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日常

 王妃襲撃事件から数日たった休日のある日。

「おにいはあの女に甘すぎるし!」

 夕食の時間、プリプリと起こる妹エレオノーラとそれに乗じて非難を向ける母親エッダ。

「ええ、エレオノーラの言う通りよぉ、ちょっと甘いわよねぇ、ええ、フフフ」

「ほら! お母さんもそう言ってるし」


「僕としては普通に接している心算なんだけどなあ」

 無論甘いのはレノも判ってはいるのだが、恋人になったりしないとは心に決めている。

 それでも大切に接している事に違いなく、それが恋だと思うのでエレオノーラもエッダもやきもきするのだ。



 血が繋がっていない事を知ったあの日よりもずっと前から、エレオノーラはレノを想い続けて来た。

 それなのに、ぽっと沸いたティアに取られるなど許せなかった。

 

 12歳の少女とは、もう既に立派な乙女、ティアがレノを好きな事など明白であり、レノがソレを憎からず思っているのが判るのだ。だからティアが今日の様に訓練に来ると苛立って兄であるレノにこうして詰め寄る。



 そして母であるエッダは忠実なレノの臣下でもあるのだが、“虎狼”と呼ばれた腕利きの一人であり、そしてレノの実の母アーヴェの親友であり姉であっただけにシュミット家を取り潰した一族の血を引くティアとレノが親しい事をやはり快く思えなかった。


 エッダは今でも思い出す、レノを託された日のことを――


 例の悲劇があったればこそ想いを遂げたアーヴェでもあったが、シュミット家が無くならなければもっと幸せになっていたのは間違いないのだと、そうエッダは思う。例え自分から身を引いたとしても、当主であったローレンツは激しく動揺しながらアーヴェを探し出す事を命じ、母子を引き取りたいと願っていたのだから。


 だが皮肉にも、それが幸運となりレノは助かった。アーヴェが見つかったのはローレンツの捕縛が為されてしまったからだ。偽りの罪で捕縛されたと知ったアーヴェが自ら孤児院へと訪れたのである、何か出来る事は無いかと……そしてレノが生まれた。


 ローレンツ救出計画を練っていた旧シュミット家の面々ではあったが、冤罪に服する心算は無いが、非合法に脱獄はしないと、対象であるローレンツより計画の中止を命じられてしまう。そしてその時にアーヴェが男子を産んだことをしったローレンツはわが子とアーヴェの身の安全を願い、シュミット家に引き取れば連座の危険がある為にそのまま孤児院で養育するようにも命じたのだ。


 そして碌な詮議もされないままに、“部隊”の必死の証拠集めも間に合わずに、ローレンツは処刑されてしまう。愛する相手を失ってしまったアーヴェは心労からか、産後の肥立ちが悪くなりそのままローレンツを追うように永遠の眠りについてしまった。



 アーヴェの姉として、レノを託された母として、エッダはレノの幸せを願ってやまない。シュミット家再興に繋がるのであればとも考えるが、レノ本人が望んでいないのだ。レノがティアに惹かれている事は見れば判るだけにその先の未来を思えば――その複雑な心情は表に出さず今日も彼女はレノ見守っていた。




 ◆◇◆          ◆◇◆          ◆◇◆




 翌日の学園。

 休み明けの教室では新たな情報にクラスのそこかしこで話に華が咲いていた。そしてそれはレノの周囲も変わらなかった。但し他の生徒達と違って情報が本物のみという違いはあったが。


 ティアの齎した情報にレノも少し驚いた。

「へえ、それでこの国に……ね」

「ええ、宜しくして欲しいと頼まれたのはですけれど……宜しくといわれても」

 留学する隣国の王族の話題は学院では有名であり、入学や卒業の時期が異なる為に少しの遅れで来るのだととか中々に優秀な人物だとか遊び人だとかと本当の事も含めて様々な憶測が飛び交っていた。


 ただ、レノが気になったのは、先日の一件に関わった国、隣国ネレル王国からの留学生だという事だった。

「姫様に頼むだなんて、大使も随分と無礼な真似をしますわ」

 いつも空気を読めないクリスが至極全うな事を述べ、それにヨアヒムも同意を示した。

「大使の“お願い”にしては図々しいね」


「大方、姫様の婿候補として送り込まれるのですわ」

 全員が顔を見合わせ、クリスの一言に成る程と頷いた。今日のクリスは空気は読めないにも関わらず、見事に政治の裏を読めていた。その予測が的中していた事が後日、見事に判明する事になったのだから。





「今日の訓練相手もお願い出来ますでしょうかレノ」

「ああ、構わないが……なんだろう……いや何でも無いよ、じゃあやろうか」

 レノの感じ取った違和感はティアの喋り方だった。余所余所しいわけではないのだが何かが違う。


「では宜しくお願いしますね、今日こそ一本取らせて頂きますわよ」

 そう、話し方がレノに対してなのに丁寧なのだ。コレにはまたもやアンネの助言という裏があった。

 先日の会話を聞いてティアの喋り方は想いを寄せる男性にたいしてのソレではないとアンネは言い切った。そしてティアは即座に実践した。


 その前に騎士として訓練時間に必ず対抗意識を燃やしている事や、振る舞いについての助言が先になるべきであるから、こうして違和感にしかレノには感じられない。寧ろ心配した程だ。


 ――何か可笑しな物でも口にしたのか?


