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泥濘のお嬢様 ――公爵令嬢、塹壕に立つ  作者: 書いてみた


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第8話

 広場。

 そう呼べば聞こえはいいが、ただ、なにもない空間だった。

 下士官達によってかき集められた敗残兵たちが並ばされていた。


 当然、シャーロットたちもいるがヘスターは何やら不機嫌だった。


「どうかしまして、ヘスター?」

「……見てればわかる」


 そう言ったきり、黙ってしまった。


 不審に思いつつも、集められてしまった以上、大人しくしているしかなかった。


 広場の中央に木箱で作られた、お立ち台のそばに軍曹が立った。


「総員、気をつけ!」


 その号令に兵士たちは背筋を伸ばす。

 しかし、壇上に登る人物を見て、落胆の表情を浮かべる。


「忠勇なる兵士諸君! 私は君たちに会えて大変光栄だ!」


 階級章は少尉。

 綺麗すぎる軍服が、場違いに浮いていた。


「“新品”だ……やっぱりか」

「新品? なんですの、それ?」


 小声で話すシャーロットにヘスターが言う。


「士官学校を出たばかりのお坊ちゃんのことだ。学生さ」


 呆れたように言うヘスターに少尉の声が重なる。


「皆も知っているだろう、敵は卑怯にも不意打ちをしてきた。しかし、私はこう考える。敵は我々、王国を恐れていると!」

「ボロ負けしてたら、世話ねぇだろ。馬鹿か?」


 ヘスターの声は小声というにはあまりにも大きかったが、

 周りの兵は注意すらしない。

 同じ気持ちだからだ。


 耳に入ったのだろう。軍曹が少し気まずげな顔をしていた。


「王国史に残る大将軍の言葉に……」


 少尉は気づいていないようだ。声高らかに歴史の引用をしている。


 外れだ。


 全員がそう思った。



 ひとしきり話し終えて満足したのか、やっと作戦の概要が説明され出した。


「敵軍は愚かにも突出している。補給線が伸び切っている。我々は機動力を生かし、これを寸断する!」


 粗末な黒板を指揮棒で叩きながら、少尉は説明するが、兵士のウケはかなり悪かった。


「少尉殿! 質問、よろしくありますか?」


 一人の兵士が手を上げた。


「勿論だ、伍長。何が聞きたい?」

「機動力とおっしゃいましたが、騎兵の援護があるのでしょうか?」

「無い! しかし、側面を突けば、銃兵単独でも喰い破れると、私は確信している!」

「そ、それでは……補給物資を運ぶ馬車などは……」

「無い! 馬車は足が遅い! 諸君らは背嚢に物資を詰めて運ぶ! 理論上は最適だ。現場の諸君にも、理解できるはずだ、なぁ、軍曹?」

「……はい……同意します」


 歯切れの悪い軍曹の言葉に兵たちの殺気のこもった視線が飛んだ。

 最悪だ。全く現状がわかっていない。


「あの……ヘスター? これって不味いのでは?」

「賢いな、シャーロット。アイツの軍服をお前に着せてやりたいくらいだ」


 ヘスターは呆れ返っていた。


 戦場では上官は選べない。選べないが、それでもこれはないだろう。

 その共通見解が広場に広がっていた。


 しかし、上官が気に食わなければ命令を無視できるほど、軍隊は優しくはない。

 結局、集められた兵は部隊として編成され、命令どおり行軍させられていた。


◇ ◇ ◇


 シャーロットとヘスターも重い背嚢を背負わされながら歩いていた。

 森を越え、丘を超え、敵の補給物資が集められていると目される場所に向かって。

 そう、集められているという場所に……

 確定しているわけではないようだ。


「なぁ……聞いたか?」


 シャーロットたちの前を歩く兵がコソコソと喋っている。


「あの少尉……大層な貴族のお坊ちゃんだってな」

「あぁ……知ってる。軍曹の実家はその貴族の小間使いだそうだ。最悪だな」


 軍曹。

 本来であれば実務経験のない少尉を補佐する立場だが、件の軍曹は少尉の言葉に同意するばかりで、何の役にも立たない。


「シャーロット? 大層な貴族だとよ。お前もそうだったよな?」


 兵の話を聞いたヘスターが茶化すような口調でシャーロットに話しかける。


「ハァ、ハァ、ハァ……ええ、私は……公爵家、ですもの……」


 息も絶え絶えに答えるシャーロット。

