第十二話「竜人の里」
マリーナ、レオン、デュークの三人は、ヌアザ大陸で竜人が暴れているという話を聞き、竜人たちから詳細を聞くために、竜人の後をついて行っていた。
「さあ、つくぞ。」
森の中を暫く歩くと突然視界が開けた。そこに見えてきたのは巨大な岩山と木々で囲まれた谷だった。その谷底に数十棟の木造の建物が建ち並び、竜人たちの姿がちらほらと見える。その中には子どもと思われる小さな竜人達も居たが、
「ここが我々の里だ。」
先ほど襲ってきた金の竜人、ラーレイドは威厳を持って言った。谷底に入ると他の竜人たちがざわめき始める。好奇心と敵意が入り混じった視線が三人を貫いた。
「人間か…?」
「また襲いに来たのか……?」
そんな囁き声にマリーナは胸を痛めた。
「警戒が強い…あまり歓迎はされていませんね。」
「当然だ。人間は信用できない。」
ラーレイドは吐き捨てるように呟いた。そもそも竜人たちが人里に現れているのも、自分たちの卵が、人間に盗まれたからというものだったので、無理も無かった。
「まずは里長…我が夫の下へ行く。話はそこでだ。」
デュークは少し緊張した様子で口を開いた。
「大丈夫なのかな……もしまた襲ってきたら……」
「今のところその兆候はないな。だが下手な真似をすれば命はなさそうだ。」
レオンは冷静に周りを観察しながら言った。
ラーレイドに案内されるまま里の中央へ向かって歩いていた。谷底を縫うように作られた石畳の道はところどころ苔むし、竜人たちの巨体に合わせてか、人間用の橋や階段は小さく作られていた。
「里長はあの建物にいる。」
彼女が指さした先にはひときわ大きな木造建築物が佇んでいた。周囲には多くの竜人が集まり賑わっている。しかし一行が近づくにつれ雰囲気が微妙に変わってきた。
「ラーレイド様が帰ってこられたぞ。」
「しかも人間を連れている……」
ざわめきが大きくなる。その時だった。
広場の中央で異様な光景が目に入った。
巨躯を持つ竜人が数人の若い雌竜人に囲まれている。皆うっとりとした表情で彼に寄り添い、中には腕に甘えるように巻き付いているものもいた。竜人は嬉しそうにその雌竜人たちの頭を撫でていた。
「おい。まさかあれが里おさ…」
「ふああああああ!!!」
ラーレイドが突如咆哮した。黄金の鱗が逆立ち、鋭い牙が露わになる。一瞬で彼女は巨体を震わせると一直線に里長へ突進した。
「ちょっ……!」
デュークの制止も虚しく、ラーレイドの拳が里長の顔面に叩き込まれた。轟音とともに里長が吹き飛ばされ、建物の柱に激突する。
「ぐふうっ……!?」
「ラーレイド様!?」
雌竜人達が悲鳴を上げて逃げ惑う中、ラーレイドは里長の襟首を掴み上げた。
「貴方…またしても若い娘を侍らせて!」
「ち、違うんだ!これは……そう!友好!」
「黙れ!」
二度目の拳が炸裂した。周囲の竜人達は呆れた様子で遠巻きに見ている。
「おいおい……」
「あの竜人も災難だなぁ……」
レオンは頭を抱えながらも状況把握を怠らない。マリーナは慌てて前に出た。
「落ち着いてください!ラーレイド殿!」
「黙れ人間!これは私たちの問題だ!」
「里長様には事情をお伺いしたいのです!私共は卵の件について真実を知りたいだけでして!」
「ふんっ!」
ラーレイドが鼻を鳴らす。里長はボロボロになりながらも立ち上がった。
「な、なぜ人間が我らの里に……?」
「私が連れてきた。卵泥棒の件を解決してくれそうだからな。」
「そ、そうか……では中で詳細を聞くとしよう。」
里長は頭をさすりながらも冷静さを取り戻そうとする。しかしラーレイドの眼光は鋭いままだ。
「よし。お前たちも入れ。」
「了解です。」
デュークとレオンが顔を見合わせる。
「まさか……こんな修羅場に出くわすなんて……」
竜人達の好奇の目に晒されながら三人は里長の家へと足を踏み入れた。扉が閉まる瞬間、若い竜人たちの小さな笑い声が聞こえた。
◇
家の中は意外にも整頓されていた。竜人サイズの木造が並び中央には焚き火台。薄明かりの中で里長とラーレイドが対峙する。レオン達は勧められるまま座った。
「さて……」
里長が咳払いをする。
