第9話
「突撃!!」
少尉の言葉で王国兵は駆ける。
行軍中は重くて、邪魔くさく何度も捨てようかと考えた擲弾筒の援護と共に。
ポン、ポンという子供向けのサーカスの様な、間の抜けた音を鳴らし、発射されるのは、間違いなく死を告げるものだった。
爆発に驚く敵兵に、王国兵の射撃は情け容赦無く、振り注ぐ。
シャーロット達の部隊は、敵補給集積所を見つけた。
当然のように、攻撃命令が下った。
敵兵の居る小屋の扉を蹴破り、警告もなく射撃。
更に手榴弾を投げ込み、次の目標へ。
足を止めるわけにはいかない。
シャーロットとヘスターも前衛に加わっていた。
「撃て! 撃て! 撃て!」
誰かの声に背中を押され、必死に引き金を引く。
そうするより他にない。
ここは敵の補給管理をする事務方の場所のようだ。慣れない戦闘に敵兵は全く対処出来ていない。
シャーロットは机の影に隠れる敵兵を見つけた。
「出てきなさい! 抵抗は無駄ですわ!」
「こ、殺さないでください! こ、降参……降参するから!」
両手を上げて、青ざめた兵が出てくる。
子供のような若い兵士だった。
銃撃と悲鳴が響く小屋の中で、その部屋にはシャーロットと敵兵二人だけだった。
手に持つ銃に汗が滲む。
「り、両手を上げたまま! 抵抗は許しませんわ!」
「わ、わかってますから! 抵抗はしませんから!」
「貴方を拘束しますわ。大人しくしていなさい」
銃を下ろし、何か拘束に使えるものはないかと、腰の道具入れを漁る。
手に触れるものに良さそうなものがない。
目線を向け、直接見て確認しようとする。
『皆殺しにしろ。容赦はするな』
突撃の前にヘスターが言っていたことを思い出した。
時間がない。敵に小勢だと悟られれば、それで終わり。
苛烈で情け容赦なくとも、必要なことだと。
言われたはずなのに……
視線を外した──
敵から目を逸らせた。
敵兵は横目で机の上を見た。
シャーロットが必死の様子で道具を探している内に。
机には装填された拳銃が置かれていた。
「……」
ゆっくりと、だが、確実にその手を伸ばす。
触れた時にカチャリと音がした。
「なっ!!」
シャーロットは自分の判断が、致命的なことだと理解した。
「うわぁああ!!」
叫び声を上げ、拳銃を持ち上げ、シャーロットに向けた。
撃鉄を上げていた。
ガンッ!! と、叩きつける音がした。
銃声ではない。
部族ナイフが机に打ち付けられていた。
拳銃を持った敵兵の手を、手首から切り飛ばしながら──
更に一閃、また一閃。
絶叫を上げ、泣き叫ぶ敵兵が血を撒き散らす。
塹壕に降る、あの雨のように──
それに濡れ、佇んでいたのは……
ヘスターであった。
「た、助かりましたわ。ヘスター……」
シャーロットの言葉にヘスターは振り向きもしなかった。
「ヘスター! ここはもう終わりだ! 次に行くぞ!」
代わりに聞こえたのは味方の兵の言葉。
「あぁ……こっちも片付いた」
敵兵を始末したヘスターの言葉を聞いて、彼らは次々と小屋を出ていく。
真っ赤に染まったヘスターも、彼らに続く。
シャーロットの事は、見もしなかった。
背中を向けて、一言漏らした。
「お前……アタシの言う事を聞かなかったな」
なんの感情もこもっていない一言を残して、ヘスターは小屋を後にした。
シャーロットを一人残して……
小屋の掃討は終わった。しかし、弾薬は残り少ない。
兵員にも多数の被害が出ていた。
「突撃部隊を編成し、一気にかたをつける」
少尉は言った。肩に傷を負っている。しかし、その痛みが、ただの学生を、士官にしていた。
「了解しました。弾薬を集めろ! これで終わらせるぞ!」
敵は混乱している。勝敗を決めるのは今しかなかった。
軍曹が叫び、兵士たちは弾薬を融通する。
突撃部隊に選ばれた者に、弾を渡していく。
帰ってこれないかもしれない、仲間に出来るだけの事はしてやろうと。
「ヘスター上等兵」
伍長が突撃に志願したヘスターに声を掛ける。
「シャーロット二等兵の様子はどうだ?」
小屋で何かがあった。そう聞いていた。仲の良い二人に見えたが、そこからはおかしくなったと。
「さぁ……自分には関係ありません」
手を止めず、装具を整えるヘスター。
彼女は離れた場所で射撃を加えるシャーロットを無視するように、どうでもいいという態度だった。
その様子に伍長は、ヘスターの弾薬入れを奪う。
「……伍長?」
「お前は、二等兵の援護だ」
「自分の能力に疑問があるのですか?」
奪い返そうとするヘスターだが、伍長の手は動かない。
「……それは、命令でありますか?」
伍長は何も言わなかった。ヘスターは手を離すしかなかった。
「さっさと動け。上等兵」
そう言って、伍長達はヘスターを置いて、突撃に向かうのだった。
二階建てになった小屋にシャーロットはいた。
彼女は突撃には選ばれなかった。
敵を前に躊躇する者に居場所はなかった。
「敵を……撃つ。敵を……」
彼女は呟きながら、引き金を引く。その度、逃げ惑う者が、武器を持ち、立ち上がる者が──
倒れた。
「敵を……」
彼女は自問する。これが正しいのかと。
答えは無かった。
階段を駆け上がる音に心臓が飛び出しそうになった。
歩兵銃を構え、侵入者に備えた。
ピー、ピー、と口笛の音。
味方だ。
冷えた背中が、気持ち悪かった。
そこには、彼女がいた。
「……ヘスター」
「弾だ。受け取れ」
ヘスターはシャーロットに投げ渡す。
それは突撃任務から外された彼女に残った最後の銃弾だったが、それは言わなかった。
「状況は?」
「……て、敵を撃っていますわ」
要領を得ない言葉にヘスターは舌打ちで返した。
預かった双眼鏡を構え、外の様子を見る。
「味方が突撃する。あの木箱の辺りにいる奴らを排除しろ」
指を差した先に敵が集まっていた。
「……はい」
彼女は銃を窓枠に乗せ、射撃を再開する。
サイトの向こう側で、一人の兵士が倒れ、蜘蛛の子を散らすように敵兵が逃げ惑う。
「逃げた奴の足を狙え。殺すなよ」
「そ、それは……」
「撃て」
否定を許さなかった。
射撃は上手くいっていた。ヘスターの指示は的確。
撃ち続ければ、勝利を手に入れられる。
それほどまでに。
だが、戦場に希望はない。
それを持った者から死んでいく。
「シャーロット!」
突然、ヘスターが叫んだ。彼女にしては珍しい。
双眼鏡を覗いたまま、汗をかいている。
「重機関銃! 奴ら、重機関銃を運んでやがる!」
シャーロットは急いで、ヘスターの指す方向に銃を向けた。
敵兵が車輪のついた機関銃を数人がかりで押している。
「シャーロット! 撃ちまくれ! 押してる奴らを皆殺しにしろ!」
シャーロットは引き金を引く。
兵士は倒れる。
しかし、倒れた兵を踏み越え、敵は押し続ける。
足りない。
たった一人の火力ではまるで足りなかった。
シャーロット達の願いは虚しく、
重機関銃の設営が完了した。
黒く重い、銃口が
今、突撃部隊を待ち構えていた。
第九話 終わり




