尸魄鬼
吹き荒れる魔力の流れ、こうなってしまっては例え術者である侯爵を気絶させる事も、殺害してしまう事も出来ない。
簡単な魔術程度ならば何も問題は無いのだが、此れほどまでに魔力が吹き荒れる現象など一つしか思い当たらなかった。
「総員退避!」
ティアの叫びが響き渡る。
――禁術もしくは禁呪とも言われる『尸捧契魂術』
死者の魂を捧げ、死霊や冥界の住人、悪魔等と謂われる存在を使役もしくは――
「ぎゃぁああ『ククカカカ、ヨカろう』ッ」
肉体に呼び込み不死者になる為の呪術とされていた。
その禁術が今、商人の死を贄にし、さらに侯爵に――
「汝のこの肉体でその願い、聞き届けてやろう」
窓に向かい体当たりを敢行して邸外へ脱出を果たしたティア達。一時的に難は逃れたものの依然として危機的状況であった。
記録によればだが、アレを倒すのに“正規”の騎士団が壊滅寸前に追い込まれていたり、複数の騎士団で討伐に当たっている。
そして人から生まれ変わりし存在をこう呼んだ魔宿『尸魄鬼』と。
「団長あれは!」
「第二部隊で前線防御構築、第三部隊、車両緊急展開、急ぎなさい!」
いつの間にか、他の傭兵たちは全て片付いていた。勿論“部隊”の援助があったのは言うまでもない。だがそのお陰で、隊列を作る事に成功する白百合騎士達。第二部隊の装備は近年開発された防御術式付与重甲冑弐式それに加え結界構築用の盾を持ち込んでいた。更に特殊術式車両までも防壁代わりに使用できた。
「くく、成る程、“人”もやるようになってきたか……だが、どうにも足りぬようだな」
余裕の態度なのか歩きながら周囲を見回しながら迫る尸魄鬼。
それに動じず指示を出すティア。
「結界発動!」
だが、それでもなお尸魄鬼は余裕の態度を見せる。
「フフフ、カカカッ、何時まで“魔術”如きで“魔法”を押さえ込む心算か知らぬが、ほれ、更に強くするぞ」
人の操る魔術の根本とも云える魔法、生活魔法レベルしか使わない人間と違う圧倒的な力が結界に襲いかかる。
――が突然その威力が衰えた。
それは闇夜を切り裂いた一本の短剣。
人外と成り果てた侯爵だったモノ、尸魄鬼の肩に突き刺さっていた。
「無粋なダンスの誘い方だ、それじゃあ素敵な令嬢を相手にするには役不足だね、私と交代願おうか?」
暗闇の中から現れる漆黒の外套に包まれた青年が現れる。
「何者……フム、コヤツの記憶に……貴様も敵らしいな。クククッかかっ」
尸魄鬼はその肉体の持つ記憶から黒衣の相手の正体を知る。
「ッ!?」
ティアもその姿を認め驚いてはいた。
何故では無い、先程の部屋の出来事からすれば居るのは当然だった。
だがしかし、此方は追跡する者であって彼は飽くまで義賊、なのに何故助けるのか、何故態々危険を冒してまでこの場に現れたのか。その答えは――
「お嬢さんが相手をするには“少々”無粋な相手だよ、コレは私に任せて、君たちは被害を抑えるんだよ」
「我等は王都の平和を司る者よ!」
ティアは叫んだ、己の矜持を、其れが其れこそが騎士道であると。
「団長?」
「第二部隊は特殊車両を基点に防御を維持なさい、後ろには何があっても通すな! 第一部隊は周辺へ警告に走れ、第三部隊は結界を強化しなさい! アレは私が相手をするわ、クリス、貴女に部隊の指揮を任せます」
下された命は的確ではあった、たった一つの無茶を除けば……
「姫!?」
「今大事なのは……化け物を王都に放たない事よ、聞き分けなさい、それと今は団長よ」
「我の名はティアナフィア・ツェツィリエ・ディアマント・バルツァー、“黒装束”に助太刀を願おう――」
「フフ、お嬢さんからのお誘いであれば喜んで、“黒装束”としてお手伝いさせて貰おう」