「人間よ。妻がお前達を連れてきたということは、お前達は少なくとも悪党どもではないという事だな。」
「問題を解決するために来ているからな。」
レオンが毅然と答える。里長は頷いた。
「うむ。では詳しく話を聞こう。」
ラーレイドが厳しい表情で里長を睨み続けている。
「話す前に確認するぞ。」
「なにをだ?」
「お前が連れていた。あの若い娘たちはどういう関係だ?」
ラーレイドの言葉に、一瞬場が凍った。
「いや……あれはただの挨拶であって……」
「そうか。じゃああの子達のうち一人が腕に絡みついていた理由は?」
「えっと……それは……その……」
里長の視線が泳ぎ始めた。マリーナがため息をつきかける。
「夫よ。もういい加減にしろ。貴方の『友好的交流』は皆の迷惑になっている。もちろん私にも。」
「う……!すまぬ……」
謝罪の言葉を聞くとラーレイドはようやく矛を収めた。デュークが小声でレオンに言う。
「なんか……竜人の世界でもいろいろあるんですね……」
「人間の世界と同じだな。」
レオンは淡々と答えた。その後、ようやく卵の話が始まる。だがラーレイドの監視の目は依然厳しいままだった。
「二週間前の事だ。この時期からは暖かくなってきて、各雌竜人が産んだ卵を村の一番陽が当たる場所に置く。」
里長が説明を始める。彼の視線はラーレイドを避けつつ三人を交互に見る。
「だがある日の夜……共通の巣から卵の数が減っていることに気付いた娘達が騒ぎ立てた。すると明らかに竜人のではない、人の足跡が巣の周囲に残っていた。」
「具体的には、どんな足跡だったのですか?」
マリーナが質問する。
「人間であることには間違いない。そして犯人を捕まえるべく、ワシは里の男衆の何人かと寝ずの番をしたのだ。そしたら……」
「それが黒い鎧を着た人間達だったと?」
レオンが聞くと里長は頷いた。
「ワシと男衆は有無を言わさず強襲を仕掛けた。だが奴らは卑劣だった。里の子供たちを人質に取ったのだ。」
「悪知恵で対抗してきたのか。」
「ああ。その結果十個以上の卵が人間達に盗まれた。」
そう話す里長の目に怒りの炎が宿る。
「それ以来だ……我々は人間を警戒し、人里に降りて卵を探し始めた。」
「ひょっとして、ここの竜人が天の騎士団員を襲撃したのも……」
「やつらが犯人だと思ったらしい。まあ、ただの鶏卵だったそうだが。」
ラーレイドはため息をついた。
「こんな事になるなら、火を感じないからと息子を捨てるんじゃなかった。あのまま育てていたら、今頃共に里の未来を守ってくれただろうに……」
「よせラーレイド。後悔の気持ちは分かるが、余計落ち込むだけだぞ。」
ラーレイドを里長がなだめる。
「とにかく我々が知っている事はそれぐらいだ。」
「……今回の事件には組織的な裏がありそうだな」
レオンが呟く。デュークも同意した。
「黒い鎧……それに統率の取れた動き……どう見ても個人の犯行じゃないですよ。」
「うむ。」
里長が三人を見た。
「一刻も早く犯人を特定し卵を取り戻したい。お前達も協力してくれるか?」
レオンは頷いた。
「無論だ。元よりそのつもりで来た。」
「感謝する。」
里長は深々と頭を下げた。
「そうなると今度は、犯人達は卵を持ってどこへ逃げているのかですね。」
マリーナは考察を口にする。
「おそらく盗まれたのは人間にとっても高値で売れる珍品。市場のある港町だろうな」
「となれば俺達もそっちに行かなければならないってわけか。」
デュークが呟く。
「しかし、関所があるにも関わらずどうやって港まで行っているのでしょうか?」
「……あの港の騎士達が関係している可能性もあるな。」
レオンが鋭く指摘した。マリーナも頷く。
「関所が機能しているのなら普通の通行手段は使えません。」
「ああ。"機能している"ならな。」
レオンは意味深に言うと、立ち上がった。
「どこへ行く?」
「関所に。ハスラーに頼み事をしなければ。」
◇
「ほれレオン。見つけたで。」
関所に戻ってから数時間。ハスラーはレオン達の前に一人の男を連れてきた。その男はレオンと同じ鎧を身に付けた若い騎士で、道中シバかれたのか顔に打撲があった。レオンは若者の前まで来ると彼の視線の高さに合わせてしゃがんだ。
