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泥濘のお嬢様 ――公爵令嬢、塹壕に立つ  作者: 書いてみた


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第12話

 戦車──

 雄々しく、強く、壮大な兵器。

 敵を蹴散らし、鉄条網も塹壕も踏み越え、どこまでも邁進する。


 無敵の兵器。

 それが三両も──


 勝てる。そう、皆は判断した。



 太く不格好な、排気管から黒煙が上がり、

 ガタガタと今にも壊れそうなエンジン音が唸る。


 大尉が搭乗する一号機。

 大砲を装備した車両を筆頭に、二台の戦車が起動する。


「諸君! さぁ。今こそ我らも、伝説の一員になるのだ!」


 戦車から顔を出し、手を降る大尉に兵たちは歓声を上げる。


 その中で、二人。微妙な顔を浮かべた兵士が居た。


「ヘスター? まだ怒っていますの?」

「当たり前だろ、シャーロット。あの、お調子者のせいで撤退の予定が、攻勢作戦になったんだぞ。いい迷惑だ」


 ヘスターは昨日の夕食に出ていた、ソーセージを食べながら愚痴をこぼす。

 昨日、食べきっていたはずなのに、また、どこからか手に入れたのだろう。


「まぁ……最強の兵器が来たら、攻撃したくなるのはわかりますわ……」

「それだって、胡散臭い。あの大尉が、戦果欲しさに売り込んだって話だ」


 この戦域。

 上層部に忘れられていたような戦線に、最新式の兵器が来たことは疑問だった。


「大方、他の部隊には相手にされなかったんだろ」

「もう……疑い深いのはヘスターの悪い癖ですわ」


 そう言ってシャーロットは呆れてしまう。

 二人は仲良く、仲直りしたのではない。


 喋りたかった。

 喋ることで、自分が正常だと、生きていると証明したかった。

 だから、喋った。


 そう──戦車の向こう側。その先に見えるは、

 敵の塹壕。

 こちらに向けられた銃口。それが怖くて仕方なかった。


 シャーロットは手が震え、銃を何度も、落としそうになり、

 ヘスターは歯がカチカチとなり、ソーセージを満足に食べれていなかった。


 怖い。怖い。

 戦場はいつだって、怖いのだ。



 ピィイイイイーーー


 と、笛が吹かれた。

 突撃の合図だ。


「兵士諸君! 安心したまえ! 手筈通り、戦車のあとに続け!」


 大尉の声の通り、銃兵は列を作り、戦車に続く。

 戦車は聞いていたよりも速度は出ない。

 敵塹壕には砲撃支援が加えられていたが、この速度では……


 銃撃音。


 その懸念に答えるように、敵の応戦射撃が始まった。


「クソッ! やっぱり、役立たずじゃないか! シャーロット! こっちだ!」

「ヘスター!? 戦車の後ろに隠れるのではなくて!?」

「あんなデカブツの周りに居たんじゃ、撃ってくださいと言ってるようなもんだ! 行くぞ!」


 ヘスターにつられ、シャーロットは走り、地面のくぼみに飛び込む。


 頭の上を機関銃の弾幕がかすめる。


「どうしますの! こんな、戦場のど真ん中で足を止めたら……」

「アタシに聞くな! クソ! 撃ち返せ!」


 ヘスターのように考えた兵士は他にも居たようだ。

 皆、窪みから頭と銃だけを出し、射撃を開始する。


 しかし、塹壕内に隠れる敵兵には、ほとんど効果がない。


「私に任せろ!」


 戦車の上面から顔を出した大尉は、手旗信号をし始める。

 同じように二号車、三号車の戦車長も旗を振る。


 瞬間、一号車が轟音とともに砲撃を開始する。

 二発の砲弾の内、一発は明後日の方向に飛んでいく。


「……ポンコツが」


 そんな声に答えるように、

 もう一つの砲弾が、ひょろひょろと情けない軌跡を描き──


 敵機関銃座を吹き飛ばした。


 更に、二号車、三号車が機関銃の弾幕を敵塹壕に加えると、

 敵兵は慌てて頭を下げた。


「見たか! これが、戦車の力! 無敵の王国の力だ!」



 勝てる──

 勝利の女神が微笑んだと、そう、思った。



 兵士たちは立ち上がり、敵塹壕を目指す。


「ヘスター! 私たちも行きましょう! ……どうかしましたの?」


 シャーロットが横に居たヘスターに声を掛ける。

 彼女は泥に刺さった妙な蛍光色の旗を抜いた。


「……なんだ、これは?」

「子供のいたずら? でも、こんな場所に子供がいるわけ……」


 ヘスターはあたりを見渡す。


「なぁ……なんで、このあたりばかり、窪みがあるんだ?」


 ヘスターの言う通り、窪みばかりで前進には苦労しそうだった。


「砲弾の着弾跡、珍しいものではないでしょう?」