「面白い、高が人間如きが我を傷つけた事は賞賛に値する――が、その罪を償え」
湧き上がる力の波動に大気が震える。
「こ、これは」
「言うだけあって……なんというか粗暴だね」
「何時までそのような軽口を叩けるか試してくれよう」
肩口に刺さったナイフは筋肉の盛り上がりで弾き出された。
地を蹴り殴りかかる、人間など拳で十二分に殴り殺せるのだという自信。
見ただけなら一方的に尸魄鬼が攻め続ける。
息つく暇も与えないように拳の嵐が降り注ぐ。
一撃一撃が必殺の威力が篭った空気を引き裂く鋭いもの。
しかし、それは所詮……強大な力の嵐に過ぎない。
故に――
当たらない。
更には大した傷でも無いが、避けられる度に拳が切りつけられていく。
「生意気な……」
悔しげに尸魄鬼が呻く、いくら成ったばかりと言えど人間相手で何故ここまで梃子摺るかと。
その攻防に更に一撃が叩き込まれる。
「私を忘れておいででは在りませんこと? ですが浅かったですわね」
淡い銀光を放つ鎧を纏うティアが一閃と共に駆け抜けた。
彼女の鎧は速度を上げる術式……そう、鎧を着ているからこそ更に速度が上がる付与魔術。
“銀閃の戦乙女”の異名で呼ばれる第一部隊の指揮を執る彼女こそがその由来。
「「フフ、流石我が好敵手だ(わ)」」
繰り広げられる剣戟の嵐が尸魄鬼の動きすら止める。
魔力によって簡単には傷づかない筈の体を持つ化け物が咆哮を上げる。
「ヴゥォォオオオ!」
それは憤り、最強であるとする事を否定された怒り、格下の存在でしかない人如きに傷つけられた悔しさ。
「許さん、許さんぞ貴様ら、高が人間の分際で!」
尸魄鬼が吼える。魔法を使う隙が見出せない、もし使おうとしたならば一瞬で切り裂かれる、そう本能が告げていた。
「「貴様の敗因は――」」
そして剣戟を放ち続ける二人は告げる。
「「肉体を持った事、そして」」
更に二人の剣戟の速度が上がる。そう、幾度も剣の会話を遣り取りした二人が互いにどう動くかなど目を瞑っていても判る程。二在一振とでも言うべき連続の攻撃。
「「我ら“二人”を相手にした愚だ」」
左右から同時に告げられる声と黒の輝きと銀の煌きが折り重なり、そして交差した時、尸魄鬼の首は左右からの一撃で断ち切られていた。
「ヴァハァナ――」
断ち切られた首は断末魔を上げながら塵と化し消え去った……
なんとか一件落着となり、お互いに視線を交わす二人だったが。
「姫様! お下がりください……」
流石空気を読まないクリスティーネは平常運転であった。
「どうした、クリス?」
「ソイツが居るではありませんか」
剣を向けるクリスティーネだったが、それをティアは一喝する。
「クリスティーネ!」
「ハッ」
「そこに居るのは助っ人の“黒装束”だ、間違えるな! 良いな」
有無を言わさないと言い切った。
「です「異論は認めぬ」わ、判りました」
「では我らは後始末があるが“黒装束”殿は」
「流石にこれ以上は問題も無いだろうからね、失礼させてもらおう」
「そうか、ではまた会う事を楽しみにしていよう」
「ハハ、出来れば次回は本当の舞踏の誘いをしたいものだ、では」
「アレは何! もしかして――」
「騎士でいれる自信がなくなったわ、だって捕まえられない……」
「私、恋した――」
「問題アリアリよ、いえ、でも悩む姫様――イイッ」
「レノの立場は、ねえ三角、まさかの三角!?」
「まだ活動中だぞ気を引き締めよ!」
クリスが一喝するが、白百合の面々は全員が思った……
――あれね、焼き餅と嫉妬をダブルで発動してるよ、副団長可愛い!
などと思っていた。
王都の夜に静寂は戻ったが、乙女たちには新たな喧騒が訪れていた。




