第四話「蝕む毒蛾」
次の日の朝。入ってくる暖かい日差しでマリーナは目を覚ました。
身だしなみを整え、着替えると部屋の外へと出た。
「レオン殿、おはようございます。」
「ああ。おはようマリーナ。」
同じ時間に起きていたレオンの顔は珍しく明るかった。
「夕べは、良く寝れましたか?」
「ああ。手足のダルさは相変わらずだが、嫌な夢見なかっただけマシだな。」
「分かります…私も昔は次の日には全快だったのですけど…歳なのかしらぁ…」
マリーナは共感しながら溜め息をついた。
「それより今日はダンジョンの攻略に行くのか?一日戦わなかっただけでも腕が鈍っちまいそうだ。」
「ええ。既に行く先は決めておりますので、朝食を取りながらでも。」
二人は席につくと朝食を準備して取り始めた。
「それで、どこのダンジョンを目指すんだ?」
レオンはサンドイッチをかじりながら聞いてきた。
「はい。実はこの街から北東に行ったところに『ポイゾンフォレスト』と呼ばれる森林地帯があるのですが、そこに存在する蛾のダンジョンを攻略しようと思います。」
「また森か。にしても蛾だと?」
マリーナはコクリとうなずくと話を続けた。
「はい。あそこは毒を持つ生物が多く生息していて非常に危険な場所なのです。以前撃退した病に侵された獅子を覚えていらっしゃいますか?」
「あの時の獅子か?まさかそのダンジョンに病原となる魔物が居るのか?」
レオンが聞き返すとマリーナはうなずいた。
「はい。学者達の話によれば、そのダンジョンの主の持つ毒が感染性を持ってしまい今回の獅子の様な病として蔓延してしまったとのことです。なのでこのままでは他の地域にも広まってしまう可能性がありますので早急に対処しないといけません。」
「分かった。」
レオンは納得したように頷くと立ち上がる。
「それじゃあ街のギルドでそのクエストを受けるとするか。」
「はい。」
そして二人は食事を終えると装備品などを確認してギルドへクエストを受注しに向かうのだった。
◇
「ここがポイゾンフォレスト…見るからに毒々しい場所だな。」
「そうですね。油断しているとすぐに全身に毒が回ってしまいます。くれぐれも注意してくださいね。」
ギルドでの手続きが終わり早速現地にやってきた二人は目の前の風景を見てそう思った。
見渡す限り緑に包まれた木々の中にある沼のような池があったり紫色の煙が昇っていたりと非常に不気味な雰囲気が漂う場所であった。
「それにしても……」
レオンは隣を歩くマリーナの姿を見た。
白色のローブと青色の服に、背中まで伸びた銀色の髪。顔立ちは整っていて肌は自分と同じ四十路とは思えない色白である。まさに清楚な雰囲気を持った聖職者といった印象を受けていた。
(いかんいかん!今は仕事中だぞ!しっかり集中しなければ……)
レオンは頭を左右に振り正気を取り戻した後再び歩み始めた。暫く進んでいくうちにマリーナが足を止めた。
「どうかしたかマリーナ。」
「レオン殿。」
マリーナの真剣な眼差しに釣られて視線を辿ると地面の上に大きな穴が開いておりそこから何かが飛び出してくるのが見えた。それは人型の生物ではあるが背中には昆虫のような羽根があり頭には触角が生えていた。
「あれは……ポイズンビーか。」
ポイズンビーとは蜂の魔物である。大きさは大人一人分のサイズであり、体の半分ほどはある大きく、鋭利な針を持っている。彼らは獲物を発見すると群れで襲ってきて毒液を飛ばしてくるのだ。
「やはりこの辺りにもいるようですね……レオン殿!私が援護するのでお願いします!」
「任せろ!」
レオンはハンマーを構えると敵に向けて突っ込んでいった。
「!」
気づいたポイズンビー達は警戒するようにしてこちらを見るとレオン達に向かって緑色の鱗粉を巻いてきた。それはまるで霧のように周囲に広がりながらこちらに向かってくる。
「ぬおっ!」
「レオン殿!」
