宿屋に向かっていたデュークは疲れた様子で呟いた。あれからハイラルドは気が焦るばかりで、指示が雑になり、ムースは当たり散らかしていた。そのせいで四回連続でダンジョン攻略を失敗していた。
「しかし…」
デュークは空を見上げながら、マリーナの事を思い出した。同じスペックのリンデリカでも一人分ずつしか詠唱できない魔法も、全員分一度に詠唱でき、各自の状態に合わせて治療魔法を一度に詠唱していた。それだけじゃなく、年長というのもあってメンバーの悩み事や相談にも親身になって聞いてくれた。
「やっぱりあの人は凄かったんだな…」
「この役立たず!!」
宿屋に入るなり、二階から怒鳴り声が響いてきた。その声の主はムースだった。
すぐに誰に向かって言っているのか理解したデュークは慌てて階段を上がる。そして部屋の前まで来ると泣いているリンデリカの声と怒鳴るムースの声が聞こえた。
「アンタが期待はずれなせいで、ハイラルドはこのままだと勇者クビになるじゃない!何のためにアンタを入れたと思ってるの!?」
「申し訳ありません……私なんかの力じゃ皆さんのお役に立てなくて……」
「泣いてる暇があるなら、役に立つ方法でも考えなさいよ!」
「ま、まあムース。」
ハイラルドのムースを慰める声も聞こえた。そしてハイラルドの数回にわたる慰めで何とかムースは怒りを抑えた。
「リンデリカ。少しずつでいいから、詠唱を速くしてくれればいい。まずはそこからだと思う。」
その言葉を告げ、ハイラルドとムースはリンデリカのいる部屋から出ていった。ムースはまだ怒っているのか、ドアを強く閉めていき、廊下にいたデュークにも目もくれず寝室へ向かった。
「大丈夫か?」
デュークが恐る恐る部屋に入ると、リンデリカは涙ぐみながら顔を上げた。その表情は悲壮に満ちていた。
「ごめんなさい。私のせいで、あなたたちに迷惑をかけてしまって。」
「いや……気にすることはない。まだこのチームを組んだばかりなんだし。何より入ったばかりの人を連れて高難易度のダンジョンに行くとか、アイツらも気が早すぎるんだよな。」
デュークは慰めの言葉をかけた。
「俺の方こそ悪かった。リンデリカのサポートを受けるばかりでちゃんと助けてあげられなくて。」
デュークは謝るが、リンデリカはやはり涙が止まらなかった。
「デュークさん、すみません……私もう、皆さんと一緒に戦い続けるのは無理です。」
リンデリカは泣きながら言った。パーティーを辞めたいという彼女の意思をデュークは否定することなく頷いた。
「誰だって限界はある。君は十分頑張った。後は俺の方から伝えとくから、君はムース達に会わなくて大丈夫だから。」
「はい……ありがとうございました。」
そう言ってリンデリカを宥めた後、リンデリカは明け方に荷造りを終えて宿屋から去った。デュークはそのリンデリカの旅立ちを見送った。そして次の日の朝。起きたデュークは一階に降りると、早速ハイラルドと口論になっているムースを見かけた。
「あ!ちょっとデューク!あんた何か余計なこと言ったでしょ!?」
こちらを見るなりムースが駆け寄ってきて詰め寄った。
「いや、いきなりなんだよ?」
「実は、宿屋の人がリンデリカからの手紙を預かってたんだ。それで手紙には『今までお世話になりました』って書いてあったんだ。それでデュークが何か知ってるんじゃないかなって話してたんだよ。」
「ああそれか。辞めるって言ってたよ。」
「はあぁっ!?」
それを聞いたムースは顔を真っ赤にして怒り出した。
「あんた!リンデリカに何言ったのよ!?」
「それ、俺が言いてえよ。ムース。お前昨日最近不調が続くからってリンデリカに酷く当たってただろ?」
デュークの質問にムースは顔を背けた。その反応にデュークは呆れてしまう。
「はぁ……全く。そんなんだからリンデリカもついていけなかったんだ。」
「ふんっ!」
ムースは不機嫌そうに鼻を鳴らした。ハイラルドは頭を抱えてため息をつく。
「参ったな。仲間がどんどん欠けていくなんて……」
ハイラルドは肩を落とした。デュークはハイラルドの事も睨み付ける。
