空気の読み合い
訓練場から立ち去るローランは颯爽としていたが目には屈辱にまみれた怒りが篭っていた。
頭に血が上っていたのだろうか、姉である第一王女は放置されてしまっていた。
「あ、あのレノ様」
「ん?」
そんな状態の中ではあったがアリスはアリスで中々に空気を読まなかった。
「その、腰が抜けてしまいましたの、運んでいただけませんか?」
「ッ!」
当然反応したのはティア、そして周囲もその意味を把握した。
足腰が立たないから教室まで抱きかかえるなりして運べと、そう彼女は言ったのだ。
だが空気を読まない事に関しては遥か上を行き定評のあるクリスが此処で宣言した。
「あら、令嬢を殿方に任せるなど白百合令嬢学院騎士たるこの私達の矜持が許しませんわ、さぁ皆さん救護室までアリス様をお連れいたしましょう」
「え!? いえ、私は」
「まぁ、ご遠慮なんてなさらないで、これも騎士の務めですわ!」
「レノ様~、私はレノ様にぃヒャン――」
何故か悲鳴交じりの声が遠ざかる。
「「ふぅ」」
そう溜息をついたのはティアとレノだった。二人共気疲れしていたのだが――
「「プッ」」
思わず同じように溜息を吐いた事に気が付いて笑いがこみ上げていた。
だが王女と王子はこれで終わらない。
勿論留学が続いているのもあるのだが、アリスはレノを自分の騎士にしようと企み、ローランもまたティアを自分の婚約者にしようと画策する。
アリスの行動は今一つ理解しがたい行動だったのだが、ローランの目的は判り易かった。
将来の王配になる事を目的としてこの学院に留学してきたのだ。
そう考えるとアリスはその障害になるレノの排除目的のようでもあるのだが、姉弟の仲が悪いのか共謀している様子は一切なく、寧ろローランは姉のその行動を疎ましく思っている風だった。
「レノ様、将来は立派な騎士に――」
「騎士になる気は無いよ」
「私の国なら若しかすれば王に――」
「国を出る心算はないからなあ」
「宜しければお茶などを放課後に私の部屋で――」
「放課後は仕事があるから無理」
絶えず付きまとうアリスの様子は手を変え品を変えて気を引く乙女そのもの、アンネがいれば焚きつけたであろう程に積極的にレノを落とそうとする。
だがそれにレノが応じる事は一切無かった。
そして同じように、いやもっと無様に玉砕し続けたのはローランだった。
「どうですかこの花、貴女の美しい姿を現しているかのようだ」
「姫様がそんな花如きと比べられると思っているとは、気持ちが篭っておりませんわ」
「ティアとお呼びする事をお許し頂きたい」
「一国の王女、それも王位継承権第一位を持つ姫様に対して許しもなく愛称を使うなどお里、いえお国がしれますわ」
「もし宜しければ今度の夜会に是非エスコートを」
「あら、私共の国では夜会にでるのは成人と共にですし、学院騎士団団長である姫様がそんな夜会に出ている暇など御座いませんことよ」
因みに殆どがクリスの妨害だがカタリーナも含まれていた、いつしか執拗なローランに対して騎士団の女生徒は全てが敵に回っていた。
「ローラン殿――」
度重なる懲りない行動に、流石に度々彼女達に処理させる訳にもいかないとティアが声を掛けた。
「おお、なんでしょうか麗しいティアナフィア様」
「色々とお誘い頂いているのは承知しているが、私の目標はまず騎士として民を守れる事、よって申し訳ないが――」
「王族が貴族の真似事に騎士である必要など御座いませんでしょう」
彼は悪い方向に空気の読めない男だった。
この発言はつまりティアの目標を否定した事になる。
王族として正しい考え方の一つであろうとも女性を口説くにしては考えの浅い発言だったとしかいえない。
「そうですか、残念な事に貴方の考えは私とは正反対のようですわね、今後貴方の主張は好きにされても構いませんけれども、私の目指す王とは民の為にある存在ですのよ。そして私はソレを誇りに思っておりますの。茶会なども構わないが、誘って貰えるのなら、最低限私に敵う実力がほしいですわね、それこそ私の背を任せられる程の、そうした相手が居れば安心してお茶もいただけますものね。それに――私は私よりも強い男性でないと興味すら沸きませんの」
冷ややかな氷のような、道端の草に話しかけるようにティアはそう告げた。
一言に要約すれば、『二度と話しかけるな、惰弱な男なんて願い下げ』という事だ、そして裏の意味として全員がこう捉えた。
『私の理想を共感できるのはレノだけだし、背を預けられるのもレノじゃないと駄目だ、つまりレノ程に強い男性というよりもレノが私の相手なのよ』
そうティアが宣言したという事だ。
そもそもティアに勝てるレベルでないと興味すら沸かないのだから、スタートラインに立てない、いやそんなものが存在するかすら怪しい。
「これは手厳しい――が、国と国であればそんな物はどうとでもなりましょう」
「判っておられないようだから申し上げましょう。私の王配の資格は私が認めた者のみ、国王である我が父も王妃である母もソレを了承しているのですよ」
国と国の付き合いがあるだろうと匂わせたローランを一刀両断したティアはこれ以上は話す事などないと席を立った。
そしてプライドを傷つけられたローランが一人その場に悔しげな表情で取り残された。