 少尉の作戦では物資を兵が背負って行軍する。

 そのために背嚢の重さは通常の倍を軽く超えていた。


 休憩の号令がかかったとき、

 一人だけ、腰を下ろしたまま立たなかった。

 誰も声をかけなかった。


 足を引きずるように歩く兵のせいで、行軍は思うように進まなかった。



「諸君! 大将軍は天よりも高い山道を物資を背負い、踏破し、敵を撃滅したという。我らもその故事に習おうではないか!」


 荷物を軍曹や他の兵に押し付けて、身軽な少尉は高らかに謳う。


 冗談ではない。

 そんな、おとぎ話に付き合わされるこっちの身にもなってほしい。

 厳しい兵の目線に、若い少尉は全く気づいてはいないようだ。


「ハァ……ハァ……私が、きっちりと……貴族とは、上に立つものとは……何が重要なのか……教えてあげますわ……」


 そう言うシャーロットの様子に、ヘスターは軽く笑みを浮かべる。

 このやり取りは何度目だろう。

 歩いているときはこの調子だが、

 休憩になるとシャーロットは疲れから全く動けなくなる。


 その様子を見るのがヘスターは可笑しくて、たまらなかった。


「それは楽しみだ。きっちり教育してやれ」


 ヘスターは笑いながら、シャーロットの荷物を一部、奪い背負った。


「あ、ありがとうがざいますわ……助かります……」


 笑顔を浮かべるシャーロットに


「勘違いするなよ。この中身は肉だろ? アタシが代わりに食ってやる」


 と、キツめの冗談。

 うう……と微妙な顔を浮かべる、シャーロット。

 最後まで優しくしてくれないヘスターだった。



 歩みを進めて、どれほど立っただろう。

 一行は作戦を見返すために、休憩がてら軍議となった。


 と言っても会議室などない。森の切り株を机に話し合いが始まる。

 メンバーは少尉、軍曹。

 伍長数人の他に、軍務経験の長さから上等兵であるヘスターも招かれていた。


 連れて行けと五月蝿いシャーロットを伴って……


「少尉殿。このままでは戦力を維持できません。落伍者が止まりません」


 伍長の言葉に少尉は顎をさする。


「ふむ。何故だ? 森を歩いているだけではないか。」

「背嚢の重さです。規定の倍はやりすぎです」

「ならば、荷物を減らすか」

「それをすれば終わりです。食う物も、飲む物もなければ、撃つ弾もなくなる。とても戦闘など出来ません」


 そうなのか? そんな様子の少尉に、伍長は苛立ちを隠せない。

 軍曹を睨みつけているが、彼は目を背けるばかりだ。


「……上等兵。君の意見はどうだ?」


 話にならないとばかりに、伍長はヘスターに話を振る。

 少し考えた後、ヘスターは喋り始める。


「……先に進むは非常に困難であり、もし進むのであれば細心の注意を払いつつ、早急にする他ありません。ただ、その道行きは入念な偵察と、補給物資が必要かと……」


 暗に撤退を進言している。

 その意図を伍長は正確に感じていた。


「ほう、上等兵。少数民族にしては中々、見どころがあるな。前進。その意気や良し!」


 少尉には伝わらなかった。残念すぎた。

 わざわざ生まれのことを指摘する態度も不快感があるが、当のヘスターはいつものこととばかりに、気にしていないようだ。


 シャーロットは切り株の上の地図を凝視していた。

 何かを考えている。


「……“坑道”がありますわね……これはお使いにならないのかしら?」


 地図の上を指さす。

 一同がその細い指に注目する。


 放棄された坑道がある。

 もし、まだ使えるのであれば、そこを通り、敵の予想拠点を不意打ちできるはずだ。

 更に最短距離なのも素晴らしかった。


「すぐに兵を送り確認しましょう、少尉」


 伍長の言葉に少尉の顔が明確に曇る。

 目を逸らし、汗をかいている。


「……駄目だ。ルートはこのまま、絶対に変えない」


 そう断言した。

 何かを隠している。そんな雰囲気だった。


「軍曹、伍長。君たちは体力の落ちた兵の荷物を持ってやれ。とにかくこのまま進むぞ。軍議は終わりだ! 前進あるのみ!」


 少尉は立ち上がり、荷物を背負って、歩き出した。

 自分の行動で規範を示しているようだが……


「……それっぽっちしか持たないのかよ」


 誰かの声が静かに森に響くのだった。


 第八話 終わり

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