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「ティア、流石にこの騒ぎだと後々面倒に巻き込まれる……送るから――」
帰るように促そうとしたレノをティアが遮った。目を輝かせながらであり、レノにも覚えのある顔だ、そうこの表情は“妹”が時折おねだりをする時に見せるソレだった。
「レノ、帰れだなんて言わないでね、言う事は全部聞くから、その代わりに……貴方に武術も鍛えて欲しいわ!」
案の定の答え、そしてティアは交渉内容には当たらないような、“常識的な事”を精一杯の“お願い”を使って頼んだ。縋る様な目付きというのは卑怯だと妹になら言うのだが、今回は相手ティアと悪かったし、タイミング的に最悪だった。冷静に考えて、レノは判断していく。
幾ら“部隊”が動いていると言えども、まず警邏に騒ぎは伝わっただろう。だから、それだけ早く移動する必要性がある。しかし、このタイミングで都市の中心街へ行くのは最善でもあるが最悪の選択にもなる。
“敵”が退路を防ぐ為どれだけ居たか、さらにソレを掃除する為に複数の部隊が動こうとも騒ぎになっているだろうから混雑もしているし、未だに安全が確保出来たとは断言できない。
そこでレノの出した答えは――
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
レノとティアは中心へ向かわず孤児院にいた。
「武術を教える契約はしてない。けど、友人としてなら訓練方法位は教えるけど、どうする?」
レノはティアのお願いにそう答えた、実際ティアの身を安全な所に移すには孤児院は最高の立地であり、防壁までの位置関係も良い。武術を訓練するのはどうかと思うが、普通の訓練なら教えても問題は無かった。
当然、ティアは喜んだ。それが一緒にもう少し入れるという嬉しさだったのは目的と手段が交代していたが。
「じゃあ、ティアは最初だからなあ……どうしよう、コレが最初には向いてるかな?」
そう言ってレノが手にもったのは短いベルトのような物。
「それは何?」
「ああ、これを体に巻いていくんだよ、コレは中に鉛が入ってるバネとかは仕込まれてないから重さだけ増やして訓練するんだ」
やる事は単純に付加トレーニング。だが最初という科白が気になった。
「もしかして、もっと凄い事もするの? バネって……あと口調」
「あーうん、重さが今じゃ自分の体重ぐらいにはなってるかなあ、それにバネとかで動きを規制したりするんだけど、最初は無理だからね。あと別に常識の訓練じゃないから戻したんだけど?」
口調なんて普通に考えればアレが異常であって、今話している口調でさえ身分の上の人間に対して接するにはかなり乱暴なものだ。ただ、同じ年代で“友人”なのだからとレノはこうした喋り方にしているのだ。
「え、ああ、そう、そうよね」
と何故か顔を赤らめているのはティアが残念に思ったからだ。明らかに何かが可笑しかったが指摘する大人は此処にいなかった。一言付け加えるならば。
――これも悪くないわ。なんだか親密じゃないかしらっ、キャッ!?
痘痕も笑窪などと言うには生ぬるい洗脳が――いや初恋による恋愛脳下の思考は全てが甘いクリームに蜂蜜を掛けたようなものだった。但し、普通なら後で思い返せば恥ずかしそうでも本人がそう感じない限り永遠にこの状態は続く。
「そうそう、やっぱりティアは筋がいいね、でもそんなに鍛えてどうするのさ」
「え、当然高等部に上がったら騎士になる為よ!」
「ふーん」
初心者向けの訓練だが、才能はあるのか中々に頑張るティアを見てレノも賛辞を送った。そして令嬢なのに其処まで鍛えるのを不思議に思った故の質問を投げかけた。ティアの返事は目標を誇るものだった。
「ふーんってレノだって、それだけの腕があるのよ、当然騎士になるんじゃないの?」
寧ろ、ティアからすればとんでもない腕前の彼こそ騎士になると考えていたのは当然だった。例えレノが一般市民だとしても騎士になれば――
この頃のレノとしてはそんな選択もあった。だが高等部に入学するかどうかはまだ不明だし、卒業する頃には色々と教えてもらう約束があった。
だから――
「どうだろうなぁ」
と、気の抜けた返事をした。
「そんな、勿体無いわ!」
まさか気の抜けた返事がされるとは思ってなかったティアは正直に驚き、惜しむ気持ちから在り得ないといった表情で告げた。
レノも別段騎士になる事に抵抗はなかったから、それにこう答えた。
「まあ、でも騎士も為れるなら悪くないよね」
「そうよ、今日みたいな悪人は私が騎士になればきっと根絶やしにするわ!」
自分の理想を熱く語るティア、その姿は気高かった。例え訓練で錘を大量に身に付けて汗を掻いていても。
その姿を見てレノは感心した。こんな貴族ばかりなら――まだこの国も捨てたものじゃないよねと。
「まさに騎士だなあ」
「なによ、レノだって凄い腕があるんだから、平和の為に働きなさいよ!」
私が目指すから一緒に……そう言いたかったのに、何時もの“癖”で強気に告げてしまうティア、言った後で少し後悔したのだが、レノの答えは想像と少しちがった。
「フフ、まあ確かにね……でも今日だって、ティアの事を助けただろ? 別に騎士じゃなくても人助けは出来るさ、それにまだ高等部へ進むかはわからないさ」
そうか、騎士以外の道もあるのかとこの時ティアは感銘を受けた。
もし――
そうもしもレノが声を掛けてくれるような青年でなかったら。コレだけの腕前を持っていなかったらどうなっただろうか……
それは単なる“もしも何々だったら”といった仮定に過ぎなかったが、ティアは体が震えた。