「それにしても、多すぎる。これは……まさか!?」


 ヘスターが叫ぶ。

 その声にあわせて、砲撃音がいくつも上がる。


「逃げるぞ! シャーロット、急げ!」


 シャーロットは立ち上がり走る。

 ヘスターと共に窪みを抜けて──


 大爆発の爆風を受けて吹き飛ばされる。

 窪みに落ちた二人は、体中に泥を浴びたが、奇跡的に生きていた。


「う……クッ、どういうことですの……?」

「あいつら……旗の場所に来たら砲撃するように訓練してやがったんだ……」


 砲撃の中心に居たのは、当然のように戦車だった。


「大尉! 右舷無限軌道破損! 移動不能!」


 一号車の中で、運転手が泣き叫ぶ。


「うろたえるな! 二号車、三号車に援護させろ!」

「た、大尉! 二号車……二号車がぁ!」


 戦車兵の声で大尉は覗き窓から、二号車の様子を確認する。


 砲撃はたしかに脅威。

 しかし、無敵の装甲を持つ戦車には何の効果もない。


 大尉が兵に謳った言葉。その結果が、


 缶詰の缶のように、引きちぎれた二号車。

 哀れな鉄屑だった。


 戦車が撃破された──

 その事と、砲撃に足を止めた王国兵を尻目に、仲間に援護された敵兵が飛び出す。


 銃は持っていない。代わりに持つのは手榴弾。

 弾頭には幾つもの手榴弾がワイヤーで結ばれていた。


「シャーロット! 撃て! 彼奴等を近づけるな!」

「とっくにやっていますわ!」


 シャーロット達のように敵兵に気づいた者が、射撃を始めるが、彼女たちには敵の返礼。


 機関銃の弾幕。

 邪魔をするなと言う、敵の意思表示。


 結果、手榴弾は投擲された。


 不格好故に、幾つかは届かない。

 しかし、それでも三号車の足元には届き──


 無限軌道が破壊される。


 動けなくなった戦車に敵兵が群がる様子は、まるで、蟻の狩り。


 穴という穴に銃を、手榴弾を投げ込み、少し、震えた後に、三号車は沈黙した。




「だ……だめだ……に、逃げろぉお!!」


 王国兵の一人が叫んだ。

 彼は命令を出せる立場ではない。

 ただの一兵士。


 それでも、その言葉は絶対の命令になった。


 敵は戦車に夢中になっている。

 逃げるなら今しかないと、王国兵は走り出す。

 目的とした敵塹壕とは真逆に──


「アタシたちも行くぞ! シャーロット!」

「ですが! まだ、戦車が……」


 シャーロットの言葉に、ヘスターはチラリと戦車を見た。


「……諦めろ。もう、無理だ」


 その言葉にシャーロットは俯く。


「……私は、また……」

「行くぞ……ここに居たら、確実に死ぬ」


 ヘスターに手を引かれ、彼女は泥に塗れた、汚れた軍服で戦場を後にした。


◇ ◇ ◇


「大尉! 我々も早く撤退を!」


 戦車兵の言葉に大尉はメモを取っていた。


「……砲撃……手榴弾……無限軌道に増加装甲が必要だな……」

「な、何をしてるんですか! 早くしてください!」


 戦車兵が彼の肩を掴むが、それを振り払う。


「この結果は非常に残念だ! しかし、これだけ入念な対戦車戦法! 敵は戦車を恐れているという、何よりの証左! これを記録しないで、なんとする!」


 戦車兵は大尉の言葉に唖然とする。

 研究熱心だとは思っていたが、今することでは無い。


「た、大尉……あれは、なんでありますか……?」


 戦車には十人程度の戦車兵が乗っていた。

 その一人が、覗き窓から敵陣を見る。


 大尉が確認すると、妙に大きい歩兵銃を準備する敵兵。


「ハッハッハ! 砲撃に敗れたが、歩兵銃ごときが、この装甲を撃ち破れると思っているのか?」


 高笑いをする大尉。

 敵兵は準備を完了していた。

 相当に重いのだろう、三脚を立てている。


「諸君! 撤退だ! この戦いはきっと、戦車技術の発展を一段も二段も加速させるだろう!」


 射撃音。

 歩兵銃とは思えない、重い音。

 そこから発射された弾頭は、正確に戦車の前面装甲に当たり……


 塗れ紙に穴を開けるように貫通した。


 穴が空いた音──

 その後に……


 弾頭は戦車内を暴れまわり、跳ね回り、

 大尉、副官、運転手を細切れにした。


 真っ赤に染まった車内から、恐慌状態で飛び出した戦車兵を待ち構えていたのは、

 敵兵だった。


 その結果は言うまでもないだろう。



 結果──

 大尉は間違っていなかった。

 王国軍の秘密兵器、戦車。

 その利点と欠点。

 それは正しく学習され、進化し、戦場の切り札になった。


 大尉の研究レポートを回収した敵軍によって──


 第十二話 終わり

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