第十一話「ヌアザへ」
聖職者のマリーナは、台所でフライパンを火の上で揺らしていた。今日はレオンが寝ているので、マリーナが朝食作りをしている。フライパンの中には香ばしく焼かれる目玉焼きが二つ。優雅な朝食作りだが、フライパンの柄を握る彼女の表情は険しかった。彼女は昨日城で、レオンがサファイア女王と仲良さそうにしていた様子が頭から離れなかった。
(あの二人……本当にただの昔馴染みなのでしょうか?昨日の女王様の態度をみると……)
マリーナは複雑な心境になりながらも、フライパンを揺らし続けた。
「……よし。」
皿に盛り付けられた目玉焼きを見て満足げに頷くマリーナ。しかしその思考は昨夜の出来事に戻ってしまう。
「おはよ。」
その時、キッチンにレオンが現れた。彼の声に反応してマリーナは反射的に振り返った。
「あら!おはようございます!よく眠れましたか?」
「ああ。とてもとは言えないが……」
レオンは欠伸をしながら答え、席についた。
「朝食……作ってくれたのか?」
「はい!いつもレオン殿ですので、たまには"私"が作ったのも、と!」
「そ、そうか。(頼むから普通の朝食であってくれ!)」
初めてマリーナの家に来た時のマリーナの得意料理の名を覚えているレオンは祈るように心の中で願った。その願いを叶えるかのように、マリーナが持ってきたのはトーストと目玉焼きに大根のポタージュというシンプルながら美味しそうな朝食だった。
「ありがとう。」
ホッとしながらレオンはフォークを手に取る。
「いただきます。」
マリーナが向かいの席に座り、二人は朝食を食べ始めた。
「……普通にうまいな。」
「良かったです♪」
(普通の食事であって本当に良かった。)
マリーナはレオンに喜んでもらい、レオンは美味しい朝食を食べる事が出来た。穏やかな時間の中、マリーナが口を開いた。
「レオン殿。」
「ん?どうした?」
マリーナはレオンの目をまっすぐ見つめた。
「昨晩の事ですが……」
マリーナの声は少しだけ震えていた。
「サファイア女王……かなりレオン殿に気があるみたいでしたね。」
「は?」
レオンは思わず間抜けな声を出してしまった。
「気がある?何を言っているんだ?」
「いやその!昨日あんな風に親密そうな感じだったなーって思っただけで!」
マリーナの声はどんどん大きくなっていった。
「親密?」
レオンは首を傾けたが、「ああその事か。」
「俺がまだ若者だった頃の話だ。あの町の近くに廃町があっただろう?かつてあそこはハロウィンになると無害の幽霊達が廃町に現れてどんちゃん騒ぎをしていたんだ。だがその中に有害な悪霊が現れて姫だった頃の女王様が悪霊に連れ拐われてな。その町の魔女の協力もあったお陰で姫を救出する事ができた。」
「え?もしかしてその魔女とも何か良い関係に?」
目玉焼きを食べる手が止まるや否や不意に顔を出したマリーナにレオンは首を横に振った。
「魔女とはそれが最後だった。それ以降は廃町にすら行っていない。」
レオンはため息をついた。
「ハロウィンになったら、必ず寄るって約束したのにな……」
あまり思い出したくなかったのか、レオンは朝から落ち込んでいた。
「れ、レオン殿?大丈夫ですか?」
「クビになるくらいなら、騎士団の誘いなんか乗るんじゃなかった……乗らなければ約束を破る事も、友と袂を分かつ事も無かったろうに…」
「レオン殿!」
マリーナは突然レオンの手を握りだす。レオンは驚いて口が開いてしまった。
「元気出してください!私で良ければ、いくらでも慰めますから!」
マリーナが必死にレオンを励まそうとした。その甲斐あってかレオンは少しだけ笑っていた。
「ありがとな、マリーナ。」
レオンは珍しく柔らかく微笑んだ。
「お前の気遣い、本当に嬉しい。」
「レオン殿……」
マリーナは赤面して俯いた。その時、玄関のドアがノックされた。二人は一瞬顔を見合わせると、マリーナが立ち上がってドアの方へ向かった。
「どちら様ですか?」
