第7話
休息とは、次に生きるための時間だ。
戦場でそれは、次に死ぬための時間になった。
慌ただしく動き回る、王国兵たちから少し離れた、
焼け焦げた小屋の影に、女兵士が二人。
背中合わせに腰を落としていた。
「……私達、生きていますわね……」
「あぁ……信じられないけどな……」
シャーロットとヘスターだった。
あの戦闘をどうやって生き抜いたのか……それは二人にもわからなかった。
敵がどこにいるのか? 誰と、どういう風に戦えばいいのか?
何もわからなかった。
口の中が血と泥の味。
銃を撃ち、目の前の敵にナイフを突き立て、スコップで殴りつける。
それを繰り返している内に、朝になり、気づいたら……
撤退する友軍の列に並んでいた。
「ハァ~……」
二人は重い溜息を吐く。
いまだに信じられなくなり、戦場を思い出して指先が震える。
見れば、シャーロットたちの周りにも同じようにうなだれる兵士達がいた。
敵軍の新戦術は王国軍を窮地に落とし込み、各戦線は後退させられていた。
その結果、彼女たちは“集積地”と呼ばれる場所にいた。
「王国はおしまいだ! 終わりなんだ!」
一人の兵士が立ち上がって叫びだした。
その声は疲れ切った兵士たちの耳に、嫌でも入ってくる。
「みんなも見ただろ!? 敵はこっちの何倍もいて、武器も最新型だ! 飯も白パンを食ってる!」
手を広げ、唾を飛ばし、その目には狂気の色が浮かんでいる。
片腕を怪我したのだろう。荒く巻かれた包帯が痛々しかった。
真実に気づき、それを告発する。
まるで、伝道者のようだった。
「……」
シャーロットは立ち上がり、その男を止めようとしたが、
「座ってろ」
ヘスターに肩を抑えられた。
「ヘスター? ですが、あのままでは……」
シャーロットの言葉にヘスターは静かに首を振るだけだった。
「いいか、みんな? これはもう戦争なんかじゃない! 肉引き機だ! 王国は俺達に死ねと言ってるんだ! 冗談じゃない!」
言葉に酔っている。その口は止まらない。
「俺は逃げる! 国に、故郷に帰るんだ! みんなも行こう! こんなの、もうたくさんだ!」
言葉を紡ぐことに、叫び続けることに夢中で彼は気づかない。
その背後に、泥に汚れていないアイロンの効いた軍服を着た者たちがいたことに。
軍警。憲兵。
「連れて行け」
憲兵の感情を感じない冷たい一言。
叫んでいた兵士は両腕を捕まれ、引きずられていった。
包帯で釣られた腕もお構い無しだった。
「お待ちなさい!」
シャーロットは再度、立ち上がろうとするがヘスターは増々、腕の力を込めたために、立ち上がれない
「座ってろ、と言ってるだろ」
ヘスターはシャーロットの目を見ていった。
そこには懇願。
その意志が強く含まれていることがシャーロットにはわかった。
その様子を憲兵将校は静かに見ていたが、問題なしと判断したのだろう。
騒いだ兵士を連れて、何処かへ行ってしまった。
「ヘスター、何故ですの? 彼は一時的に心を無くしただけ。それだけでしょう?」
「……あぁ。そうだろうな」
「だったら!」
「弱音を叫んでどうする? ここではな……戦場では弱音を吐くことすら重罪なんだ」
ヘスターはそう言った。
周りの兵士も同じ意見なのだろう。
誰も彼もが下を向き、今起こったことを忘れようとしていた。
「つらい。悲しい。帰りたい。当たり前のことを言うのが罪だと?」
シャーロットの言葉にヘスターは目を伏せる。
黒い瞳が僅かに揺れ動くのをシャーロットは見た。
「……そうだ。お前は戦争が、戦場がまともだなんて思っていたのか? ここはな……掛け値無し、嘘偽りなく……」
彼女は少し言葉に詰まりながら、
「地獄なんだ」
戦場の真実を伝えた。
騒ぎはあったが、その後は落ち着いていた。
命令も何も無い。厳しく詰め寄る上官もいない。
温かい匂いにつられ、皆が配食の列に並んでいる。
悲惨な状況でも腹は減る。
それが人間だった。
ヘスターも結局、空腹には逆らえなかった。
「……ほら。貰ってきてやったぞ」
俯いて座るシャーロットにヘスターが野菜くずだらけのシチューを差し出す。
だが、彼女は受け取らなかった。
ふぅ~と、息を吐き、シャーロットの前に器を静かにおいて、
隣りに座る。
「食っておけよ。後々、辛くなる」
ヘスターはそう言いながら、シチューを口に運ぶ。
味はしなかった。
「……彼は、どうなるのでしょう……?」
「さぁな。少し怒られて、終わりじゃないか?」
ヘスターは下手な嘘を付く。
彼女らしくなかった。
「彼を救えなかった。私は……」
シャーロットは呟く。
ヘスターは答えない。
シチューを口に運ぶしかしない。
「私は貴族なのに……彼を見捨てた……」
声が震えている。
ヘスターは何も言わなかった。
「ノブレス・オブリージュ。それこそが私が……」
「救われたさ」
シャーロットの言葉をヘスターが遮った。
「導かれたとかはよくわからないけどな。少なくとも、命を救われた女がここにいる」
彼女は野菜についていたのだろう。
シチューに入った虫を苦い顔で見つめながら、放り捨てる。
「シャーロット。アタシはお前に命を救われた。それだけは確かだ」
ヘスターはシャーロットを見ない。シチューをかけ込む。
空になった器を地面においた。
「……食わないなら、もらうぞ?」
シャーロットの前に置かれたシチューを見ていた。
なぜだかその様子が暖かくて、嬉しかった。
「いえ……これは私のシチュー。食べますわ」
そう言ってシャーロットは不格好に笑った。
「……そうかよ」
食いそびれた。そんな様子で壁に背中を預けるヘスターだったが、
シャーロットがスプーンの音をさせ始めると、満足げに笑うのだった。
食事を終えてもやることはなかった。
戦場から集まる兵士たちは増えるが、命令も仕事もなかった。
ただ、ダラダラと座るのみだった。
「ヘスター、このままどうなるのでしょう?」
「噂だと反攻作戦があるそうだ」
「反攻作戦? どこでそんなことを?」
「知るか。どうせ、ろくでもない考えだろ」
「あの目出し帽の戦い方に対策などあるのでしょうか?」
「さぁな。まぁ……考えても無駄だ。カードでもやるか?」
ヘスターは背嚢をあさり始める。
「嫌ですわ。ヘスターはイカサマしかしないですもの」
ヘスターは笑う。
「おお? やっと気づいたか。もう少し稼げると思ったのだけどな」
もう……と、不満げな声を漏らしたシャーロットだったが、
広場に集まった兵士の前に部下を連れた下士官を見つけた。
何やら名簿をもっている。人数を集めていることがわかった。
「シャーロット……目を伏せて、病気のふりをしろ」
「え? へスター。どういう事?」
「いいから、早くしろ」
そんなやり取りをする内に、下士官が目の前に立っていた。
「お前と、お前。ついてこい」
そう言ってシャーロットたちを指さした。
「……最悪だ」
ヘスターは呟いた。
この状況で選ばれる。
それは最悪としか言えない状況に投入されることを意味していた。
第七話 終わり




