第12話
その都市は、歴史的に貴重であり、そして華やか。
王国でも有数の観光地でもあり、街並みは、綺麗で憧れであった。
そんな都市だった。
──今までは。
都市は瓦礫の山になっていた。
銃撃、砲撃により、市街の半分は崩れ去っていた。
敵軍の進行速度は凄まじかった。
この有り様になるのに一週間ほどしか、かからなかった。
この都市を突破されれば、王国首都までつながる街道が敵の手に落ちる。
都市守備隊は死守命令が出されていた。
都市の中心には立派な鐘楼があった。
偉大な聖職者が建築したと伝えられ、この都市全域を見下ろすように佇んでいた。
「……愛しい貴方、その香りが懐かしくて……」
鐘楼の天辺に一人の女兵士が居た。
目立たないように、鐘楼の色に似た毛布を被り、
スコープを載せた狙撃銃を構えている。
口ずさむのは、流行りの曲。
先月、慰問に来た歌手が歌ったものだ。
うろ覚えなのか、調子外れでかすれた声。
女兵士は長い金の髪。カサついた、髪だった。
目の下にはクマ、恐らく数日は満足に寝れていないのだろう。
「さよなら……私は戦場に……きっと、勝利を持ち帰る……その日まで……」
頬もコケている。
それなのに……目だけは妙にギラついていた。
不健康な顔つきをした、その女兵士の名前は──
シャーロット、といった。
階段を登る足音が聞こえた。
シャーロットは振り返らない。この場所に来る人物は少ない。
足音から誰かは想像がついた。
「……よう。調子はどうだ、シャーロット?」
「問題ありませんわ」
スコープを覗き続けるシャーロットに軽くため息を吐くのは、長身の女兵士。
名はヘスターと言った。
「少しは休憩したらどうだ? 今なら、風呂に入れるそうだぞ」
燃料の節約のために、風呂に入れるのは珍しい。
以前のシャーロットなら
『勿論、薔薇風呂なのでしょう? 私、絶対に入りますわ!』
等と言っただろうに……
「必要ありませんわ。そんな暇はありませんもの」
彼女は感情のない声で答えた。
「……そうか」
ヘスターは少し、残念そうにしながら、シャーロットの横に座り、担いでいた短機関銃を傍らに置いた。
そして、紙袋を取り出す。
「……シャーロット。遅くなったな。昇進祝いだ」
シャーロットは先日、一等兵になった。
平時であれば、一年、軍務に付けば昇進できるが戦時では違う。
一年生き残ったということだった。
紙袋から取り出したのは、サンドイッチ。
代用パンではなく、白パンで作られ、瑞々しい野菜と、生ハムが挟まれていた。
この都市では金塊に等しいほどの貴重品だった。
ヘスターでさえ、調達には苦労した一品だった。
「ありがとうございますわ。気持ちだけ、頂きます」
「シャーロット、遠慮しなくていいぞ。」
そう言ってヘスターはサンドイッチを渡そうとするが、シャーロットは受け取らなかった。
「食欲がありません。食べると吐いてしまいますの」
しょうがないですわね。
そんな様子で笑った。ひび割れた唇で笑顔のかたちを作った。
いつの日にか、ヘスターが見た貴族の矜持を持った翠の瞳は、濁り、くすんでいた。
──まるで、泥濘の底のようだった。
ヘスターはサンドイッチを紙袋に戻し、シャーロットの傍らにおいた。
気が変わったらいつでも食べられるようにと……
首から下げた、双眼鏡を覗き込む。
「……敵の様子は?」
「先程、偵察に来た者が居ましたわ。ほら、あのパン屋のところ」
ヘスターが言われた場所を見ると敵兵が一人倒れていた。
「動きが鈍くて、当てやすかったですわ。敵もそろそろ人材不足でしょうか?」
と、クスクスと笑うシャーロット。
その笑い方は、ヘスターは気に入らなかった。
シャーロットはそんな笑い方をする者ではなかった筈なのに……