「王都郵便でーす!」
ドアを開けると郵便屋の男が立っていた。赤い帽子には金の羽根飾りがあるそれはこの国の王、つまりサファイア女王お抱えの郵便期間で働く者で、ギルドや国の有事に関する手紙を、信頼できる者へと配達するのが彼らの仕事である。
「手紙を預かってきました。」
「ありがとうございます」
マリーナは丁寧に封筒を受け取ると、台所へ戻り、封筒をひっくり返して送り主を確認した。
「メイデン・バスク?誰でしょうか?」
「だが王都郵便が届けてくるんだ。怪しい人物ではないだろう。」
「それはそうですけど。」
マリーナは封を切って手紙を開いた。
―マリーナ殿、レオン殿。ご機嫌いかがかな?女王サファイア様の宰相ことメイデン・バスクだ。最近で言うと昨日女王様の隣に居た者だ。ムースという女の冒険者の話を鵜呑みにした兵士達の件についても、文で申し訳ないが私の方からも詫びを申す。本当に申し訳ない。あの兵士たちについては厳重な処分を下した。話は戻るが鉱山の件、本当に感謝と敬意を評する―
「側近の方のようですね。」
「そのようだな。礼と謝罪の手紙か。」
「いえ。まだ続きがあるようです。」
―本題に入るのだが、実は私からも頼みがある。この国から西に、ヌアザという陸地があるのだが、そこに住んでいる弟が、原住の竜人達が人里の周辺に降りて来るようになったと手紙を送ってきた。人には直接的な危害は無いが、彼らの目はとても話し合う気がなく、いつ被害が出てもおかしくないらしい。向こうの騎士団の主力も出払っているため、どうにかしてこっちの冒険者で強い者を送ってほしいとのことだ。そこで貴殿達にこの仕事を受けてもらいたい。勿論費用と報酬は私の方から出させてもらう。こちらとしてはこの国を代表する冒険者であり、強者の貴殿達が適任だと判断したのだが、考えてもらえないだろうか?―
「そういう事か。」
レオンは腕を組んで唸った。
「竜人はそんなに危険なのでしょうか?」
「あぁ。見た目は力は普通の人間より遥かに強いし、火を自在に吐いてくる。そんな奴らが暴れたらたまったもんじゃない。」
「それは大変ですね。」
マリーナは心配そうに眉を寄せた。
「あ。ちゃんとギルドにも非公開依頼として提出してるみたいですよ。」
「宰相直々かつ一国に関する依頼だ。デュークとギルドで落ち合おう。」
「そうですね。(そうすれば女王様とレオン殿を離せる……いえいえ!何を考えてるのですか私は!?)」
そうして二人はさっと朝食を済ませてから、ギルドで依頼を引き受けるのだった。
◇
「ヌアザか~。何年ぶりだろうな~?」
船の上で呪術師デュークは背伸びをしながら言った。
「デュークの言っていた、故郷の大沼があるのか?」
「はい。まあでも、魔術王の襲撃で焼け跡ですけどね…」
レオンにデュークは少し寂しげに言った。しかしすぐに明るい顔に戻り、
「でもあそこの場所はよく覚えてます!竜人の里も近くにあるんで、道案内は任せてください!」
「頼もしいな。」
レオンは一言だけ返した。
「お二方。もうすぐ港に着きますよ。」
甲板の上からマリーナが声をかけてきた。海風になびく銀髪を耳にかけながら、彼女は微笑んでいた。
「分かった。」
「了解!」
そうして港に着いたのはそれから約五分後だった。
「ここがヌアザか…」
港に行き交う人々を眺めながらレオンは感慨深げに呟いた。デュークも勇者達と共に旅立ってから久しいのであちこちを見回している。
「来たのは良いけど、どうします?」
「ギルドの方によれば、ギルドで受注したのち天の騎士団の騎士が港に待機すると仰っていたけど……」
「てめえ!なにウチのシマ荒らしとんじゃあ!?」
マリーナの話を遮るほどの怒声が港中に響いて、レオンは身構えて二人は固まった。すると港の中にある魚市場の方で四人の騎士が睨み合っていた。二人はレオンと似た黒い騎士で彼らに立ちふさがるように二人の羽飾りが付いた銀色の騎士が居た。
(あれは俺が居た騎士団の……なぜここに?)
