夜明けは、希望と限らず
皆さま、こんにちは。そして、お待たせしました。
仕事があまりにも忙しく、暫くぶりの掲載となりましたこと、心からお詫びさせて頂きます。なんでシルバーウィーク過ぎてからが本番になるんですかね…。
とまぁ、色々と揉まれながら窮地は脱することができました。これからも引き続き、応援をよろしくお願い致します。
では、どうぞ。
セーフハウスを出て幾ら歩いただろうか。昨日の長い一日に比べれば、拍子抜けするほど短い時が経った。
「着いたぞ、ここだ」
「ここが……」
森を抜け、視界が広がった瞬間。目に飛び込んできたのは、旧時代に造られたであろう巨大なシェルターだった。
シェルターの周囲では、複数の人間が慌ただしく動き回っているのが見えた。全員が白衣を着用し、紙類や遺物らしきものをせっせと箱へ詰め込んでいる。彼らがムセイオンの人員だろう。
「すまない! 遅くなった」
ボドロがその内の一人に話しかける。男はボドロを一瞥すると、嫌悪感と失望を煮詰めたような視線を投げかけてきた。
「……来たぞ。ケルテさんを呼べ」
側にいた仲間に短く指示を出す。一人が奥へ駆けていったのと引き換えに、次から次へ人が集まってきた。白衣を着た者、腕に噛まれたような生々しい傷を負った者、煤と汚れにまみれた者。全員が一様にこちらを睨みつけ、憎悪、あるいは剥き出しの殺意を隠そうともしない。
間違いなく「敵」と認識した相手へ向ける態度。戦場に慣れた俺たちですら、思わず銃のグリップに手を伸ばしかけた。
「なんだコイツら……様子がおかしいぞ」
「ちょっと待て! 遅れたことは謝罪する! 俺たちはただ、物資を取りに来ただけで――」
「聞く耳を持ってくれてるとは思えないわね……」
刺さるような刺線と、異様なまでの静寂。
「ケルテさん、コイツらです」
「時間も守れず、しでかしたことの自覚すら無いとは……全く軍人というのは、愚かなものだ」
ムセイオンの人員を掻き分けて現れたのは、一際背の高い金髪ヒョロガリの男だった。眼鏡の奥の目を不機嫌そうに細め、白衣の上に軍用のコートを羽織っている。
「お前は……」
「ボドロ、なんだこの学者先生は」
「ほう、初めて見る者も居るな。なら今一度名乗っておこうか。私は君たちと違って誠実なのでね」
男はコートの襟をゆっくりと正し、改めて俺たちに向き直った。そこに宿る侮蔑と嫌悪は隠しようもない。
「私はデズモンド=ケルテ。ムセイオンの幹部で、この遺跡の責任者をやらせてもらっている。……もっとも、君たちのせいでその肩書も無くなりそうだがね」
「さっきから意味が分からねぇよ! 教えてくれ、俺たちが何をやったってんだ!?」
「ハァ~……昨晩、森で信号弾を撃ったバカは誰かね」
「……っ!」
マヌランが息を呑み、小さく拳を握り締めた。周囲のムセイオンの連中から、刺すような殺気が一斉に彼女へ注がれる。
「やはり貴方がたですか。あの信号弾のせいで、ファンタジスタとレコンキスタ双方の哨戒網がこの遺跡を嗅ぎつけようとしているんですよ。おかげで我々は、発掘を放棄して撤収せざるを得なくなった」
「……後悔はしていないわ」
マヌランは怯む視線を振り払い、翼を大きく広げてケルテを鋭く見据えた。
「昨夜は仲間が死にかけていた! 信号弾を撃たなきゃ、ボドロもウィリアムもあの化け物に喰われてたのよ! 仲間の命を救うためなら、私は何度だってあの引き金を引くわ!」
「ハッ、失笑ものだな。貴方たちの安い命などどうでもいい。そんなもののために崇高な研究を汚されたことの方が、遥かに重大な罪です」
「なっ……! 人の命を何だと思ってるのよ!」
人命すら下に見る物言いに、マヌランは激昂して詰め寄ろうとする。だが、ケルテは鼻で笑うと、作業に戻るよう部下に冷たく指示を出した。
「我々は今、撤収作業の真っ最中なのです。泥棒同然の兵隊に分け与える物資などありません。すぐにお引き取りを。…勿論ですが、次の調査地点の共有などもしませんので。せいぜい補給先を潰した戦犯として、お仲間に裁かれてください」
完全に冷め切った拒絶。万策尽きたかのような空気が流れる。
「ま、待ってくれ!」
ボドロが地面に膝をつき、頭を泥に擦り付ける。確か東洋の「ドゲザ」というものだったか。
「このとおりだ! 悪いのは合流が遅れた俺だ! せめて物資だけでも……あいつらに分け与えてくれ!」
「ボドロ、やめなさい! なんであんたが頭を下げるのよ!」
マヌランが叫び、ボドロの肩を掴んで引き上げようとする。だがボドロは動かない。マヌランは唇を噛み締めると、ボドロの横に屈み込み、自らもケルテに向かって強い眼差しを向けた。
「……撃ったのは私よ! 責任なら私が取る! 奴隷にでも何にでもなるから! だから……コイツらに物資だけは渡しなさいよ!」
自尊心の高いマヌランが、仲間のために自身の身を差し出そうとする必死の懇願。だが、ケルテたち研究員は冷ややかに一瞥しただけで、作業を続けようとする。
補給は絶たれ、協力関係も破綻。おまけに戦犯扱い――最悪のシナリオが目の前に迫っていた。
(まずいぞ……考えろ……考えろ……!)
