光に近く、しかして光そのものでなく
皆さま、こんにちは。
イージスです。
数日振りの投稿となります。一話目って結構勢いで何とかなりますけど、二話目になった途端難しくなりますね。小説の本番開始って感じです。
あと、一話が50PVに迫っていたのが凄く嬉しかったです。小説を書くのがやめられなくなる理由、わかる気がします。
今回も私なりに頑張って書いてみました。最後まで読んで頂ければ幸いです。
「よし、じゃあ行くぞ」
「え? ちょっと待ってくれ、まだ荷造りとか――」
「入隊を志願したんだろ。そして俺が許可した。よって我が部隊の物資はここに無い。速やかに本部へ戻り補給を行う」
隊長の脇に控える二人も、さも当然のように歩き始める。本気で出発する気だ。塹壕内で整理などしていれば、間違いなく置いていかれる。
俺は慌てて塹壕へ跳び入り、ハンスの遺体に駆け寄った。相変わらず、少しも動くことはない。
「すまない、もう少し丁寧にお別れしたかったんだがな」
首にかかっていたドッグタグを外す。何があろうとも、これだけは置いていく気になれなかった。
「特等席が希望なんだろ。連れてってやるよ。間近で刮目しやがれ」
回収したドッグタグと、元々持っていた愛銃・GeW13。この二つだけを携えて、俺はヤスカヤ支隊の戦列に加わることになった。
思えば、塹壕に籠もってからの三ヶ月間、まともに歩いていなかったように思う。魔法と砲撃で耕された戦地は、泥となって俺の足を絡め取って離さない。まるで戦場に蔓延る怨念が、俺を逃がすまいと足を引っ張っているかのようだ。
こちらがついて行くだけで悪戦苦闘しているのをよそに、三人は散歩でもするかのような軽やかさで歩を進めていく。一人だけ場違いであることを嫌でも痛感させられたが、それでも今の俺は、物語の一員になろうとしている満足感に満たされていた。
直前まで繰り広げられていた惨劇の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
硝煙と血煙が舞う死線の中、突如として割り込んできた彼らの戦いぶりは、圧倒的という言葉すら生ぬるいものだった。洗練された殺戮。あまりにも鮮やかな破砕。
死にかけた頭の片隅で「不謹慎だ」と理解しながらも、俺の心臓は激しい高揚で警鐘を鳴らし続けていた。アドレナリンが全身を駆け巡り、恐怖すら灼き尽くしていく。
一兵卒の分際で、無謀にも彼らの後を追いかけながら、俺は熱を帯びた吐息と一緒に問いをぶちまけていた。
「な、なぁ!あんたたち、あの戦い振り凄まじかったよな。なんであんなに戦えるんだ?」
「……」
隊長は答えない。そのまま歩を進めていく。
「…あの」
「貴様に発言を許可した覚えはない。このまま歩き続けろ。従えないなら置いて行く」
冷徹に言い捨てた後、また沈黙の時間が訪れる。
物語の中の英雄とは快活で仲間想いな印象だったが、これが現実であることを俺は実感させられた。
陣地を発ってから、二時間ほど歩いただろうか。
いまだ目的地にたどり着く気配はない。時間を尋ねたくても、沈黙を命じられている以上それすら叶わない。
足が限界を迎え始めているのが分かる。重い鎧まで着込んでなお毅然と歩を進める三人に対して、銃とドッグタグしか持たない俺はフラフラとついて行くのがやっとだ。戦闘以前に、そもそもの生物としての能力差を突きつけられていた。
不意に、三人のうちの一人――戦乙女が隊長と何か言葉を交わすのが見えた。しばらくすると彼女は歩幅を緩め、俺の隣へと並ぶ。
自分より少し年下に見える少女だが、身につけている鎧は壮年の兵士が着てようやく釣り合うほど年季が入ったものだ。そのギャップが、この部隊の異質さを改めて物語っていた。
「隊長から許可を貰ったわ。少しだけ会話を許す」
想像通りの、透き通った声。足の苦痛から意識を逸らしたかった俺にとって、それは願ってもない救いだった。
「あ、ありがとう……すみません、この移動はあとどれくらい続きますか」
肉体的、精神的な摩耗と、目の前の相手との圧倒的な「差」。それが情けないほど話し方に出てしまった。
「あと二時間ってところかしら。でも、今のあなたじゃそこまで保たないわね」
