光に連れられ、光なき所へ
皆さま、こんにちは。
今回でプロローグは終わりでございます。初めて書く小説なので、プロローグを完結させられただけでも達成感はひとしおです。
どうか最後まで堪能下さいませ。ではどうぞ。
エルフとのやり取りからしばらくして。
いまだ心身は限界であったが、あのとき貰えた水が、かろうじて意識を無に繋ぎ止める程度の余裕を生み出していた。
「止まれ」
冷徹な声が現実へ引き戻す。顔を上げると、巨大な門が切り立った崖に鎮座していた。
おそらくは旧時代に使われていた地下採掘場跡。今の俺は、門を見上げて転倒しないよう踏み留まるのが精一杯であった。
隊長が前に出て、右手を掲げる。
視線の先に目をやると、監視カメラが巧妙に隠されているのが見えた。古いながらも、要塞として堅牢に構築されているようだ。
暫くすると、門の覗き穴がカシャッと開く。中から覗く目は、殺気を以てこちらを見つめていた。
「隊長、後ろに居るソレはなんです」
「入隊希望のバカだ。入れろ」
覗き穴が閉じると、数瞬の後に「ガコン!」と鈍い重音が響く。
地鳴りのような音と共に巨大なゲートが開門した。内側から流れ出す淀んだ空気も相まって、まるで怪物が口を開けたようだった。
「一兵卒。このまま執務室へ直行する。ついて来い」
そう言い捨てると、隊長は再び歩き始める。傍らの二人、そして自分がそれに続いた。
中は、吊り下げられた丸裸の電灯だけが頼りの、酷く薄暗い空間であった。要塞としては優秀だが、そこに居る人間の都合など微塵も考えられていない設計。それがこの部隊のあり様を簡潔に示していた。
門を潜ると、外との明るさの兼ね合いだろうか、視界がよりクリアになる。そこで俺が見たのは、左右に分かれて隊列を組む部隊員の姿であった。
ヒト、エルフ、オーク、コボルト――その他多様な種族が軒を連ねている。レコンキスタではあり得ない光景だ。
表情を見るに、戦地から帰還した隊長たちの歓迎だろう。だが、その歓喜は俺を視界に捉えた瞬間、怪訝な色へと変わる。疑問、苛立ち、そして殺意。様々な感情が渦巻いているが、俺が歓迎されていないことだけは確かであった。
「なんだコイツ、正規軍みたいだが」
「人間がここに何しに来やがった」
「隊長、何考えてやがる」
ここに来て、足が笑い始めそうになる。だがここで弱みを見せれば、あっという間に貶され、蹂躙されるだろう。リンチは、 塹壕でも見たことがある。あんな風にはなりたくない。その一心で、俺は前だけを見据えて毅然と歩き続けた。
基地の最奥、見るからに堅牢な鉄門の前に到達する。二人の門番が扉を開けた。こいつらは俺に殺意を向けてこない。というより、そもそも感情すら向けられていなかった。
「入れ」
隊長の声が刺さる。三人の後に続いて部屋に入った後、扉は再び固く閉められた。
さっきまでの罵詈雑言が嘘のように、執務室は静寂に包まれている。
塹壕以来、背を向け続けていた隊長がいよいよ向き直った。甲冑越しの視線が氷柱のように突き刺さる。本来の構成である三人に突如としてくっついて来た異物――彼の中での俺は、そういったところだろう。
「ふん、ここまで付いてきたか。ベルとソロから道中の経緯は聞いている。最低限のところはクリアだ」
英雄が認めてくれた。最低限、という含みはあれど、その事実が俺を高揚させる。
「ははは……そりゃどうも。で、次はどうするんだ。突撃か? 偵察か?」
軽口を叩いた瞬間、隊長の雰囲気に鋭い殺意が宿る。
「口を慎め、一兵卒。信用もできん新入りに最前線を任せる訳がないだろうが」
自身の決意が一蹴された。戦乙女は馬鹿を見るような目でこちらを向き、エルフはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「明日追って指示を出す。今日は速やかに休息せよ。俺からの指示は以上だ」
期待されていないのか、純粋にこれまでの旅路を踏まえた休息なのか。恐らくは両方だろうが、やっと与えられる束の間の平穏に、全身の力が抜ける感覚があった。
「ベル、コイツを寝床に案内しろ」
戦乙女――ベルと呼ばれた少女が目を見開いて隊長に向き直る。なんで私が、と言わんばかりの勢いだったが、仕方ないとばかりに再びこちらを向いた。
「付いてきて、バカ」
いきなりの罵倒に一瞬苛立ったが、道中でも痛感した実力差を踏まえ、大人しく従うことにした。
鉄門を潜り、もとの掃き溜めのような基地に戻る。
周囲から再び殺気と不快の感情が立ちのぼる。だが、奴等は視線を送ってくるだけで一定の距離を保っていた。どうやらこの戦乙女は、部隊内でもかなりの実力者として恐れられているようだ。図らずも守られている形となってしまった気恥ずかしさと共に、少しでも気を紛らわそうと俺は口を開いた。
「あんた、ベルって名前だったんだな」
「喋らないで、臭い」
ドストレートな罵声が心に刺さる。だが俺は諦めない。
「そんなこと言うなよ……これから一緒に戦う仲だろ」
「あんたと肩を並べるなんて、死んでもゴメンね。今こうやってゴミを案内してるのも、隊長の命令で仕方なくよ。勘違いしないで」
「あぁそうかい! ゴミのエスコートお疲れ様ですね!」
先ほど恐れた実力差も忘れ、言い合いに興じてしまう。疲れからか、無謀さにも拍車がかかっているのだろうか。
下らない言い合いの後、階段を降り、幾多の眼差しを掻い潜りながら着いた先は、およそ部屋とも呼べない簡素な洞穴であった。
「ここがあんたの部屋。ゴミにうってつけのゴミ箱ね」
キレそうだ。だが耐える。
「案内ありがとうございました、ベル様」
敢えて仰々しく返事をしたことが大層不快だったようで、彼女はそのままスタスタと早足で歩いていく。
足音が聞こえなくなった辺りで、膝の力が一気に抜けた。そのまま用意された寝床へ倒れ込む。
「あぁ……やっと横になれたか」
言い合いでもしなければすぐにでも倒れてしまいそうな状態で、軽口を叩くことが気力を振り絞る最後の方法であった。ハッキリしない意識の中で、ポケットからハンスのドッグタグを取り出す。
「よぉハンス……俺はまだ生きてるみたいだぜ」
ドッグタグがチリチリと微かな音を立てる。俺の生還を祝う拍手か、或いはこれまでの顛末を見て、手を叩きながら笑い転げているのか。
「女の子に酷いこと言っちまったかもな……今度謝らねぇと………」
そう呟きながら、俺は明日も続くであろう苦難への足掻きに備え、静かに目を閉じた。
今回でプロローグは以上となります。まず3回の投稿となりましたが、続けて読んで頂いた方、本当にありがとうございました。そして第三話から入って頂けた方、次からもよろしくお願い致します。
次から二章に突入しますが、主人公のさらなる物語にご期待ください。では、また会いましょう。