「久しぶりだな、カール。」
「レオン、先輩…」
カールと呼ばれた騎士はレオンを見て後退りしそうになった。
「てっきり他の後輩達とやめたと思ったが…続けてたんだな。」
「はい……騎士になるのが、夢でしたから。」
それを聞いたレオンの目は鋭くなり、カールを睨んだ。
「上の人間に唆され、悪事に手を汚すのがお前の理想の騎士なのか?」
「す、すいません!!」
カールはレオン達に土下座をして謝った。
「ずっと下級騎士のままなのに嫌気が差していた時に、団長から今回の遠征に誘われて、竜の卵を安全に売人に運べるルートを作れば、 自分の地位も上げるって言われて……」
カールの事情を聞いたレオンは「だろうな。」とため息をついた。
「国一の地図職人だが、押しに弱いお前の事だから、こういう件に乗るだろうなと思っていたよ。」
「ほんと、情けないです……」
カールは自虐しながら笑った。そこにマリーナがカールに話しかけた。
「償う意思があるのであれば、騎士達の取引している場所を教えてくれませんか?」
「……はい。」
「本当にいいのか?」
「こうなった以上は全部洗いざらい話さないと。団長に告げ口する勇気は……なかったから。」
その瞬間、マリーナがカールを諌めた。
「あなたの考え方は正しいです。上司に意見するのは勇気の要る行動なので。ですが本来ならば犯罪を未然に防ぐ義務もあります。だからこそあなたは今、勇気を示そうと努力していますよね。」
マリーナが微笑むとカールの目からは涙が溢れた。
「ありがとうございます……」
「団長も、まさかカールが自分の命令通りに動かないとは思わないでしょうね。」
デュークは鼻で笑った。
「騎士の威厳を見せつけるにはちょうどいい。」
「行きましょうか。」
カールが言うと彼は扉を開けて外に出た。
「取引の場所はこの関所よりも南東にある廃屋です。騎士達はいつもそこにいるんです。」
◇
「ここが廃屋か。」
「誰かが生活してるみたいです。」
歩きだしてしばらくの時間が経った。辺りはすっかり夜で、一行が降りたのは崩れた石塀に囲まれた邸宅。半ば朽ちた玄関ドアは外れかかっていて風雨にさらされ草木が生い茂っていた。
「まさに闇取引をするにはうってつけって所だな。」
レオンが廃屋を見ながら呟いた。そこへ向かって三人が慎重に近づくと扉を蹴破るように開けた。
「行くぞ。」
そしてレオンは固く鍵かけられたドアの前に立った。中からは何も聞こえない。そしてレオンはおもむろにハンマーを振り上げた。
「ふん!」
巨大な槌の振る音と共に玄関のドアは粉々になった。中の空気が一瞬で外へ流れ込み埃が舞い踊る。そして埃の中から二人分の人影が現れた。
「ゲホッ…おい!ドアはノックしろ……レオン先輩!?」
「大人しくしろ!!」
レオンに気づいたがらの悪い黒騎士達は慌てて逃げ出そうとした。しかしレオンはすぐにハンマーを振るって騎士達を拘束した。
「すっご。」
デュークはレオンの動きを眺めながら驚いていた。
「くそ!」
しかし軽装の黒騎士が拘束を潜り抜けて外へと逃げ出していった。
「デューク!マリーナ!そいつは任せた!」
「レオン殿!」
レオンは二人に後を任せると外にある馬に乗って逃げる黒騎士を、空いてるもう一頭の馬に乗って追いかけた。
「止まれ!」
「止まれと言われて止まる阿呆がいるものか!」
逃げる黒騎士はレオンを撒こうと全力疾走をし続ける。するとレオンは馬を強く叩いた。
「走れ!!」
その瞬間、馬は速度を上げて黒騎士の馬をあっという間に追い越した。そして黒騎士の目の前にハンマーを構えたレオンが現れ、黒騎士は咄嗟に馬から飛び降りて転がりながらレオンと対峙した。するとレオンはハンマーを降ろして黒騎士に尋ねた。
「取引する相手はどんな奴だ?」
「誰が騎士団を追い出された老いぼれに、教えるか!」
黒騎士はダガーを取り出すと跳躍して接近し、レオンの喉元を狙って振るった。しかしレオンは素早い判断で黒騎士のダガーを受け止めると、そのまま捻って黒騎士を倒した。
「誰が老いぼれだ。こちとらまだ40だぞ。」
「ぐっ……!」