与えられた安堵と、それが不可能であるという通告。限界を迎えていた心がさらに追い詰められる。
「一つだけアドバイスしてあげる。キャンプに戻れば新しい銃が支給されるわ。だからソレは捨てていきなさい。そうすれば余裕ができる」
「そんな……」
彼女の言い分はぐうの音も出ないほど正しい。銃はそれだけで数キロの重りだ。投げ捨てていけば楽になるのは明白だった。
だが、それで良いわけがない。
「それは……それはできない。こいつと仲間のドッグタグだけは、何もない今の俺にとっての全てなんだ」
「あっそう。じゃあ勝手にしなさい。付いてこれないなら置いていくだけだから」
言い捨てると、戦乙女は再び前方の陣形へと戻っていった。
意識させられた途端、銃の重みが一段と増したように感じる。スリングが肩に食い込み、呼吸すら阻害していく。だが、胸元でチリチリと鳴るドッグタグが、冷たく存在感を主張していた。
――変なところで必死になりやがって。
ハンスの呆れた笑い声が聞こえた気がした。
「こんなところで負けてられっかよ…! 思い出を捨ててまで何かになる気はねぇぞ…!」
あと二時間。その言葉だけを唯一の道しるべにして、俺は再び絶望の行軍へ身を投じた。
やり取りから一時間ほどが経過した。
もはや思考すら停止していた。右脚を出す、左脚を出す。ただそれだけを機械的に身体へ命じ、意識を麻痺させて防衛本能で動いている状態だった。自分を繋ぎ止めているのは、思い出を捨てないという意固地な覚悟と、止まれば置いていかれるという恐怖だけだ。
ぼやける視界の中、今度は仮面の男がこちらへ近づいてくるのが見えた。
戦場で目撃した時から疑問だったが、奴の着衣はレコンキスタのものではなく、どちらかと言えば敵対するファンタジスタのものだ。なぜここに居るのか。その答えは、仮面の隙間から覗く長い「耳」が物語っていた。
エルフだ。
ファンタジスタの三割を占めると言われる種族だが、レコンキスタとは本来、決して相容れない存在のはずだ。なぜヤスカヤ支隊に居るのか理解が追いつかない。
混乱する俺をよそに、エルフは仮面の奥から品定めするようにこちらを凝視していた。興味など微塵もなさそうだった戦乙女とは対照的に、奴は好奇の視線を隠そうともしない。
「結構早くリタイアすると思ってたんですが、粘りますねぇ! でもかなり限界が近いご様子。彼女からの忠告は守らなかったんですかぁ?」
軽薄で、こちらを小愚弄するような口調。だが今の俺には、怒りすら湧いてこない。
「ハァ…ハァ…あぁ、大事なものなんでな。言っとくが、言葉でへし折ろうってんなら諦めな。さっき彼女にやられてるんでね…!」
「ほぉ、まだそんな減らず口が叩けるなら大丈夫そうですねぇ。ですがおあいにく様、私は煽りに来たわけではなく――」
軽薄な空気が一変し、エルフの声から底冷えするような殺意が滲み出た。
「私があなたに聞きたいのは、ここに志願した理由です。答えによっては、処分するのも厭わない。…嘘でないことは、分かりますね?」
冷徹さ。それは戦乙女からも感じたものだったが、エルフの放つ圧力には明確な殺気が混ざっている。なぜ味方であるはずの俺にここまでの感情を向けるのか。疑問は尽きなかったが、一つだけ確かなことがあった。
――回答を間違えれば、本当に殺される。
「じゃ、早速始めましょうか。第一問。あなたはなぜ、この部隊に入ろうと思った?」
「…あんたたちに憧れたからだ。初めて戦場で見たとき、不謹慎かもしれないが、綺麗だって思っちまった。あんたたちみたいになれたら、どんだけ素晴らしいだろうかと」
「へぇ、あの時そんな風に思ってくれてたんですねぇ、どうもどうも。ですが我々も一兵士、身の丈に合わない幻想を抱かれても困るんですよ。あなた、そこら辺の区別はついてます?」
「当然だ。物語みたいに綺麗事だけじゃないなんて分かってる。部隊に所属した以上、そこに文句なんて一つもないさ」
エルフはしばらく俺を凝視していたが、偽りがないと判断したのか、再びいつものおちゃらけた調子に戻った。
「なるほど、良いでしょう。では第二問。今我々はファンタジスタ――亜人属と戦争状態にあります。あなたも戦友を失ったりしたでしょう。そこでですが…あなた、亜人属を一斉に殺せる手段があったらどうします?」
