泥を喰らい、光を追う
こんにちは、イージスです。
今回初めての投稿となります。勝手が分かりません。実力も知識もありません。でも、自分の書きたいと思う全てをぶつけたつもりです。
アドバイス、批評、なんでも歓迎です。皆様の楽しめる作品を生み出せるよう、今後も努力していきます。
小さいときから御伽噺が好きだった。
鮮やかな冒険譚、カッコいいヒーロー、魅惑的なファンタジー。
大きくなれば自分もそんな物語の一員になれると思っていた。
でも違った。
時は新西暦145年。ニューロッパ:ラカス平原。
「あー、この銃もう使えねぇな。お前のやつくれや」
「昨日死んだトーマスのがあったろ。俺のはずっと愛用してんだからな」
ハンスのふざけた要求に半ば呆れながら答えるのもいつものことになった。にらみ合いを続けて3カ月、こんなやり取りすら暇つぶしにせざるを得ないくらい退屈だ。
憧れた冒険譚は泥まみれの塹壕戦に、カッコいいヒーローにはなれず、ファンタジーは俺を殺そうとしている。こんな現実の中で、俺は今日も生き残るためだけに生きていた。
「そういやトーマスのやつ、遺体はどうなったんだ」
俺は小銃のボルトを引き、薬室に詰まった埃をふっと息で吹き飛ばしながら尋ねた。ハンスは足元に転がっていた空き缶を爪先で小突き、うしろへ蹴飛ばす。
「ダメだったらしい。指の一本も見つからなかったんだと。家族も居たのにやるせねぇな」
「俺たちもあんなふうになっちまうのかねぇ。或いは豚どもにふっ飛ばされるか……お前はどっちが良いのよ」
ハンスは湿気た煙草の箱を取り出したが、中の一本が泥で濡れているのを見て、吐き気をもよおしたようにそれを投げ捨てた。
「まだ死なねぇよ。こんなつまんねぇとこで死んでられるかっての」
「例の物語ってやつ? そんな純粋なこと言ってられんの、マジ羨ましいぜ。ま、応援しとくわ」
ハンスがいそいそと持ち場へ戻ろうとした瞬間、足元の空き缶がカタカタと振動し始めた。塹壕に籠もって3カ月の俺たちにとって、それが何を意味するのかは明白だった。
「伏せろ!」
ハンスが叫び、俺たちがそのようにしてから数瞬の後、すぐ側の地面が音もなく「爆ぜた」。それは、暫くの膠着が止み、敵の襲撃が始まった合図である。
味方の小銃、機関銃、野砲による応射も始まり、先ほどまでの静寂が嘘のように、地獄の騒音が鳴り響く。
「ああクソ! やりやがったなデミ共が! ハンス無事か!」
フラフラと立ち上がってから、すぐに銃口を向こう側に向けて発砲する。ハンスも応えるまでもなく、応射を開始していた。
どこかの兵士が青白い光に飲まれた。弱々しい悲鳴を上げながら倒れ込み、動かなくなる。
俺はあんな風に死にたくない。こんな何もないまま、死んでたまるものか。
とにかく引き金を引き続ける。俺の持つGeW13の装弾数5発を全て撃ち切り、リロードを始めようとした辺りで、目の前に青白い光が迫ってくる。
「うぉっ!」
反射的に屈み、辛うじて直撃を避ける。その状態が、周りを見渡す一時の余裕を与えた。そしてその余裕が与えたのは、戦友が傷を負い、へたり込む姿であった。
「ハンス!」
どこで負傷したのかは分からないが、右脇腹を焼かれ、血が大量に出ている。素人目に見ても絶望的な傷であることは明らかだったが、それでもなお、身体は治すための方法を模索する。
「ハハ…やっちまった。トーマスみたいに一瞬で逝けたら良かったのに」
「良いから黙れ…! ちょっと待ってろよ、今助けるから」
「間に合わねぇよ。自分のことだからよく分かる。それよりも、もっとやべぇのが来るみたいだぜ」
