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泥濘のお嬢様 ――公爵令嬢、塹壕に立つ  作者: 書いてみた


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第10話

 地面を震わす金切り声。

 引き金を引かれた重機関銃の先端から、全てを飲み込む音がした。

 夢も、希望も、信念も。

 全てを飲み込んだ。


 血煙に全てが変わった。

 何もかもが、血煙に──


◇ ◇ ◇


「ぜ、全滅ッ!? 全滅だと? と、突撃隊が……」


 撤退してきたシャーロットとヘスターの報告に、青ざめる少尉。


「そんな……どうするんだよ? もう、弾はないぞ?」

「殺されちまう……死にたくない!」

「勝てるって言うから、賛成したんだぞ! 俺は最初から無謀だと思っていたんだ!」


 兵士たちは次々にそう言い放つ。

 希望はなくなった。自分たちは命乞いをする敵兵を撃ったのだ。

 同じ事をされるだろうことは、間違いなかった。


「勝てるはずだ……そのはずなのに……」


 少尉は震えていた。


 任務は最初から不可解だった。

 決められたルートで、決められた時間に攻撃をする。

 それだけしか言われなかった。


 必勝の作戦だと──


 意味がわからなかった。

 だが、軍隊とはそう言うものだと納得するしかなかった。


 兵には恨まれた。 学生、無能、お坊ちゃま。皆に言われた。


「おい! どうすんだよ! 責任取れよ!」


 兵に胸ぐらを掴まれる。

 彼にはもう、少尉の襟章は見えていないようだ。


 怖い。あの目が怖い。

 無能と言われるのが怖い。

 それでも──勝利が全てを覆すと信じていたのに。


「勝てるはずなのに……」


 震える身体。

 その右手が、腰のホルスターにあたった。


 装填済みの拳銃が入っている。

 きっと、この後、筆舌に尽くし難い行為をされる。

 それは確定事項だと思えた。


 それならば、いっそ……


「……」


 少尉は、ゆっくりと拳銃を抜くのだった。



「お、おい……マジかよ……」


 兵は慌てて、手を離す。

 怒りに任せて、とんでもないことをしてしまったと、

 彼はやっと気づいた。


 銃殺されても、文句は言えなかった。


「……ぐぅ……ヒック……」


 泣いていた。少尉は泣いていた。その背はひどく小さく見える。


 少尉はゆっくりと拳銃を向けた。

 兵に……ではなかった。


 敵兵が来るであろう方向に。

 震えながら、それでもしっかりと向けていた。


「……そ、総員、着剣……」


 それしか言えなかった。

 兵を鼓舞するような、英雄にはなれない。


「……」


 兵士たちは俯いた。

 皆が、銃剣を取り付け始める。


 もう……逃げられない。

 ここで、死ぬしか無いと理解できた。


 彼らは銃剣を取り付けた──


◇ ◇ ◇


 敵兵は隊列を整え、歩く。

 前線に運ぶ予定だった重機関銃は思った以上の、効果だった。

 突撃してきた王国兵は、見るも無惨な様子。


「ヒィッ! こ、殺さないでくれ!」


 怯えた王国兵が銃を投げ捨てる。

 機関銃の弾幕から、運よく生き残れたんだろう。


 しかし、彼の願いは叶わない。

 返答は銃弾だけだった。


 王国兵が飛び出してきた方向。

 その角に取り付き、先を見る。


「……」


 王国兵はいない。

 戦意を喪失したのだろう。


 当然か……


 そう思い、後方に合図を出す。


 安全。問題なし──


 将校が前に出てきた。

 格好つけだ。

 呆れるが、将校とはそういうものだとも思った。


 腰の剣を抜き放ち、号令を下そうとした。


 だが、戦場で返答は……


 ──銃弾のみだった。


 全員が目を剥く。

 将校が胸を抑え、倒れる。

 足元に広がる液体は、紅。


 致死量だった。


◇ ◇ ◇


「……上手いぞ。次は、横の、のっぽだ。狙え……撃て」


 ヘスターの声にシャーロットは引き金を引いた。

 敵兵が倒れる。


 シャーロットは狙い続ける。


 王国兵の中で、まだ撃てるのは彼女たちだけだった。



 敵兵は散開した。

 狙撃兵に出会ったときの対応としては、一般的。

 だが、このときは、悪手と言えた。


 分散した、敵兵に王国兵が斬りかかる。

 銃剣を何度も突き刺し、逃げる。


 敵兵が列を構えて、射撃しようとすると、どこからともなく狙撃される。

 劣勢の、勝てるわけのない王国兵がここまで、戦うとは信じられなかった。


「ヘスター! 移動しますわ! ここからでは狙えない!」


 シャーロットの言葉に、ヘスターは少し驚きながら、同意する。

 動きが良くなっている。こちらが指示する前に、動いている。


(少し……言い過ぎたか……)