「別にどうもしねぇよ。人間だろうが亜人だろうが、人は人だろ」
「ほぉ、そんな綺麗事が言えるんですか。何なら今も、私に殺意を持ってたりしません?」
「無いな。正直、レコンキスタに亜人が居るってことには驚いたが、そういう部隊もあるんだろうとしか思わん」
「なるほどなるほど…その言葉も嘘ではないようですねぇ。分かりました、では次に――」
エルフの雰囲気が一層恐ろしく跳ね上がる。膨れ上がる圧力を前に、俺は覚悟を決めた。
「さっき『物語』という言葉が出ましたが……あなた、もしかして何か書いてたりします?」
「え? あぁ…幼稚なもんだが、一応」
「ほうほう! 良いですねぇ。魔法で見させてもらった限り、冒険譚…それもこの戦争をモチーフにしてるみたいですねぇ」
「なっ…!?」
読まれている。色んな意味で。
透過呪文か何かを使ったのだろう。表に出せるレベルではない駄作を勝手に覗かれたことに、激しい焦りと恥ずかしさがこみ上げる。
「ハハ…こいつは恥ずいな」
「いえいえ、創作活動、大いに結構じゃないですか。ただ――」
瞬間、胸ぐらを強く掴み上げられた。
魔術師はもやしっ子だという偏見を打ち砕くほどの腕力。足が地を離れ、酸素が途絶える。
「あなたの物語、お仲間の死なんかも描写されてますよね? あなたのお仲間がどうなろうと知ったこっちゃないですが…それを我々にもするつもりですか?」
「な…に…」
「この際言いましょう。我々は独立義勇軍です。居場所の無い者が寄り集まってできた最後の砦です。これまであらゆるものを失ってきた」
エルフの言葉に、はじめて歪んだ熱が宿る。
聞いたことがある。独立義勇軍――ファンタジスタからの逃亡兵や、レコンキスタから溢れた逸れ者の集まり。危険地帯への突撃を担わされる、捨て駒の部隊だと。
「消耗品として扱われる我々にも矜持がある。その矜持まであなたの物語として消費されるのであれば…私はあなたを許すことができない…!」
「がハッ…あ…ッ!」
視界が明滅する。肺が引きちぎれそうな激痛の中で、俺は必死に声を絞り出した。
「確かに…俺の頭が甘かったかもしれねぇ……そこは、詫びる……! だがな、誓って消費なんかしたりしない……! 俺の物語はな、死線を這いずり回って、最前線で足掻いて足掻いて死んでいくまでの生き様を直接見届ける物語なんだ…!」
ポケットからハンスのドッグタグを取り出し、エルフの面前に突きつける。
「 俺はこいつと約束した! この不条理な地獄の特等席で、最後まで足掻き切って見届けてやるってな……! 観客のままで終わる気は無い…死ぬまであんたらと同じ地獄で立ち続けてやる…!」
酸素が完全に途絶えかけたその時、首元にかかっていた力が不意に抜けた。
俺は泥の中に崩れ落ち、生まれて初めて経験する呼吸のありがたさを噛み締めるように血吐く呼吸を繰り返した。
しばらく天を仰いでいたエルフは、ひとつ深呼吸をすると、静かにこちらへと向き直った。
「…なるほど。その物語にも、あなたなりの矜持があるのですね。失礼しました」
奴は懐から水筒を取り出すと、地べたの俺へ差し出してきた。全身の細胞がカラカラに干からびていた俺は、水筒に齧り付く勢いで中の水を飲み干した。
「これは、手を上げてしまったことへのお詫びです。あなたの内面は理解できました。ありがとうございます」
さっきまでの殺意が嘘のように、礼節の行き届いた仕草で水筒を受け取るエルフ。俺はその意味が分からず、首をかしげることしかできない。
「そうそう。最後に――《合格》ですよ、あなた」
「え? それはどういう――」
問いかける前に、エルフは音もなく元の陣形へと戻っていた。再び、しんと静まり返った沈黙が訪れる。
だが、足を動かし続け、あの問答を潜り抜けたからだろうか。
重苦しかった周囲の空気が、最初よりもほんの少しだけ、軽くなっている気がした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
一つ気になるのですが、世界観の説明等は個別に一章丸々使ったりしたほうが良いのでしょうか。特に説明もなく進むのもそれはそれで味がありますが。
皆さまの意見を教えて頂けると幸いです。
それではまた会いましょう。