 不憫であるが仕方が無いだろう。口調だけ変わってもやっている事は今までどおりなのだ。

 だがティアの繰り出す剣の鋭さは変わらないと確認したレノは問題ないと判断した。きっと何かあったのだろうと微笑みを少し浮かべて――


 一方、喋り方を変えてみてレノがどう思うか心配だったティアは喋る事に注意はしていたが、行動に関しては全くもって考慮していなかった。

 アンネの失策とも言えない。まさか訓練時間に必ずレノを名指しで相手させている等考えもしなかっただろうから。


 そして、訓練となれば、2年前からの賜物だろうか、剣を持った瞬間に完全に騎士状態とも言うべき精神状態になるティアは鋭い攻撃を放つ。彼女の持ち味は鋭い突きを織り交ぜた多彩な攻撃を連撃で放つ事。


 普通の男子生徒では相手にならないのは当然だった。


 だが、レノは違う。自分の攻撃を躱し逸らし、避ける事も可能であり、訓練であるからと全ての剣撃を弾き返しさえしてくる。


 レノは普段得意とする得物は長剣というには短く、そして短剣というには長い微妙なサイズの剣と剣砕を使っているのだが、それは“アッシェ”としての技量であり普段には見せない。だからと言って普通の剣が使えないのではない、彼は両親、特に虎狼からあらゆる種類の武器の扱いを叩き込まれている。

 基本としての剣、短剣、棒、鞭から暗器の類まで応用が利くようにであり、そして正式な剣術も公爵の子息であると訓練を施された。


 その才能は父と母から見事に受け継がれ、両親によって開花していた。


 レノの目は特別と言っていい程に優れてるのだが、エッダ曰くそれは母と同じであるのだと教えられた。

 エッダよりも優れた才能を持つ彼女は“部隊”で最強の女性でもあったという、つまり公爵家の警護も兼ねた侍女だったのだ。


 その目がティアの攻撃を全て読みきらせる。どこに次の一撃を入れるか、どう剣を振るい体を動かすかを予見させる。


 その動きはまるでパートナーの動きに合わせるようであり、見学する生徒達は彼と彼女の繰り広げる剣舞に見ほれる。弾き合う無刃の剣の音は奏でるような舞踏のリズムを刻んでいる、一つの芸術ですらあった。


 その様子を悔しげに見つめるのはクリスぐらいである。空気を読まない彼女はこの直後にいつも通りにレノに挑む。


「今日こそ! 姫の宿敵レノアールを私が倒します!」


『『『そうじゃないだろ』』』と盛大な心の声が幻聴されたが、『ちびっ子可愛い』『空気を読めないけどいじらしいわ』『またあの悔しがる顔が見れてハァハァ』等と一部変態、いや全体的に可笑しな声が聞こえそうな視線が混ざっていた。


「うー! 大人しく叩き切られやがれるのが殿方の務めと言うのに往生際が悪いのですわ!」

「いや、それは違うだろう」

「クゥ、余裕をみせている心算ですか! 姫様よりも早きこの剣撃で必ず貫いてやるのですわ」


 見た目が先ほどと違って、奇妙な和やかささえ感じられる、無論クリスは真剣に攻撃していて、レノもそれなりに対処はしているのだが、その光景は兄が妹をあやすかのようでホノボノとしている。原因は二人の体格差が40cmもある事と、クリスの台詞によるものだった。


「うにゃぁあ!」「ふにゃあ!」「にゃ!」「にゅ!」と非常に可愛らしい掛け声が剣と共に出ているのだ。これが普通の生徒なら攻撃の精確さと速度も相まって気を抜いた瞬間に剣が叩き込まれる。しかし恐るべきその口撃もレノには通じない。


「今日は……ハァハァ……コレぐらいで勘弁してやるですわ……」

「フハハ、また相手をしてやってもいいぞ」

「じ、次回こそ一撃叩きつけてやるぅです」


『『『ああ、涙目も可愛いわぁ』』』とこのクラスも見慣れすぎて感想が可笑しくなっていた。

そして教諭はというと、先の訓練もそうだが、アドバイスのできる範囲を超えている事に自信を無くすのが常だった。



「相変わらず、容赦ないな、なんというか……躾の厳しい兄が妹をっていう構図だぞ」

 そして失礼な感想を述べるのはクリスがレノに挑む間にティアに付き合わされてボロボロになったヨアヒムだった。毎回こうしてボロボロになるのだが、これで腕前は悪くない。普通の男子生徒ならこの時点でボロボロを通り越してズタボロになり保健室送りだからだ。