「俺達はなあ、ちゃんとギルドマスターと騎士団長の許可をもらってんだ。誰のシマとか関係なく物資を得る権利が俺達にはあるんだ。言ってる意味分かるか?」
「んだとてめぇ!ここはよお、俺達の頭ことウィンド様のシマなんじゃあ!グラント騎士団だかなんだか知らねえが、回れ右すんのはお前らやぞボケエ!」
「ああ?俺達に喧嘩売ってんなら泣かせてやるぞ?」
「なんじゃと貴様あぁ!」
「うっ……」
ついに気が切れたのか羽飾りの騎士の片方が、煽ってきた黒騎士にボディブローをかました。拳とは思えない重音と共に黒騎士の鎧はへこみ、黒騎士はその場でうずくまった。レオンとデュークは顔を青ざめ、マリーナは絶句した。
「て、テメエ……」
もう一人の黒騎士が剣に手をかけると、今度は銀騎士のもう片方が黒騎士の鳩尾に拳を入れた。これもまた強烈な打撃音と同時に鎧がひしゃげる音がした。黒騎士はそのまま白目を剥いて倒れこんだ。そして残った銀騎士が倒れた黒騎士の兜を掴みあげた。
「おう若いの…港に沈められんのと今ここで土下座して帰るの、どっちがええ?」
「あ、あああ…」
銀騎士に睨まれるも痛みでまともに動けないのか、黒騎士はガクガクと震えているだけだ。
「おおそうか。もう一発入れんと分からんか!」
そう言って銀騎士は黒騎士にハルバードを振り上げた。これから残酷な事が起こると思った市場の人々は目を見開き悲鳴を上げていた。
「お待ちください!」
港の喧騒を切り裂くように響いたマリーナの澄んだ声に、銀騎士も黒騎士も動きを止めた。マリーナは一歩前に出て、胸元の聖印を掲げる。
「神の御前で暴力は許しません。両者とも落ち着かれなさって。」
毅然とした声に銀騎士は振り上げていたハルバードの刃先を下げた。黒騎士も苦痛に喘ぎながらももう一人の黒騎士の方を借りて起き上がる。
「おいご婦人、これは騎士団の問題や。巻き込まれたくないなら大人しく…」
「おい。俺達はギルドの依頼でここに来たんだ。」
レオンがマリーナの前に出て、銀騎士依頼書を見せた。銀騎士は依頼書を見て「おおっ!」と驚いた。
「じゃあ、アンタらが向こうの国の猛者っちゅうことか!失礼したな!コイツらがウチのシマを荒らしとったから気付かんかった!」
銀騎士は豪快に笑うと、黒騎士の襟をつかんで立たせた。
「待っとれ!件はコイツらを片付けてからじゃ!」
「お待ちください!今申したように…」
「分かっとる。お前ら!」
銀騎士が声掛けすると市場のどこからか部下と思わしき銀騎士達が四人ほど出てきた。
「この黒騎士どもを市場から追い出せ!"ヤキ"入れたれ!」
「「はい!」」
「や、やめろ!」
「うるさいわ!」
抵抗する黒騎士達は羽飾りの騎士達に担がれて市場から運ばれていく。残った銀騎士はマリーナ達に向き直るとハルバードを地面に立てた。
「話はギルドから聞いとる。外に馬車があっからそれで現場まで向かうぞ!」
「わ、分かった。」
さすがのレオンも銀騎士の豪胆さに気圧されたのか素直に従い、三人は銀騎士の後に続く。港の奥に停泊していた馬車は五人が乗っても十分に余裕のある大型の荷馬車があった。
「現場と言うと、どちらへ?」
「ここから西ある麓へ。そこが大沼跡地と竜人の里の境なんや。さあ乗れ!」
「お願いいたします。」
そうして五人は馬車移動する事になった。
◇
市場から出ると、馬車の中から見える景色は海から大自然という言葉が似合う大草原だった。ヌアザという大地は港を除けば平野と森が広がる自然豊かな世界のようだ。
「美しい…この大陸はこんなにも壮大なのですね。」
馬車の外に広がる景色を眺めながらマリーナは呟いた。レオンも馬車の窓から外を見ていた。
「あぁ。まるで絵画のようだな」
「そりゃそうや。この国は山は少なくてと麓や丘ぐらいやしな。」
そう言ったのは、向かい側に座っていた銀騎士だった。彼の名はハスラー。羽飾りの騎士達、通称天の騎士団の分隊長にしてこの港のリーダー格らしい。一方で一番テンションが上がってそうなデュークは表情が暗かった。
「どうしたあんちゃん?馬車酔いか?」
「え?あ、いや…」
デュークは言葉が詰まったが、正直に答えた。
