刑とカツ丼と時代錯誤
「あぁよく言うな。あれは昔の話だ」
「そうなのか?」
「あぁトイレとか見ただろう。臭かったか?」
「臭くはない」
「豊臣時代、厠はどうだった」
「臭かった」
「そうだろ。時代と共に、臭いは薄くなっていくんだ」
「なるほどな。昔は人を殺めた奴は匂いでわかった。そういうのがないんだな」
「あぁ。それは良い事でもあるが、刑事の勘も狂わせやがる」
俺はそう言った。
なに……、
この台詞格好良すぎるだろう。
あぁ。それは良い事でもあるが、刑事の勘も狂わせやがる。
うーん。我ながら痺れる。
俺は窓の外を見る。
「富山さん」
加賀が声をかけてきた。
渋いな。
格好いいな。
なんでも良い、
褒めろ。
ウェルカムだ。
「なんだ」
俺は顔をきめる。
左45度これが俺の決め顔のポジションだ。
昔刑事ドラマで覚えた。
鏡の前で何度も練習をした。
決め顔だ。
「カツ丼を食いたいのだが」
カツ丼?
なぜに……、
「どうした。お袋さんの味が恋しくなったか?」
俺の言動がおかしくなる。
「ほら。
取り調べの時に、カツ丼を容疑者に食べさすだろう。
食べさせる前に、どんな味か知っておきたい」
あぁ来た。
昭和の刑事ドラマの、
もっとも面倒な副作用の一つが来た。
しかしな。
俺もカツ丼食べたくなってきたな。
出前でも取るか。
「ちょっと待ってくれ」
「おーい黒部。そば屋の電話番号わかるか?」
「あのそば屋さんは、店主が高齢で店を畳みましたよ」
どうしよう。
「ここらへんで、カツ丼出前してくれる店なかったか?」
「わかりませんね。ファミレスでも行ってみたらどうですか?」
「そうか……、わかった」
どう答える。
「そうだな。とりあえずファミレスに行こうか」
「ファミレス……、はい」
加賀は席を立った。
俺たちは、
近くのファミレスに向かう。
そうか……、
あのそば屋。
店畳んだか。
そういえば、どのくらい利用していないんだ。
もう五年は使ってなかったな。
ちょっと待てよ。
という事は、
うちの署からそば屋に出前を取ることは事実上不可能になった。
しかし、
それ以前に、
容疑者に飯を食わせるのは、
買収のような形になるから。
ルール上できない。
これをどう説明する。
考えている間にファミレスについた。
(うぃーん。ぴぽぱん)
「お二人様ですか?」
店員がそう言うので、
俺は指を二つ立てた。
「こちらの席にどうぞ」
店員が案内する。
席に到着する。
「カツ丼はあるか?」
俺は尋ねる。
「ございますよ。セットですと、味噌汁セット、味噌汁とサラダセット、味噌汁とおしんこセット、この味噌汁を豚汁に変えるセットがあります。あとはミニうどんセット、ミニそばセットがございます。それとうどんとそばは冷たいものと温かいものがあります」
ややこしいな。
俺は加賀の目を見る。
「カツ丼というのは、難しい食べ物なのだな」
加賀が呟いた。
「わかった。少し考えさせてくれ。注文が決まったら、呼ぶ」
「あのそちらの端末をお使いください」
「端末?」
「はい。こちらタッチパネル式で、順番に押していただくと、注文できるようになっています」
なんだ。
こいつは注文を取らないのか?
「すまないが、そういうのは、難しくてわからない。注文を取りに来てくれるか。
いや。
もう良い。
カツ丼の味噌汁セットを二つで頼む」
「カツ丼はミニ盛りと普通と大盛りと特盛りがございますが」
俺は苛々してきた。
なんだ……。
昔はカツ丼で済んだじゃないか。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
こんなに選択肢が増えた。
「俺、大盛りで」
加賀は手を上げる。
「じゃあ、俺も大盛りで」
俺も思わず同意をする。
「かしこまりました。注文繰り返します」
繰り返すな。
心の中で叫ぶ。
「カツ丼の味噌汁セット、カツ丼は大盛りでよかったですね」
「あぁ」
俺は返事をした。
店員は会釈をして、去っていく。
いつからだ。
いつから、
食堂はこんなに面倒な空間にかわった。
「飯を食うのも一苦労だな」
加賀は笑った。
「昔はこんなに苦労はなかった」
「何があった?」
「知らねぇよ」
俺は答えた。
俺は考える。
いつの頃なのか……、
「思えば、
ピザのトッピング辺りでおかしくなったな」
「ピザ?トッピング?」
「あぁ。ピザというのは、小麦をこねたモノを薄く延ばして焼いて、肉とかを乗せて焼いたものだ」
「トッピングとは?」
「その乗せる具材を、好みによって変えられるんだ」
「それは良いな」
「初めはな。でもな。トッピングを考えるのが面倒だ。だから一度だけ挑戦したが、それっきりだ」
「そうか。そんなものなのか」
「他の奴は知らないが、俺はわからないから、一番無難なピザを選ぶ」
「今度ピザも食いたい」
「ピザならここにもあるぞ」
「ほんとうか」
「あぁちょっと待てよ」
俺はメニューをめくる。
あぁこれだ。
俺は手渡す。
「おぉこれがピザか。トッピングは?」
「トッピングはな……、ここにはないな」
「ピザとはトッピングするものじゃないのか?」
「いや、どうだろうな。
たしか宅配のピザ屋が始めたんじゃなかったか。
よくわからないが、宅配だったら、トッピングはできるぞ」
「それ、今度頼む」
「まぁいいが、俺も注文が苦手なんだよな」
「俺はまったくわからん」
「わかったよ。やるよ」
(うぃーん)
ロボットがカツ丼セットを乗せて、
席の前で止まった。
加賀は明らかに警戒している。
これは取っていいのか?
「あのお姉さん」
俺は辺りを見る。
誰もいない。
俺は席を立ち上がり、
厨房のほうに向かう。
店員と目が合う。
店員は会釈をする。
「あの。機械みたいなのが、カツ丼を持ってきたんだけど」
「そこからお取りください」
店員は言った。
取れと言ったって……、
俺は少したじろぐ。
「伺います」
店員は席までやってきて、
機械の上から、
セットを取り、テーブルに乗せる。
「今こんな風になってるんだな」
俺は言った。
「私が入ったのが一年前で、その頃にはこの子達が働いていました」
「人手不足かい」
「はい。そうですね。ではごゆっくり」
ふと店の壁を見ると、
スタッフ募集の張り紙が貼ってあった。
時給は悪くない。
「人手不足だから機械を使っているんだと」
「そうか。驚いた。まさかカラクリ人形が運んでくるとは」




