第11話
雨の季節は少し、マシになってきていた。
それでも肌寒さは変わらず、泥も凍って、塹壕内を歩く度にパキパキと音をさせる。
「ふぅ~……」
重い木箱を下ろして、一息。
ヘルメットを外して、額の汗を拭う。
冷たい風に、長い金の髪がたなびく。
シャーロットだった。
手が冷たい。
手袋は既にボロボロ。穴だらけで、殆ど意味をなしていない。
息を手に当てて、温める。
周りにも、同じようにしている兵士ばかりだった。荷物はまだ多い。仕事は中々終わらない。
「寒い……ですわね……」
手を見る。細かく震えている。
寒さではなかった。銃の音がしない空間に、震えている。
何故だろう……風が、あの声に聞こえた。
『こ、殺さないでください! こ、降参……降参するから!』
駄目だ。そんな声は聞こえない。
その声を上げた者は……
シャーロットは手を握っては、開くを繰り返し、震えが止まると木箱を運び始めた。
王国軍は戦線整理。
前線の形を整え、防御しやすい形の整えようとしていた。
そのために、連日の作業だった。
手早く終わらせないといけない。
敵に気づかれれば、大変なことになる。
この状態では、敵の攻撃には耐えられない。
「ちゃんと……やっているな」
作業に集中するシャーロットに声を掛ける者がいた。
ヘスターだ。彼女はシャーロットに目を合わせないようにしていた。
気まずげに、塹壕の泥を見ていた。
「ヘスター……」
いつもだったら、その態度に憎まれ口を叩くヘスターだったが、何も言わず、シャーロットの隣で作業を始めるのだった。
二人は黙々と作業を続ける。
お互いに言葉はなかった。
シャーロットは何度かヘスターを見るが、その視線が合うと慌てて目を逸らせた。
謝ろう。そう思った。
だが、何を?
言葉は出なかった。
ヘスターも何かを言いかけるが、すぐに作業を続ける。
沈黙の中、割り振られた作業は終わってしまった。手持ち無沙汰になってしまった。
隣で作業しているであろう兵たちを手伝おうと歩き始めた。
しかし──様子がおかしい。
王国兵がいない。
何処かに集合するなど、聞いていない。
「皆さん……どちらに行ったのでしょう?」
「……妙だな。まだ終わる時間じゃない」
二人は辺りを見渡すと、人だかりが出来ているのを見つけることが出来た。
「ヘスター? 何か、聞いていまして?」
「いや、サボりにしては大胆すぎるな」
「……見に行って……見ますか?」
「まぁ……そうだな」
と、二人は人だかりの方へ歩いて行く。
少し離れながら、それでも足音を合わせて。
◇ ◇ ◇
広場──
と言っても、ただ、塹壕の間の開けた場所に過ぎないが、そこに王国兵達は集まっていた。
何か大きなものを囲んでいる。
シャーロットとヘスターは人だかりに阻まれ、囲まれているものが見えないが、なんとか、分け入るとそれを見た。
「な、なんですの、アレ?」
「アタシに聞くな。見たことないが、なんかの武器だろう? 見ろ。機関銃が付いてる」
ヘスターが指差すと確かにその通り。
大砲が付いているものもあった。
それは金属の塊。
四角形の箱の様なものに武器が取り付けられ、横には、なんと言ったか、農業用のトラクターに装備されている機械が取り付けられていた。
「ヘンテコですわね……なんなんでしょう?」
「また、お偉いさんの考えた"秘密兵器"とかいう物だろう。下らない玩具さ」
時間の無駄だったとヘスターは吐き捨てる。
彼女はこの類の物をいくつか見たことがあった。
その殆どが全く役に立たず、戦場で破壊されるか、倉庫で埃に埋もれるか、どちらかだった。
「玩具! 玩具と言ったか! そこの兵士!」
金属の塊から大きな声がした。
横に取り付けられた扉が開き、将校が出てくる。
綺麗に整えた髭を指で弾き、白いマフラーを翻す。
胸には、大尉の階級章。騎兵が履くようなブーツをカツカツと鳴らして、シャーロット達の前に立った。
「無学であるぞ! これこそ王国の技術の粋! “戦車”である!」
まるで、オペラ歌手の様に高らかに宣言した。
「せ、戦車で……ありますか?」
流石のヘスターも大尉に対して、面と向かって文句は言えない。
戸惑った言動をするのが、精一杯だった。
「戦車? ということは、お馬さんが引くのかしら?」
きょとんとした様子のシャーロットの言葉に、大尉は腹を抱えて笑い出す。
「ハッハッハ! 君は中々に博識なのだな、二等兵」
楽しげに話す大尉は、シャーロットに向き直りながら話す。
「それは古代戦車の話だな。これとは違う。しかし、同じところはあるぞ! それは戦場を変えるところだ!」
大きく、手を広げながら話す大尉の様子に、戦車からでてきた兵士たちは、少し恥ずかしそうにしている。
「諸君! 誇り高き王国兵諸君! 君たちは思っているのだろう? また、碌でもない物が来たと、面倒くさいと思ったのだろう?」
額に手を当て、悲しげに首を振る大尉。
「しかし! 諸君らも聞いたことがあるだろう? カイル平原の戦い! ボソン防衛戦! どうだ? 知らぬ者はおるまい?」
兵士たちは顔を見合わせる。
その名は珍しく王国軍が勝利したとされる戦いだった。
「その戦域にはこの、戦車が試験的に導入されていたのだ! 勿論、この私も戦車長として参加していた! あれは、痛快であった!」
大尉は戦車に駆け寄り、その手を振るう。
「敵は戦車を見るなり、恐れ、腰を抜かして逃げ去ったのだ! 『とても勝てない。鉄の化け物だ!』とな!」
その場に居た兵士たちは歓声を上げる。
すっかり大尉の口調に飲まれている。
「約束しよう! 私とこの戦車があれば、敗北はありえない! 諸君らは勝利の栄光を手に、聖誕祭には家族と食卓につけると!」
その言葉──
それは、英雄の言葉であった。
敗北に心を飲まれていた王国兵には、危険なほどに甘く中毒性のある……
劇薬だった。
王国万歳
その声が広場に轟くのだった。
第十一話 終わり