「……あの、嫌じゃないですか?呪術師の俺といるの。」
「なんでや?」
「何でって…今は異端差別とか無いんですか?」
「異端差別……ああなるほど!」
ハスラーはデュークの言葉を聞いてニカッと笑った。そしてデュークの肩を叩いた。
「そういやあったな!呪術師を異端扱いしてた文化。まあ昔の話で、"金色の英雄"が現れてからは良い印象も生まれたからか今はほとんど無くなった!」
「"金色の英雄"……」
マリーナは聞き慣れない単語に首を傾げた。
「せや!ヌアザは当時魔術王に支配された国に外征に行ったんやけどな、その時に魔術王を倒したのが呪術の使い手でもあった金色の英雄や!いや~自分は直接は見てへんから会ったし話もした騎士団長が羨ましいで!」
(金色で、呪術も使う……まさかな。)
デュークは一人思う事があり、顔を強張らせた。
「もうこの国には、魔術王の残党も残ってへん。異端も無い。だから安心して楽しんでくれ!この景色を!」
「はい!」
デュークは笑顔で返した。馬車の中は和やかな雰囲気に包まれた。
「なあ、聞きたいことがあるんだが、良いか?」
そんな中、レオンがハスラーに話しかけた。
「おう!なんや?」
「さっきあんたがもめていた騎士達は前からこっちに来てるのか?」
「ああ。せや。」
それを聞いたハスラーはしかめた顔をする。
「おたくらと同じとこから来とるらしい。視察っちゅうとるが、遊んでるようにしか見えへん!」
(騎士団長のやつ、まさかギルドの金で遊んでるのか?)
話を聞いたレオンは騎士団長の性格を考えると、嫌な汗が出てきた。そうしてるうちに、目的地へと近づいていた。
◇
「おー着いたぞ。」
それから一時間後、馬車が止まってハスラーの声で三人は馬車から降りた。外には大きな丘と森林が広がっていた。だがその景色を遮るように丸太を縦に組まれた壁があり、内側には周辺を見渡せる櫓が建っていた。
「ここは?」
「竜人達を見張る関所兼拠点や。里が近いこの辺りが一番アイツらが降りてくる事が多くてな。あっちの森に竜人達の里があるんや。」
ハスラーが森を指さす。あそこの更に先に里があるという事だった。
「竜人は人間とも関わらない種族や。だが最近になって人里に降りてきては一部の人間を攻撃するようになった。」
「その一部の人間というのは?」
「それはな……」
「兄貴ィィ!」
マリーナが聞いた瞬間、拠点の中から一人の若い騎士が走ってきた。
「なんや?どないした?」
「偵察に行ってたトニーとダイゴが…瀕死の状態で帰って来ましたっ!」
「なんやと!?」
その報せを聞き、ハスラーは血相を変えた。他の騎士も動揺を隠しきれず慌てて拠点に入っていく。マリーナは咄嗟に拠点の中に入って二人の下へ向かった。
◇
拠点内部ではベッドに二人の騎士が寝かされていた。腹部に深い爪痕が刻まれてる上に火傷も見えており、意識も朦朧としている状況だ。その惨状を見てマリーナは目を見開いた。レオンとデュークも唖然としている中、マリーナはすぐに跪いた。彼女の額には冷や汗が滲んでいる。
「再聖の奇跡……まだ間に合うはず!」
マリーナは二人の前に立つと杖を掲げて祈りを始めた。すると杖の先端が輝き出し、白い光が傷ついた二人を包み込む。その光が徐々に広がっていくにつれ、二人の息遣いも次第に落ち着いていく。
「マリーナ?」
レオンは傍らでその様子を見守りながら言った。
マリーナの祈りが続く。やがて彼女は杖を下げると静かに呟いた。
「これで大丈夫です。」
二人は目を覚ます。腹部の爪痕や火傷がすっかり消えていた。
「うう…ここは、拠点か?」
「そうだ。」
トニーがゆっくりと上半身を起こしながら訊ねると、ハスラーが応える。
「良かった……」
トニーとダイゴは互いに無事を確かめ合い、安堵の表情を浮かべた。今までここまでの奇跡は見た事がないのか、目の前で起きた奇跡に騎士達は「ほおぉ!」と驚愕していた。
「ありがとう!こんな強い奇跡は聖王ぐらいしかできへんからほんまに助かった!」
ハスラーはマリーナに礼を言った。
「いえ。当たり前のことをしたまでですので。それにしてもこの二人はどうしてこんな……」