現実の時間にして、わずか数秒。思考の海を狂おしい速度で巡らせる。
こいつらは学者だ。命より研究成果を尊ぶイカれた連中だ。力で脅しても動じないか……ならこいつらの『喉から手が出るほど欲しいもの』ならどうだ?
だがそれは何か? 遺跡の発掘なら遺物? そんなものは持ってない。他に何か無いのか?
――もし『研究したくてもできないもの』があるとしたら?
この瞬間、俺の頭は人生で一番フル稼働したと思う。遺跡に着いてからの視界、連中の装備、怪我人の存在――全てのピースを繋ぎ合わせ、俺は一つの賭けに出た。
「――おい、学者先生さんよ」
あえて挑発的な口ぶり。まずは足を止めさせる。案の定、苛立ちを隠さずにケルテが歩みを止めた。
「ハァ~~~……ゴミの分際でまだ何か?」
「あんたら、研究が大好きなんだろ? なら、モンスターの情報なんかには……興味は無いのか?」
「……ほう?」
瞬間、ケルテの目が侮蔑から、危険な好奇心へと跳ね上がった。俺の読みは当たった。
「俺は昨晩、初めて奴らに遭遇した。あんなもの、興味をそそられねぇ筈がねぇよな? だがあんたらはまともな武器を持っていない。もし持ってるなら、俺たちが来た瞬間に突きつけてるはずだ」
「ふむ。まぁ、そうですね」
「だが、好奇心は抑えきれなかった。アンタの部下の中に、生々しく噛まれた怪我人が居たのがその証拠だ」
「良い観察眼です。ですがそれが、我々にどう関係すると?」
「その仕事、俺たちなら代行できるぜ? 嘘だと思うならコイツを見ろ。昨日遭遇したやつの記録が満載だ」
俺の切り札――手帳を取り出す。ケルテの瞳から完全に憎悪が消え去り、むき出しの知的な飢餓感がこちらへ注がれた。
「見せなさい」
俺の手から半ば奪い取るように手帳を掴むと、周りの調査員たちと肩を寄せ合い、食い入るようにページをめくっていく。その表情は驚愕、疑惑、感心と目まぐるしく変化し、最後は息を呑む感嘆に落ち着いた。
「……素晴らしい。これは実に貴重なデータですよ」
ケルテが手帳を返してくる。場の空気が、完全な拒絶から「取引のテーブル」へと明確に変質した。
「特に、なぜそこのコボルトが居ながら到着が遅れたのかが甚だ疑問でしたが……なるほど、今回はドリュアスの活動開始時間が早すぎる。文献にもない行動パターンだ」
ドリュアス。そういえばあのモンスターの名前を知らなかったが、なるほど適切かつ皮肉に塗れた素晴らしいネーミングセンスだ。
「そ、そうなのか。道理で経験が通用しなかった訳だ」
ボドロが肩の力をガックリと落とす。ケルテですら認める実力を持つボドロが今回の事態に陥ったのは、完全なイレギュラーだったのだろう。
「良いでしょう。この成果に免じて、挽回のチャンスを差し上げます。私の研究室まで来なさい」
そう言い残し、ケルテはコートを翻して奥へ歩き出した。
「ふぅ……何とか助かったみたいだな」
ボドロが大きな息を吐き出す。マヌランは握りしめていた拳をゆっくりと解き、ウィリアムの横顔を真剣な目で見つめた。
「……ウィリアム。助かったわ。まさかあんな方法で切り抜けるなんてね」
「気にするな。お前が昨夜あそこで信号弾を撃ってくれなきゃ、俺もボドロもここにいなかった」
「フン、慰めはいらないわよ。……でも、これで貸し借りなしとは言わせない。私が作った原因だもの、この後の『課題』とやらは、私が一番身体を張って片付けてやるわ」
鋭い眼光を取り戻し、マヌランは不敵に口元を吊り上げた。
「おいおい、張り切るのは良いが、まだ何をやらされるか分からねぇんだぞ」
「何が来ようと関係ないわ。さっさと聞いて、片付けちゃいましょう」
最悪の窮地を脱した俺たちは、マヌランを先頭に、ケルテの背中を追って歩き出した。
ご拝読、ありがとうございました。
最近寒くなってきましたが、皆さま体調は大丈夫でしょうか。私は最近お腹が痛いです。お互い気をつけていきましょう。