「偵察ということは、また、攻めて来るかもな……」
「望むところ。すごく楽しみですわ」
ヘスターは双眼鏡を強く握った。
戦闘が、楽しみと言うような女ではなかったのに……
「お前……変わったな……」
「ええ。ヘスターには迷惑ばかり、かけてしまいましたから。これからは、私を頼って頂いていいですわよ?」
「……そうか」
言葉がなかった。
シャーロットは最近、公爵令嬢とは言わなくなった。
ノブレス・オブリージュも、貴族とも言わなくなった。
ヘスターが出会ったときの、お調子者のような態度もしなくなった。
代わりに言うのは、敵の倒し方。銃の精度に威力。
どうすれば効率的に戦えるか。
そればかりだった。
一等兵でありながら、スコープ付きの狙撃銃を任されているのは認められたから。
兵士として、戦士として、敵を倒すものとして。
「なぁ……終戦が近いって噂をどう思う?」
「噂を信じますの? まだ、敵の首都にも行ってませんのに?」
「まぁ……そうだがな……」
そんな事がいまだに可能だと思っている者は、王国軍にすら少なかった。
「噂を流しているのは、敵国のスパイだという話もありますわ。私達の戦意をくじくための……」
言いかけたシャーロットがハッと、声を上げた。
「ヘスターがスパイだと言ってるわけではありませんわ」
もし……そうだったら、シャーロットはどうするのだろう?
躊躇無く、自分を撃つのだろうか……
それとも、別の方法を取るのだろうか?
ヘスターにはわからなかった。
「仮にだ……暇つぶしの下らない雑談さ。終戦になったらどうする?」
「考える必要ありまして?」
「それじゃあ、話にならない。なんかあるだろ?」
考える様子のシャーロット。
しかし、答えは見つからないようだった。
「ヘスターには、何かありまして?」
シャーロットは言いながら、
もう一度、スコープを覗いていた。
雑談だから、意味ないから、意味のあることに戻る。
そう感じた。
ヘスターにも特にやりたいことはない。
彼女は戦前から王国軍に居た。
終戦になったからと退役する気もなかった。
「そうだな……」
「ヘスター? 人に聞いたのに、自分もやりたいことがないのかしら?」
シャーロットは水筒の水を軽く口に含んだ。
「いや、あるぞ……あぁ、うん……」
ヘスターはこういう冗談めいた雑談は苦手だ。
それでも、昔のような笑顔をシャーロットにして欲しかった。
明るい朗らかな笑顔をウザったいと、戦場を知らないお嬢様だと……
そんな風に思っていたのに……
その笑顔が何よりも、懐かしかった。
お調子者の変な兵士。そう思っていたのに。
いつの間にか、すさんだ心が癒やされていたことに気づいた。
きっと、ずっと、最初からそうだったのだろう。
彼女の言葉に気遣いに、自分は救われていたのだろう。
貴族の矜持
それはどれほど大層なものかはわからない。
それでも自分は救われた、と思った。
だから今度は自分が……
「そうだな……そうだ! シャーロットの実家に行くのはどうだ? アタシはお前の面倒を見てやったんだ。なにかしらご褒美を貰っても良いだろ?」
ヘスターの言葉にシャーロットはスコープから目線を外した。
興味を引けた。上手くいったと思った。
「公爵家だろう? 貴族の最高位だ。きっと見たことの無いお宝をくれるだろう、なぁ?」
そう言ってヘスターは笑った。
きっと、シャーロットも笑うだろう。
『欲張りすぎですわ! ヘスターったら』
そんな風に笑い会えると……
シャーロットは笑顔だった。
全てを諦めたかのような、自嘲的な笑い。
「私の家はとっくの昔に、お取り潰しにされていますわ」
そうして、シャーロットは何事もなかったかのように、スコープの中の世界に戻っていった。
第十三話 終わり