「僕が話します。」
起き上がったダイゴがそう切り出した。
「僕とトニーは麓を中心に偵察をしていたんです。その途中で食事を済ませようと物資から食料を取りに行ったその時でした。何か視線を感じて木々を見たら、でっかいトカゲみたいなのが飛びかかってきたんです!」
「でっかいトカゲ?」
「ええ。俺もダイゴの悲鳴を聞いて物資置き場に向かったら必死にトカゲに抵抗するダイゴがいたから、俺も手斧を持って抵抗しました。最初は押し返せたんです。だけど途中で相手は火を吐いてきて!その後は視界が炎に包まれて...」
「…竜人というわけか。」
レオンがそう言うとダイゴもトニーも頷いた。
「その竜人はどんな見た目だったんだ?」
「全身金色の鱗の竜人です。背中には翼があって、赤い毛もありました!」
「なるほど。しかし被害がなかったそばから早速出てくるとはな……」
レオンは腕を組み考え込む。
「レオン殿。」
「ああ。行くしかないな。」
「行くって、どこに?」
「竜人を取っ捕まえにだ。出てきたから殺すよりも、捕まえて動機を聞いた方が解決につながる。」
「なるほど!」
聞いたデュークは納得して頷いた。
「早速その竜人が出てきた場所に向かおう。犯人は現場に戻って来ると言うからな。」
「行くなら地図を渡しておくで。このまま同行したいが、この二人を連れて一旦帝国へ報告せんと!」
「ありがとう。では行くとしよう。」
「はい!」
こうして三人は竜人が襲ってきた場所へ向かうことになった。
◇
「これがその食料置き場か。」
木製の簡易的な木箱を見つめながらレオンが呟く。中には食料が多少残っていたが、特に食べられた形跡は見られなかった。
「この焼け跡…呪術とは違う純粋な火だな。」
焦げた雑草を調べながらデュークが呟いた。彼も周りを調べていたが、それ以上の手がかりは見つかっている様子はなかった。一方でマリーナは探知の奇跡で竜人の気配を探そうとしていた。
「火の属性、竜の力、そして争った場所に残った竜鱗の欠片…奇跡調べではこちらの方に気配が続いています。」
「ならその方向に行ってみましょう!」
「そうね。まだ近くにいるかも知れないわ。」
マリーナは奇跡の力を辿り始めた。デュークもその後ろに続く。
「あれ?レオンさん?」
デュークは木箱を調べているレオンに声をかけた。
「ああ、今行く。」
レオンは若干遅く反応して、二人の後を追った。木箱を調べていた時の彼は何かに気づいた様子をしていた。
◇
「ここまで来ても気配が途切れていません。」
「となると、竜人はまだ近くに居るのかもしれないな……」
三人はマリーナの探知の奇跡を頼りに、竜人の足跡を辿っていた。足跡は進むにつれて熱を帯びていた。
「これは火の属性から…竜人達は怒っているのかもしれません。」
「怒ってる?それて人間達に八つ当たりしてるとか?」
「そりゃないだろうな。」
デュークの疑問をレオンは否定した。
「昔読んだ報告書の内容が合っていれば、奴らはそんなことで人間達には干渉しない。もっと自分達に関するほどの何かがあったのかもしれない…ん?」
レオンはそこまで話すと突然立ち止まった。
「レオン殿?」
「しゃがめ。」
レオンに言われて三人は素早くしゃがんだ。
「どうしたんですか?」
「居る。正面に。」
レオンか小声で言いながら茂みの向こうを二人も茂みからこっそり覗いてみると、広めの空き地に二人組の人物が居た。金色の鱗に成人よりも大きい体格は、紛れもなく竜人であった。雄の竜人は箱から何かを取り出しては雌の竜人に見せ、雌が首を横に振ると雄はそれを優しく草むらに置くを繰り返していた。
「やっぱり、彼らが持っていってたのか。」
レオンは観察をしながら小声で言った。
「レオン殿。何か分かったのですか?」
「さっき食料の木箱調べた時、卵の箱だけ空になっていた。彼らが持っていたことは間違いないだろう。」
「でもなんでそんなことでするんですかね?」
「恐らく彼らは…」
レオンの言葉が途切れかけたその時だった。
「!?」
レオンの背後の茂みが激しく揺れた。振り返る間もなく、鋭い牙を持つ巨大な影が三人の頭上に舞い降りる!
