↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘のお嬢様 ――公爵令嬢、塹壕に立つ  作者: 書いてみた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/15

第14話

 ハァ、ハァ、ハァ。

 息が荒くなる。鼓動は激しくなる。

 銃を構え、小屋に背をつけて、大通りの様子をうかがう。


 道の先には鐘楼(しょうろう)があった。


 忌々しい。

 彼は舌打ちをした。


 彼は敵軍の前進部隊を率いる若い士官だった。

 あと一つ、市街の区域を制圧すれば、砲兵を前に出せる。

 あの鐘楼を砲撃で吹き飛ばせるはずだ。


 迂回した者たちもそろそろ、着くだろう。

 そうすれば、あの上に陣取る狙撃兵も一巻の終わりだ。


 爆発音が聞こえた。

 別働隊が進んでいた方向、そこから聞こえた。

 王国軍は街そのものを罠にしていた。それに引っかかったのだろう。


 彼は首を振る。役に立たないと、落胆していた。

 決心するしかなかった。

 彼は士官だ。決めるのが仕事だ。


 手を振り、部下に命令を告げる。

 その時、気づかなかった。小屋の影から出ていることに──


 銃声。


 彼の軍帽が落ち、彼も倒れた。


◇ ◇ ◇


「恋人よ……どうか泣かないで……」


 シャーロットはスコープを覗き込みながら、歌を口ずさむ。

 あの流行歌謡。悲しくも、希望に満ちた歌を。


「山を超え、川を超えて……貴女のために……」


 歌を歌う。


 ヘスターが叫ぶ。その相手を狙う。

 空薬莢の落ちる音と、射撃音を伴奏にして。


 歌声に合わせて、敵兵が踊る。踊った後に動かなくなる。

 歌声に合わせて、敵兵が歌う。歌った後に動かなくなる。


「さよなら……私は戦場に……きっと……」


 勝利を持ち帰る、その日まで待っていてくれ。私は必ず戻る、愛しい貴女のもとに。


 歌はそう続く。

 しかし──


 シャーロットは決して、その歌詞を歌わなかった。



 街の広場に王国兵は集められた。

 奮戦虚(ふんせんむな)しく、敵兵の前進を止められなかった。

 区画をまた一つ制圧され、取り戻そうとした友軍は壊滅した。


 敵軍は砲兵を前進させたようだ。

 射撃できるようになるまでは、まだ時間はあるだろう。

 それが終われば、王国軍防衛隊の指令所まで射程に収まる。


 終わりだ。後は、砲撃の圧力で叩き潰されるのみだった。


 整列した兵たちの前に将軍が立った。

 防衛部隊の指揮官。元帥。王国陸軍、最高階級。


「元帥閣下に敬礼!」


 将校の言葉に皆が敬礼をする。


「諸君、楽にしてくれ」


 元帥が手を振り、それを見た兵たちが休めの姿勢になるのを、確認してから話し始めた。


「皆も知っているだろう。敵が最終防衛線を超えた。市街全域は敵の砲の射程範囲だ」


 兵たちは顔を崩さない。

 不満げな顔をすれば、元帥を非難していると取られる可能性がある。


「……首都よりの街道にも、敵兵を通した。私の判断の遅れだ。食料も足りずに、皆には難儀させている」


 後方線の安全すら確保できていない事を認めている。

 落ち着いた様子の元帥だが、彼も混乱しているのだろう。


「私は……」


 喉を鳴らし、言葉を選ぶ。


「撤退を選ぶことにした」


 誰かが息を呑む音が、広場に不自然なほど大きく響いた。

 この部隊は死守命令を受けている。

 撤退など許可が降りるはずがない。


 無許可の撤退。命令違反は明白だった。


 元帥の言葉は続く。


「首都に戻り、補給と軍備を整え、反攻する。これしか、道はないと考えた」


 理屈はわかる。承認されないことを除けば……


「そこで、志願を募りたい。撤退するまで敵を抑える殿(しんがり)を」


 最悪だ。死刑宣告に等しい。


「友軍を守る勇者。その栄誉は王国軍に響き渡るだろう!」


 元帥は叫ぶ。


「昇進、勲章も私が用意しよう! 望みのままだ! 当然だ、英雄なのだから!」


 冗談ではない。無許可で戦場を放棄した元帥の言葉に何の価値がある?

 元帥自体が軍法会議の場所で、昇進の打診でもするつもりだろうか?