 そう思いながら、指を指す。


「あそこだ。あの木の影、あそこからなら、撃ち放題だ」


 位置に付き、射撃。

 敵兵は逃げ惑い、待ち構える王国兵に囲まれる。


 位置に付き、射撃。

 敵兵は逃げ惑い、待ち構える王国兵に囲まれる。


 それを繰り返す。


「……撃ち続ければ、きっと……」


 声は、銃声に掻き消えた。


 その音は、シャーロットの歩兵銃の音ではなかった。

 もっと、粗雑で、破滅的だった。


 重機関銃──


 その音が戦場に響き渡る。

 王国兵が吹き飛ばされる。圧倒的な力に枯れ葉のように吹き飛ばされる。


「中だ! 小屋の中に逃げ込め!」


 兵士が叫ぶ。周りにいた者は慌てて、言葉に従った。

 しかし、重機関銃には、何の意味もなかった。


 小屋はバラバラにされた。

 逃げ込んだ兵と、共に……


「シャーロット! 射手だ! ぶち抜け!」


 ヘスターが叫ぶ。

 しかし、その射撃は取り付けられた防楯に防がれる。

 まるで、小石を投げたように、軽い音がする。


 お返しとばかりに、銃口が向く。


「に、逃げるぞ!」


 へスターとシャーロットが飛び出す。

 隠れていた木は、真っ二つに、切り倒された。



 重機関銃を敵兵は守るように、進んでくる。

 迂回は不可能。正面突破も不可能。


 少し顔を出せば、重機関銃が隠れた場所ごとなぎ倒す。

 その度に、仲間が死んだ。


「へ、ヘスター……私が、もう一度、射手を撃ちますわ!」


 シャーロットが言う。

 弾薬クリップは最後の一個が残っていた。


「……無理だ。成功しても、すぐに代わりの奴が射手になる……意味がない」


 ヘスターの言葉は重かった。

 部隊全員が、希望の灯火が、消えた事がわかった。


 少尉は何も言えなかった。

 彼が士官学校で習ったことは、何の役にも立たなかった。


「……突撃する。きっと……突破できるはずだ」


 そう言った。

 もう、否定することすら兵たちには出来なかった。


 震える。身体が震える。


 この、薄暗がりから、飛び出た瞬間に死ぬだろう。

 わかりきった結果に、身体が震える。


 だが、もう、耐えきれなかった。

 皆、早く楽になりたかったのだ。


「……行くぞ……」


 少尉が、拳銃を握りしめた。

 ヘスターはシャーロットの肩を軽く叩いた。


 それが何を意味するのか、

 シャーロットにはわからなかった。


 暗がりの向こうで、重機関銃が待っていた。



 その時──聞き覚えのある音がした。

 何度も聞いた、あの音が。


 ひゅる、ひゅるという音。

 間抜けな音。恐怖の音。


 重機関銃が吹き飛んだ。

 周りの敵兵は、巻き添えを食らい、散った。


 爆発音。

 砲撃だ。


 王国兵も敵兵も、何が起こったのかわからない。

 意味がわからない。

 混乱する彼らに、その理由を告げる言葉が響いた。


「王国、万歳!!」


 現れたのは、王国兵。その装備は、シャーロットたちとはまるで違う。

 色は目立ちにくい、黄土色。四号軍服。

 銃も歩兵銃に混じり、最近、開発された短機関銃を持っている。


 重量を極限まで軽くした、軽機関銃。

 素早く、展開すると弾幕を敵兵に浴びせていく。


 防戦する敵兵が狙撃される。

 窓から狙っていたのは狙撃兵。試験的に納入された狙撃スコープを載せていた。


 砲撃に支援され、敵軍を追い立てる。

 最精鋭。

 王国軍の最精鋭部隊だ。


「……どこから……こんなに……?」


 誰かの疑問。


「……ま、まさか……“坑道”?」


 シャーロットの呟き。

 答えられる者はいなかった。


 黄土色の綺麗な軍隊は、血と泥で汚れた兵士には興味がないようだった。

 軍靴を鳴らし、横をすり抜けていった。



 王国軍は、補給線を叩いた。

 司令部は、それを戦果と呼んだ。



 第十話 終わり

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