「うわっ!」
「下がれ!」
レオンが咄嗟にデュークの襟を掴み、地面へ引き倒す。次の瞬間、鋭利な爪が先ほどまで彼がいた空間を裂いた。土煙が舞い上がり、金属質の鱗が陽光に鈍く輝く。
「グルルル……!!」
三人が振り返るとそこ見つけた二体よりも体格のある金色の竜人が立っていた。竜人は完全に戦闘態勢に入っており、濃厚な殺気を帯びた黄金の双眸が、三人の侵入者を捕捉する。
「まずい……新手だ!」
デュークが顔面蒼白で叫ぶ。距離を取ろうとするが、足元が絡まって転倒しそうになる。
「落ち着けデューク!」
レオンが背後で低く指示する。
「動きすぎるな。背後にも居る。」
対岸の空き地で食料を漁っていた雌竜人も異変に気づき、雄竜人が守るように前へ出た。彼らは箱から取り出した卵を素早く草むらに隠すと、三体目の仲間の背後に陣形を作る。三対三。数の上では均衡していた。
(数は同じですが、これは……!)
マリーナは素早く状況を分析した。三体目は雌であるものの明らかに他の個体より大きく筋肉質。そして何より……
「皆さん!前方に集中してください!」
叫ぶと同時にマリーナは両手を広げる。清らかな神聖な力が彼女の指先から放射され、透明な円形障壁が三人の頭上に展開される。
「グッ!」
巨大竜人の渾身の一撃が神聖防壁に激突した。衝撃波が空気を震わせ、草が宙に舞い上がる。火花のような光が散り、聖なる結界がぎしぎしと悲鳴を上げた。
「グオォォ…ッ!!」
竜人達が苛立たしげに吠える。続けて二度三度と攻撃を繰り出すが、結界は持ち堪えた。
「マリーナさん!すごい……!」
デュークは目を見開いて彼女の防御術を見つめる。
「あらゆる魔法、物理攻撃を撥ね付けてくれる結界です!最高位の奇跡故、壊された事は一度も……」
「グオオオ!」
マリーナが誇らしげに説明していると、三体目の竜人が突然天高く跳躍した。そして滑空したと思うと急降下で地面を力強く踏みつけた。大地を踏みしめる轟音が響くと同時に衝撃波が炸裂し神聖な防壁に亀裂が走った。
「え!?」
「マリーナ!結界が!」
「そんなっ!」
マリーナの表情が凍りついた。完璧と思われた防御に初めてヒビが入る。
「忘れてました…この結界衝撃には強いのですが、物理的な震動には!」
彼女の声には微かな震えが混じた瞬間、ガラスのような甲高い音と共に結界が砕け散った
「あっ……!?」
無防備になった三人。しかし竜人達は容赦なく突進してきた。
「迎え撃つ!」
レオンはすぐさま立ち直り、ハンマーを振り上げ前に出る。デュークも呪術を試みるが、指が震えていた。マリーナは強力な強化魔法を二人に施した。
「援護はお任せ下さい!」
その宣言と共に、聖なる輝きがレオンとデュークの肉体を包む。三人の防御力を大幅に上げる魔法だった。
「一番でかいのは任せろ!」
「私はもう一人の雌竜を!」
「こうなりゃ、やってやる!」
レオンは真正面から巨大竜人の鋭い爪を迎撃する。鈍重な外見からは想像できないスピードで竜人が腕を振るうが、レオンは最小限のステップで回避しハンマーの横薙ぎで相手の脇腹を打ち据えた。鎧のような鱗が微かに歪む。
「効いてる!?」
デュークは信じられない表情で観戦していた。マリーナの強化は確かに効いているのだ。
「油断するなデューク!」
警告と同時にもう一体の竜人が彼に迫る。長い尻尾が鞭のように弧を描く。デュークは咄嗟に屈んで避けるが尻尾が掠め、服の一部が裂けた。
「あっぶねぇ……!」
息をつく暇もなく今度は雌竜が火球を吐き出してきた。
「聖なる盾よ!!」
マリーナが放った聖光の壁が爆発を阻む。デュークはその隙に呪文を完成させた。
「これでも喰らえ!!」
地面から炎が噴き出し雄竜を取り囲む。苦悶の声を漏らす竜人だが即座に火を消し去る。しかし僅かに怯んだその刹那、デュークの手斧が竜人の足を狙った。
「うおっ!?」
しかし硬質な鱗に弾かれた手斧。傷一つ付かない。
「やっぱ駄目か…!」
デュークの悔しそうな顔を見て雄竜は隙ありと言わんばかりに口から火の玉を吐いてきた。
「危ない!」
間一髪でマリーナが割り込み盾を展開するも凄まじい衝撃で吹っ飛ばされる。
「ぐっ…!」
地面を転がるマリーナだがすぐさま起き上がる。その姿をデュークは不安気に見つめていた。
「マリーナさん!大丈夫ですか!?」
「えぇ平気……それよりも!」
視線を向けると大きい竜人がレオンを猛攻していた。重たい拳や尾撃を連続で浴びせるがレオンは辛うじて応戦していた。
「ぐぅ……重すぎる……!」
流石に体力差から膝をつくレオン。彼は内心焦っていた。勝機を見出せずにいたのだ。かといって二人は加勢しようにも、他二体がマリーナとデュークに接近していた。
(このままではジリ貧……人を襲うほどの奴らの目的は恐らく一つ!)