マリーナが叫ぶと共に杖を掲げると光を放ち始め霧状の鱗粉が払われていく。しかしレオンは既に吸ってしまったらしく、息苦しそうだった。それでもなお戦闘を続行するために立ち上がり攻撃を続た。
「くたばれ!」
レオンは勢いよく前に踏み込むと敵の頭上を狙うように横薙ぎを繰り出す。それを避けようとした敵の胴体は叩きつけられてしまいそのまま地面に激突してしまう。
「グギャアァーー!?」
「まずは一体目だ。次はお前等だ!」
倒れ込んだ敵の背中に乗っかりハンマーを何度も打ちつけ止めを刺す。その後残った2匹のうち一匹がレオンの方へ近づこうとしていたのでもう片方の方がそれを阻止しようと攻撃を仕掛けたが難なくかわされてしまう。
「甘い!」
そして横から蹴りを喰らい吹き飛ばされる。
「グゲェッ!」
「終わりだ!」
最後に残った個体は恐怖を感じて逃げ出そうとするがレオンの俊敏な動きにより捕まってしまう。そしてハンマーで潰されて絶命してしまった。
「はぁ…ひとまず片付いたな…ぐっ!」
敵を殲滅した直後にレオンの身体に痺れが走った。
「ちょっと待って下さい!ヒール・ライザ!」
マリーナが手を翳し魔法を唱えると徐々に症状が治まり出し数分後には完全に消えていった。
「危なかった……助かった。」
「いえ。」
マリーナは安心したように微笑み返す。それから二人は森の奥へと進んでいくのだった。
◇
「見えた……ここがボスの居場所か……」
レオンは視界に入った建物を見てそう呟いた。そこには森の中でもかなり大きい樹があり、大樹からかなり毒々しい臭いが流れてくる。恐らくこの中に魔物が巣食っている可能性が高かった。
「気を抜かないでくださいね……」
「分かっている。」
二人は意を決して近づこうとした。
「待て!何か来るぞ!」
その時だった。レオンはマリーナを止めた。突然のことで驚きつつもすぐに状況を理解した彼女は足を止めた。次の瞬間大樹から一体の魔物が飛び降りてきた。その姿は大きな蛾で、身長は二メートル近くあり、巨大な触覚を持っていた。
「キシャアー!!!」
大きな雄叫びをあげると翅を大きく開くとそこには無数の斑点模様が見えた。それが全て毒の塊であることは明白でありこのダンジョン内外に充満している有害な煙はこいつによるものであろう。
「こいつがここのボスか。」
「はい…」
「よしっ!」
レオンは勢いよく駆け出すと一気に間合いを詰めハンマーで殴ろうとしたが翅の鱗粉が宙に舞いこちらに襲いかかる。咄嵯の判断で避けることができたが一部吸ってしまったようで喉が焼けるような痛みを感じた。
「ゴホッゴホッ!」
咳き込みながらもなんとか持ち堪えて相手の様子を窺った。幸いマリーナがすぐに解毒してくれたおかげで事なきを得たがもし間に合わなければ危険だったかもしれないと肝を冷やす思いだった。
「大丈夫ですかレオン殿!」
「ああ。だが厄介なやつだ。これでは迂闊に近づけんぞ。」
「あの鱗粉をどうにかすれば何とかなるかもしれません。ヒール・ライザ!」
マリーナは自分とレオンにヒール・ライザをかけた。事前に使用することで、状態異常への免疫を劇的に向上させる効果もあった。
「頼むぞマリーナ。」
「はい。」
マリーナは手を強く握りしめ精神を統一させるように意識を集中させる。それによって魔力が上昇し光輝き始める。そして杖を前に突き出すと眩い閃光とともに光の矢が放たれた。
「バーストアロー!」
光の奔流となったそれは一直線に敵の本体を捉え爆発を引き起こす。
「ギィィィィ!?」
命中すると同時に凄まじい光が放たれ敵の巨体は跡形もなく消し飛んだかと思われたがまだ健在で翅の部分を大きく損傷しているものの動き自体には大きな影響が出ていないようだった。だが飛行能力は低下しているようすだった。
「まだ生きているようです。気を付けてください!」
「なあに。ここまで弱体化すれば大丈夫だ!」
レオンはハンマーを握り直すと一気に走り出した。毒液による妨害を避けながら接近し敵の腹部に渾身の一撃を叩き込もうとした。
「キシャァァ!」