 そんなヨアヒムを見て全員が思う。『痩せればいい勝負するのに』と。

 それは剣の腕なのか外見の話なのか、恐らく両方だろうが、級友全ての思いだったのは確かだ。

 だが彼の才能は魔術の才と頭脳であり、其方ではレノには及ばないものの、他の追随を許さない程であり、崖っぷち貴族とは言えど本人の優秀さと実家の巨大さもあって、誰も意見しなかったりする。ある意味レノと違う内容で関わり難い存在だった。


「まあ、妹と訓練してるのとそう大差はないかなあ実際」

「エレンちゃんも可愛いからなあ――」

「ほう、貴様……まさか」

「いやいやいや、違うよ!? だから睨まないで!」

「そうか、見た目で狙うならアレ(クリス)にしておけよ、背も妹と変わらない筈だ」

「いや、違うからね!」

「冗談だ、本気にするってことはやっぱり……」


 何気にシスコンを急激に発動するレノ。焦ったヨアヒムは即座にその考えを否定しに走った。

 中々に良物件の彼がモテナイ理由。

 それはちょっとぽっちゃり系ではなくこのヘタレ具合が原因である。


 だがそんな彼も次の時間には輝いていた。

 武術訓練が終了し、移動した先の魔術訓練が始まる。

 と言っても、本気をだしたレノには敵わないのだが、それでも現時点で進路は決まっているとさえ言われている程であった。

 この才能故に過去に他国に狙われた所をレノに救われているのである。

 それからと言うもの彼はその才能をより磨きレノの為に使おうと決めていた。

 レノの身長が急激に伸びた為に今はやっていないが、一時期は影武者も引き受けていた程に信頼されている。


 レノと共にヨアヒムはその魔力制御力と刻印を刻みつける魔法付与技術が抜きん出ていた、ヨアヒムなど、その付与技術の素晴らしさは学生にして既に職人の域に達している。

 魔法が魔力を言葉に乗せて現象を起こすのに対して、基本的な魔術は魔力を術式に流し込んで発動する。


 この時必要な魔力は決まっていているのが通常の魔術である。

 10の魔力が必要なのに7しか魔力が注ぎ込まれなければ発動せず、といって15の魔力を注ぎ込んでも5の魔力が無駄になる。二人は特に、この注ぐ量の調整が上手いのだ。


 そしてこれが上手だと高等魔術へと進む事が可能になる。

 これは仕様によって違っていて、安定したスペックが求められる場合の魔術と異なるのだが、ヨアヒムは自分で刻印を施せる為に、その開発を専門的に行っている。


 この高等魔術が先日の大会で使われていたように鎧などには良く使われる。レノの使うアイテムや防具、得物には今ではヨアヒムの付与が欠かせない。



『もうすこーし、そう痩せてたら!』これがクラスの女子生徒の願いだった。

 だが悪友達はそんな声は一切無視して訓練と言う名の開発試験に勤しむ。この時間だけはティアも理解が及ばない為に放置されている。


「この刻印だが――」

「うーんそれだと、効率が落ちそうだけどなあ、これでどうだろうか」

「お、悪くないな、流石ヨアヒム」

 などというマニアックな会話がなされている。

 この時、魔術担当の教諭は一生懸命に勉強していた。自分の理解を超える職人の会話に逆に聞き耳をたてて関心しながら、「そういう方法もあるかっ!」などと――


 そして座学の時間となり教諭を務める貴族が訪れるのだが、近年稀にみる好成績学級に顔色が悪い。

 ミスをすれば生徒からの指摘がはいるのだが、その生徒がティアだけでなくレノ、クリス、ヨアヒムと下手をすれば君たちが教壇にたてばいいのではと思う議論などを繰り広げるのである。


「やはり領地経営についてはアブレスク伯爵の実施した開拓の模索ですわ、それを元に――」

「いや、時代にそぐわない可能性も、その領地に適すかどうかを調べるのが先決だ、先ずは地図の作成からだな」

「何をいってるんだ、先ずは治安の安定を図る為に領兵をだな」

「今の国では無理ですわ、ならばやはり代官制度の見直しが――」


 そんな風に繰り広げられる議論に発展すればディスカッションの結果に最後は意見を述べねばならない。

 胃を悪くして既に一人の貴族は教職を辞退し、研究者となっている。


 こうして今日も一日平和な学院の生活が終わる。

 多くの教諭の胃痛と共に――

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