レオンは直感的に気づいていた。空き地の草むらに隠された卵。あの竜人達は何としてもこれを守ろうとしているのだ。
「うおおぉ!」
レオンが大きく跳躍し、ハンマーを叩き込んだ!
ゴォォン!!
大地が揺れ草が吹き飛び、隠された卵が転がり出る。
「グルォォ!!?」
二体の竜人が驚愕の叫びを上げた。怒りよりも先に恐怖が支配する表情。特に雌竜人は草むらに置いていた卵を守るように伏せていた。
「卵を、守ってる?」
それを見たデュークはぽつりと呟いた。瞬間、すべてのピースが繋がった。
「こいつらは敵意があるが、本気で殺そうとはしていない!恐らくは…」
レオンが話していると大きい竜人が二体を守るように前に出る。だがその体は震えていた。怒りと怯えが入り混じった表情。その間に残りの竜人は卵を抱えてどこかへ逃げて行った。
「やはり……」
レオンは予想していたのか冷静に対処を示す。
「マリーナ、デューク。攻撃は中止だ。奴らは自分達の卵を探していたんだ。そうだろ?」
するとその言葉を聞いた竜人は追撃の姿勢を少し緩めた。そして三人を睨んだまま口を開いた。
「私達のタマゴ……奪ったのはお前か?」
竜人は唸るような声でレオンに問いかけた。彼女の言葉にレオンは冷静に答える。
「俺達は今日初めてこの地に来た。少なくとも俺達じゃない。」
「嘘をつけ!」
鋭い爪が砂を抉る。
「我々の同胞が見た。黒い鎧を着た人間どもが……」
竜人はレオンの黒い鎧を指さした。
「私達の、卵を奪い去ったところを!」
「え!レオンさん盗み働いたんですか!?」
「違うと言ってるだろ!」
デュークの勘違いにレオンのツッコミが炸裂する。そのやり取りを見ていた竜人は鼻息を荒くした。
「この目で見ないと信じられない。卵を奪った者はどこだ!」
竜人が怒るとマリーナが一歩前に出た。彼女の瞳は真実を見抜くように凛としていた。
「落ち着いてください。」
神聖な光が杖から溢れる。
「あなた方の言葉……嘘はありません。」
竜人の目が微かに揺れる。
「ですがレオン殿は強く強固な意思を持つ方。盗みを働くような外道ではないと。聖者として神に誓って申し上げます。」
「ならば私の同胞に聞いてみよ!」
竜人は苛立ったように答えた。声は震えているが確信に満ちていた。
「ここから北に我らの里がある。其処にはお前のような人間に卵を奪われたと訴えている者が多くいる。」
デュークが驚いたように口を開く。
「おおっ!じゃあ一緒に行ってみようレオンさん!冤罪晴らそうぜ!」
「まあそれしかないな」
レオンは冷静に頷いた。彼の中にはもう一つ確信があった。
「案内してくれ。」
竜人は一瞬警戒したが、やがて決心したように頷いた。
「付いて来い人間ども。ただしわずかに里にある卵には触れるな」
「分かっています。」
マリーナたちは迷わず答え、竜人の後を追って行った。