だがレオンが近づいた瞬間、蛾は羽ばたいて鱗粉を大量に放出した。
「ふん!対策している今、そんなもの効果など…」
回避行動を取りつつ鱗粉が効かないと思っていたレオン。しかし突然脳に電流のようなものが流れたかと思うと視界が歪む。平衡感覚が狂い吐き気さえも催した
「ぐっ!何故だ…」
「レオン殿!?耐性を高めたはずなのに……!」
マリーナの声に反応することなくレオンはそのまま膝をついてしまう。身体中から汗が流れ落ちて意識を失いそうになった。
「キシャシャシャ……」
勝ち誇ったような声を上げると蛾は翅を羽ばたかせて空中へ浮き上がった。そしてそのまま突風に乗るように移動していく。
「このままでは……!」
今の状態では確実に死ぬと思ったマリーナは何とかレオンの腕を掴んで詠唱を始めた。その間も蛾は鱗粉を一つの塊にしてマリーナを狙っていた。
「間に合ってください、トラベルエンド!」
腕を掲げると二人を中心に魔法陣が展開され二人の身体は光に包まれていった。
「ギギギ!!」
ついに蛾は力を溜め終わって鱗粉の光線を放った。しかしそれよりも早くマリーナの魔法が発動され二人の姿はその場から消え去ってしまった。鱗粉は周囲の植物に触れるとそれらを枯らせてしまった。
「ギー……」
勝ち誇ったように鳴くと蛾はゆっくりと大樹の中へと帰って行った。
◇
「んぅ……はっ!ここは……」
「良かった……目覚めましたね。」
見慣れない天井を見つめていたレオンの視界に心配そうに覗き込んでいるマリーナが映った。そこは二人の家だった。
「マリーナ……!そうだ、あの魔物はどうなったんだ?」
慌てて起き上がるとマリーナは優しく語りかけるように説明を始めた。
「落ち着いてください。一度撤退したのです。」
「どういうことだ?」
混乱しながら問いかけたが彼女は彼が倒れた後の事を話し出した。あの時マリーナは咄嵯の判断で転送魔法を使ったらしい。結果的にダンジョンから脱出できたことで被害を抑えられたということだった。
「すまん。迷惑をかけたようだ。」
「気にしないでください。それよりも体の方は大丈夫ですか?ヒール・ライザを何回かかけてやっと解毒が成せたのですが……」
「ああ、問題無い……ところで俺は何故毒を喰らってしまったんだ?ヒール・ライザを使えば、状態異常の耐性は格段に上がるはずじゃ?」
「それは、私にも分からないのです。魔法を上回る毒素を含んでいたのか、はたまた別の原因があるのか……」
「謎だらけだな。」
レオンはベッドから立ち上がると机の椅子に腰を下ろす。マリーナも同じように座ると話を始めた。
「とりあえず今回の一件は教会とギルドに報告しておく必要がありますね。」
「そうだな。奴の鱗粉について調べる必要もありそうだし……」
そう話すレオンの顔は悔しそうだった。騎士団に居た頃から敗北とは無縁の戦士であっただけに余計に腹立たしく思っていた。いや、三十代後半辺りから怪しかったが。しかしレオンはそれ以上に気になることがあった。
「マリーナ。俺の解毒は終えたと言っていたが、お前は大丈夫なのか?」
レオンの言葉に対してマリーナは微笑みながら答える。
「心配要りませんよ。私も何度もヒール・ライザを使用しましたから。」
「それならいいのだが……」
しかし彼女の顔はどこか辛そうな表情をしており嘘を言っているように見えるが、本人がそう言っているためあまり深く追求することはしなかった。
「とりあえず今日はもう休みましょう。明日また、改めて考えましょう。」
「そうだな。おやすみ。」
レオンの言葉を聞いてマリーナは立ち上がり、部屋から出ていった。
「うっ……」
部屋から出たマリーナは首を押さえながら歩いていた。
「おかしい……ヒール・ライザは確かに効果があったはずなのに……歳のせいでしょうか?」
自分の症状があまり改善されていないことに疑問を抱きつつマリーナは寝室へと歩き始めた。だが彼女の首もとには、植物のような赤い芽が生えはじめていた。