「ハイラルド。お前にだって非はあるぞ。俺達を支えてくれたマリーナさんをあんな簡単に見限って、同じ高位の聖職者だからって実戦経験がないリンデリカをいきなり最難関なダンジョンに連れて行くとか、無理な課題押し付けすぎだ。そんなんじゃお前についていく奴なんて、当然いなくなるぞ。」
「それは……」
「お前だって知ってただろ?マリーナさんのように高位の魔法を素早く詠唱した上で効果を高めたり、単体にしかできない強化魔法を複数の味方に一度にかけたりなんて芸当はあの人しかできないってことくらい。」
それを言われたハイラルドは何も言えない。デュークは話を続けた。
「それをお前はムースの言うことをほいほい聞いて、あっさり見限って、今どうなった?今の結果を見てよく思い知っただろ?」
ハイラルドは俯いたまま黙ってしまった。
「ちょっとデューク!あんたさっきから上から目線で何様のつもり!?」
ムースはデュークに食ってかかる。しかしデュークは無視して話を続けた。
「とにかく、俺ももうお前らには付いていけない。マリーナさんも居なくなって、俺がしっかりしないとって頑張ってきたが、お前らにはもう愛想が尽きたよ。」
デュークがそう宣言するとムースは大声で怒鳴り散らした。
「何よアンタ!勝手な事ばっかり言って!あたし達を裏切るっていうの!?」
ムースが叫ぶも、デュークは顔色一つ変えずに持ち物を持って宿屋を出ていくのだった。
◇
「……そして今のパーティーは勇者ハイラルドとムースだけになりました。」
デュークは全てを話した後、深い溜息をついた。話の内容を聞いたレオンもマリーナも信じられないといった表情だった。
「可哀想だが、自業自得だな。」
「ハイラルド君が気の毒だけれど、ムースちゃんは少し自重すべきだったのに相変わらずだったのね。」
ムースの日頃の行動には思うところがあったのかマリーナも厳しい顔をしている。
「今も知り合いから話を聞きますけど、新しく人を入れては辞めてくの繰り返しで冒険どころじゃないみたいで……」
「大変だったわね…」
「まあな。それで俺は今こうして故郷に似た沼地で一人、自分磨きをしているんです。」
デュークの境遇を聞いたマリーナは同情の眼差しを向けた。
「マリーナさん。色々とすみませんでした。俺がもっとハイラルド達を説得すれば、マリーナさんをクビにさせずに済んだかもしれないのに。」
デュークは話の区切りに頭を下げた。
「いいえ。辛かったでしょうね。」
マリーナが労うとデュークは首を横に振る。
「もういいんです。今はこうしてレオン殿と出会って、共にダンジョン攻略をしていますから。」
マリーナはデュークに顔を上げさせて微笑んだ。そして真剣な表情で口を開いた。
「それよりデューク君。実は私たちのパーティーに、あなたの力が必要かもしれないの。」
「えっ?」
マリーナの意外な申し出にデュークは目を丸くした。マリーナは話を続ける。
「私達は今攻略しようとしているダンジョンのボスの弱点が火属性かもしれないの。火属性の魔法はさすがの私も使えないから、それで火の呪術を会得しているデューク君を、仲間にしたいと思っているの。」
マリーナがそう言うとデュークはしばらく考えてから口を開いた。
「分かりました。マリーナさんが俺を必要としているなら罪滅ぼしもしたいし、力になりたい。」
「本当!?」
デュークの答えにマリーナは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。だからまたよろしくお願いします。マリーナさん。」
「ええ。こちらこそ。」
マリーナが握手を求めるとデュークもそれに応じた。
「俺も自己紹介しておこう。冒険者のレオンだ。」
そしてレオンも握手を求める。デュークは握手に応じると自己紹介をした。
「改めて術師のです。こちらこそよろしくお願いしますレオンさん!」
「ああ。よろしく頼む。」
こうして新たな仲間デュークを加えた三人のパーティーによる冒険が始まろうとしていた。
「うっ…」
首を抑えるマリーナ。
マリーナの首に芽吹く芽もまた、彼女を蝕み続けているのだった。