地面に倒れた黒騎士は起き上がり様に弧を描くようにダガーを振るったがレオンのハンマーに阻止された。そして黒騎士は蹴られて地に転がると思いきや、そのままローリングして受け身を取り、ガントレットに付けていたボウガンから矢を放った。すると矢はレオンの心臓目掛けて飛んできたが彼の右腕に命中した。
「ぐぅ…なるほどな…」
「驚いたか!俺のボウガンの腕前に!」
レオンの腕からは血が出るも、彼は笑っていた。
「ボルトではなく改造した五寸釘とはな。そうでもしないと仕留める自身も無いか。」
「なんだと……?」
レオンが嘲笑うと黒騎士は舌打ちをしてまたボウガンから釘を放つも全てレオンにハンマーで弾かれるか避けられてしまった。
「くそっ!」
「そろそろ終わりにしよう」
そしてレオンは黒騎士に近づくと右腕の肘を強く当てて黒騎士のガントレットを破壊した。
「これでお前の武器は……無いはずだが」
すると黒騎士の両脚から細く短い刀が飛び出た。
「ほう……珍しい剣術だな。」
「俺の剣術を舐めるなよ!!」
そう言って黒騎士は右脚を軸にして左脚でレオンに突きを放った。レオンはハンマーで受け止めたが力強く速い剣術に押されていた。
「どうだ!」
黒騎士は得意げに説明した。
「この両脚に仕込んでいる刀を使って、相手を斬る事ができるんだ!」
「おーおー。凄い剣術だな。」
「レオンみたいな老いぼれには勝ち目ないな!」
黒騎士が吠えるとレオンの眉がぴくっと動いた。
「老いぼれ……言いたい放題言ってくれるな。」
レオンが吐き捨てるように呟くと黒騎士は嘲笑した。
「事実だろうが!」
「だったら……これはどうだ!!」
「えっ……!?」
その時レオンは黒騎士の脚を引っ掛けると頭を思い切り殴って黒騎士を倒した。黒騎士は気絶したのか地面に倒れ込んでしまった。
「ふー……一件落着だな。」
レオンは額の汗を拭うと関所へ戻る為に馬に乗り直した。
◇
「レオン殿!」
関所に戻ると黒騎士達を連行し終わったマリーナとデュークが居た。そこに更にラーレイドも居た。
「首尾はどうでした?」
「こいつの取引相手の情報を引き出し、それを基にすれば竜人達の卵は取り戻せるはずだ。」
マリーナに聞かれたレオンは、黒騎士を連れて帰ってきたことを伝えた。
「くそ!離しやがれ!」
黒騎士はレオンに吐かされそうになると抵抗しようと暴れた。
「貴様が卵泥棒の一人か?」
ラーレイドはそう尋ねると黒騎士は一瞬で青ざめた。
「お前は……!?」
黒騎士が青ざめると余計暴れだした。
「離せ!俺は団長の命令通りに動いただけだ!」
「貴様!質問に答えろ!私達の卵はどこにやった!?」
ラーレイドは黒騎士の胸ぐらを掴むと尋問した。
「ああ教えてやるよ!あれなら全部魔物の魔道士に売っちまったよ!」
黒騎士が叫ぶとラーレイドは耳を疑った。
「魔物にだと!?」
「そうだよ!竜の卵は魔法素材の中でも高額で取引されるからな!」
黒騎士がそう叫ぶとラーレイドは悔しげな顔をして黒騎士を睨んだ。
「貴様ぁぁぁ!!」
「ラーレイド殿。そこまでに。」
マリーナはラーレイドを静止すると黒騎士を衛兵に渡して連行した。そしてラーレイドは悔しげな顔のまま俯いていた。
「くそっ……!私達の卵は……」
「ラーレイド殿……」
「このままでは騎士団だけでなく魔物も卵を求めて更に被害が増えてしまいます。」
「そうだな。おい。その魔道士はどこにいる?」
「あんたらが来た廃屋。その裏口に繋げられた闇術のダンジョンのボスだ。」
黒騎士はやけくそに答えた。それを聞いてレオンの表情が変わる。
「闇術のダンジョンだと……?」
「ああ。禁じられた業の数々を封じるために造られたあのダンジョンだよ。」
「そんなおぞましい場所に卵が?」
デュークは唖然とする。マリーナも険しい表情になった。
「急がなければ……」
「ああ。奴等の手に渡ったら最後……」
レオンは拳を握りしめた。
「もう待つのは終わりだ。今すぐ行くぞ。」
ラーレイドは大きく頷いた。
「私も行く。必ず卵を取り戻す!」
そうして四人は夜の闇の中を走り出した。目指すは禁忌のダンジョン。そこに待ち受けるは闇の魔道士。そして奪われた竜人達の希望。彼らは禁忌を前に生きて帰るのだろうか。