 兵を生贄にしようとしているだけだ。

 罪悪感から、志願の形を取ってるに過ぎない。

 兵たちはそう理解していた。


 こんなものに志願する者は居ない。

 結局、運の悪い部隊が残されるだろう。兵たちは視線を逸らした。


「はい。志願しますわ」


 その声は静かに、水面を伝わる斑紋の様に広がった。


 鐘楼に籠もり、敵を撃っていた狙撃兵の声。

 ボサボサの金の髪。不健康そうな肌に、全てを恨むような目つき。

 肩に下げる狙撃銃だけが、妙に磨き上げられていた。


 その兵の名は、シャーロットと言った。



「シャーロット!? お前、何を考えてる!」


 隣りにいたヘスターが叫ぶ。


「何を? 志願を募られたから、志願しただけですわ。何が、おかしいと言うの?」

「馬鹿野郎! こんなところに残ったら……」


 言葉を元帥が遮った。彼はヘスターを押しのけ、シャーロットの前に立った。


「素晴らしい! 我が軍にまだ英雄が残っていたとは……」


 少し、困った元帥に将校が駆け寄って、耳打ちをする。

 シャーロットの名前がわからなかったのだろう。


「シャーロット一等兵! 君は英雄だ!」


 肩を叩く。激励のつもりだろう。


「勿体ないお言葉ですわ。元帥閣下」


 ヘスターは言葉が聞き取れない。崩れるような、足元がぬかるんだ泥に変わるような、感触がした。


 シャーロットは死ぬつもりだ。


 そう確信した。全てを捨て、この場所で死ぬつもりだと。


 シャーロットが流し目で、ヘスターを見ながら、唇を動かす。

 声は出さなくてもわかる。

 ずっと、一緒だったのだから──



『これが、私の選んだ道ですわ』



 その言葉に、手が震えた。する必要はない。

 自殺志願者などに付き合うつもりはない。

 下らない、感情に共感する気もない。それなのに……


「ヘスター上等兵! 同じく、志願いたします!」


 彼女は手を上げていた。


◇ ◇ ◇


 鐘楼の上に土嚢や弾薬、銃器が運び込まれ、要塞化していく。

 忙しそうに作業するヘスターとは、対象的に椅子に腰掛け、机で銃弾の選別をしている、シャーロット。


「……意外でしたわ」

「何がだよ?」

「貴方は、自分の命がいちばん大事な人だと、思っていましたわ」


 シャーロットの言葉を聞きながら、ヘスターは階下を見る。

 哀れに残された兵たちが、同じように作業をしていた。

 最悪の末路にならないようにと。


「お前に言ってなかったことがある」

「何かしら?」


 ヘスターは少し考え、話し始めた。


「アタシはな……食べるのが好きだ」

「……はぁ?」


 急に何を言い出すのだろう?


「特に肉料理が好きだ。シャーロットも知っているだろう? アタシの料理の腕が中々なのを」


 ヘスターはシャーロットに向き直る。


「そんなアタシが料理人になったら、繁盛間違いなしだと思わないか!?」


 机を叩き、詰め寄ってくる。


「軍隊生活で、金もそこそこ貯まった。元帥の言う通りなら、望みのままの褒美がもらえるんだろう? それで、退役。クソッタレの軍隊とはおさらばだ!」


 彼女はシャーロットに顔を近づける。


「だがな……一つ問題がある」

「も、問題……?」

「アタシはな……雑談ってのが苦手だ。客の対応は出来る気がしない。手が出ちまいそうだ」


 シャーロットはヘスターの迫力に押されるばかりだ。


「だから、考えた。シャーロット! お前を、雇ってやる!」

「は?」

「お前はペラペラと口が回るし、見てくれも中々だ。給仕……いや、今はウェイトレスとか言うんだったか? それにしてやる!」

「ヘスター……貴方、一体何を言って……」


 バンッと机を叩いたヘスターが叫ぶ。


「アタシとお前で大金持ちになるんだ! こんなクソッタレの泥の中で死んでたまるか!」


 そう言って、ヘスターは背を向けた。

 褐色の肌の耳が紅く、色づいていた。




 死なせない。ずっと一緒にいよう。




 そう言われた気がした。きっと、そうだと思った。


 ヘスターは機関銃を仕掛けるようだ。重い機関銃を鐘楼の窓に掛けていた。

 答えは……返答は聞けないのだろう。


 不器用な背中に、思わず吹き出してしまう。


 シャーロットは立ち上がり、ヘスターを手伝うことにした。

 機関銃を持ち上げる手に、軽く触れた。


「……私の……給金は高いですわよ?」


 ヘスターは触れた手を払わなかった。


「……がめつい女だ」


 シャーロットは笑う。その目はきれいに澄んだ翠の瞳だった。


「勿論ですわ。なにせ……」


 二人は見つめ合った。


「公爵令嬢ですもの」



 二人は語り合った。店の場所はどこがいいと。

 外壁は白がいいとか、屋根は赤にしようとか。


 夢が形になっていく。

 料理は美味いが、気難しいシェフと、

 貴族が何だとうるさい、変わったウェイトレスのいるレストラン。


 毎日、店の外にまで客が溢れ、休む暇もない。

 幸せのレストランの名前は……



【ノブレス・オブリージュ】



 あぁ……それなのにその幸せが消えていく。

 夢は覚めてしまう。

 料理を焼く香ばしい音は、銃声に──

 笑い合う客たちの声は、悲鳴に──

 白いレストランは砲撃の爆風で粉々に砕け散った。



 鐘楼は瓦礫の山に変わった。



 第十四話 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。