ハンスの言葉で辺りに意識を戻すと、応射の音に混ざって叫声が近づいてくる。《魔法》による撃ち合いの後は《突撃》、奴らの常套手段だ。
ハンスは力なく笑い、血で汚れた手で俺の肩をポンと叩いた。その指先から急速に熱が奪われていくのが判る。
「俺は……先に逝って、特等席で待ってるわ。だからお前は、死ぬまでにそこら中でパーッと暴れてこい」
ごほっ、とハンスが黒い血を吐き出し、歪んだ笑みを深めた。
「あの世で会った時にさ……お前の『物語』の続きを聞かせてくれよ。退屈させたら、化けて出てやるからな」
そう言った後、戦友は力なく項垂れた。俺の物語を小馬鹿にしながらも否定はしなかった大事な理解者は、死んだ。
暫く呆然としていると、上官が耳元で怒号を上げる。
「何をやっている! 突撃だ! 塹壕から出ろ! ここに居ても死ぬだけだぞ!」
友軍は既に梯子をよじ登って突撃を開始しているようだった。慌てて近くの梯子に手をかけるが、最後にハンスを一瞥する。やはり少しも動いていなかった。
「…すまない」
手向けの言葉だけ送ってから、梯子を伝って地上に躍り出る。
考える間など無い。ただ目の前を走り、敵を殺す。それだけを目的とした生存競争が始まった。
地上に出た瞬間から、辺りでは押し合い圧し合いの殺し合いが始まっていた。一方は俺たち人間だが、もう片方はそうでない。ある者は筍の様な耳を持ち、ある者は緑の肌を持ち、ある者は毛むくじゃらだ。
《亜人属》。ファンタジーの登場人物は、人類の敵として容赦なくこちらを殺しにかかってくる。
恐怖を叫びで押し殺し、目だけを彷徨かせながら走っていく。
最初の獲物は、エルフ属の男。横から首筋に銃剣を差し込み、一気に引き抜く。何が起こったのか分からないという顔で倒れていった。
次はこちらに向かってきたコボルト属の女。振り上げた剣を寸前で躱し、ジュードーの要領で組み伏せる。首を押さえて絞め殺そうとするが、噛みつきで抵抗しようと必死だ。やむを得ず、側にあった石で顔面を殴る。殴る。殴る。
整った顔立ちはグシャグシャに曲がり、眼球が飛び出た。
良くないものがこみ上げてくるのを抑えつつ、次に向かおうとすると、ある方向から悲鳴が上がっていた。見ると、巨躯がおもちゃのように人間を弾き飛ばしている。
オーガ属。こちらの攻撃を意に介さず、圧倒的パワーで蹂躙する。一般兵にとっての絶望そのもの。それがこちらを《見た》。
自分を獲物と定めたのを感じた。こん棒を振り上げ、雄たけびを上げ、こちらに来る。避ける? 銃剣? リロード? 全部無理だ。諦めるしか。
巨躯が寸前に到達し、こん棒を振り下げる。刹那、視界の端から人影がオーガ属を蹴り飛ばした。10メートルほど吹き飛んだオーガ属が立ち上がる間もなく、人影は墓標の如く槍を突き立てる。数瞬の身じろぎの後、巨躯は動かなくなった。
「大丈夫か?」
人影――と言うには純白の、お伽噺に出てくる騎士のような甲冑を纏ったソレが言う。後ろから戦乙女、そして仮面を被った魔術師が続く。
「あ、ありがとう…あんたらは」
「ここは俺たちが引き受ける。暫く取り巻きの足止めを頼むぞ」
会話もそこそこに、三人は敵陣へ突撃していく。遠目に見ても、あの三人が亜人どもの群れを一方的に蹂躙しているのが一目瞭然だった。圧倒的で、優雅で、美しかった。
——ああ、クソ。
視界の端で、白銀の槍が眩い閃光を描くのを見つめながら、俺の胃の奥からドロリとした熱い塊が込み上げてきた。
嘘だろ。本当に居やがったのかよ。
幼い頃、穴が開くほど読んだ絵本。ハンスにバカにされ、泥を噛み、友の血で塗れて「そんなものはどこにも無い」と諦めたはずの『本物の英雄』が、目の前で輝いている。
惨めだった。石でコボルトの顔面をぐちゃぐちゃに叩き潰していた自分と、あの美しい三人との差に、吐き気がするほどの嫉妬と劣等感が込み上げる。
だが——それ以上に、胸の奥で死んでいたはずの『何か』が、爆発的な音を立てて燃え上がった。
地獄みたいな泥の中でも、やっぱり俺は、あの光に憧れてしまうんだ。
「……ハンス、見てるかよ。退屈させなくて済みそうだぞ」
彼らが来てからは、一方的だった。
恐慌状態に陥った敵は一目散に逃げ出し、最初の激突が嘘のように、背中を撃つ流れ作業へと変化していった。風の噂では、今回の作戦の総大将が討ち取られたとか。
戦闘が落ち着き、クソッタレな家と化した塹壕へと戻っていく途中、ハンスの遺体や、顔面をメタメタに壊したコボルトの女を思い出す。泥に埋もれて死ぬのか、顔面を潰されて死ぬのか。そもそも、この地獄がいつまで続くのか。考え出すとキリがない。
ふと顔を上げた瞬間、彼らが歩いてくるのが見えた。
白銀の甲冑、戦乙女の洗練された佇まい、不気味な仮面。硝煙と泥に塗れたこの戦場で、彼らの周りだけがまるで一枚の美しい絵画のように完成されていた。
——クソッタレ。
胸の奥で、冷え切っていたはずの火種が、激しく爆ぜた。
ここでただの歩兵として泥に埋もれて死ぬのは御免だ。
綺麗な絵本じゃなくていい。泥と硝煙に塗れた、俺だけの物語を——あの眩しい光の向こう側へ、俺自身の足で書き進めてやる。
決断に猶予なんて要らなかった。
俺は手垢と血で汚れたGeW13を強く握り直し、彼らへと歩み寄った。視線すら向けない彼らの前に立ち塞がり、喉を引き裂くような声で叫ぶ。
「頼む、俺も連れて行ってくれ!」
言った直後、ひどい冗談だと思った。
方やお伽噺から出てきたような純白の騎士とその仲間。方やセリフの一つも与えられない、泥まみれの無名兵士。周囲の兵士たちから「あいつ何言ってんだ」という不躾な視線が刺さるのを感じる。
少しの間の後、仮面の魔術師がクスクスと肩を揺らした。
「へぇ、うちに志願ですって。こんなの初めてですよ。ねぇ、隊長?」
「私は反対です。十分に纏まっている部隊に異物は不要です。足手まといになるだけかと」
冷ややかに言い捨てる戦乙女。仲間はまるで乗り気ではないらしい。当然だ。
騎士はしばし深謀を巡らせるように黙し、やがて甲冑の隙間から重々しい視線を俺に向けた。
「……俺たちは逸れものだ。綺羅びやかに見えるかも知れんが、一緒に来れば地獄を見るぞ。それでも良いのか」
綺麗な物語なんてどこにもない。そんなことは、ハンスの血の匂いと、石で潰したコボルトの肉塊が痛いほど教えてくれた。
俺は泥で汚れ、銃身の熱が残るGeW13を胸の前で抱え直し、まっすぐに騎士の目を見つめ返した。
「……地獄なら、もう飽きるほど見てきた。泥を喰らってでもついて行ってやる」
騎士の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
「いい返事だ。……来い、新人」
それが、俺と彼ら——後に俺の人生を根底から変えることになるヤスカヤ支隊、通称ドラゴンスレイヤーズとの出会いだった。
最後まで見て頂き、ありがとうございました。
次の二章も、自身の創作力と向き合いながら地道に作成して参ります。コメント、評価で応援して頂ければ幸いです。勿論批評も歓迎です。
では、次の章で会いましょう。




