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罪とカツ丼

「そんな事より、カツ丼食えよ」


「はい。いただきます」


俺は割り箸を割る。

加賀はじっと見ている。


「お前、割り箸を使ったことがないのか?」


「はい」


「これは使い捨ての箸でな。こうやって割る」


「使い捨て。そりゃ贅沢だな。あれ。上手く割れないな」

加賀は何度も練習をする。


「おぉ割れた」


途中で割れて、ささくれ立っている。


「もう一度やれ」

割り箸を手渡す。


「もったいないだろ」


「気にするな。この時代では贅沢じゃないんだ」


「たしかに塗り箸ではないが、さすがにもったいないだろ」


「いいんだ。慣れろ。変に思われるぞ」


「そうか。じゃあ仕方ねぇな」

加賀は渋々割り箸を受け取る。


目が真剣だ。


「ここがこうで、ここがこうなって、えい!」

次はきれいに割れた。


「じゃあ、食うぞ。熱いから、ふうふうして食え」


「そんなの大丈夫だ、あっ熱い。なんだこの熱いのは」


「それが豚カツ。カツ丼の主役だよ」


「豚カツというのは?」


「豚。豚と言ってもわからないか……、猪を家畜にしたようなものだ」


「猪ならわかるぞ。若い頃弓で狩りをした事がある」


「そうか。その猪の肉をな。小麦粉などをつけて、油で揚げたものだ」


「揚げる?」


「揚げ物もわからないか……、そうだな。鍋に油を入れて煮たものだ」


「鍋に油を入れて煮たもの……」

加賀の目の色が変わる。


そうか……、

釜茹でにされた事を思い出してるのか。


「あまり気にするな。過去は過去……」


そう言い、

俺が顔を上げると、

加賀はふぅふぅしながら、黙々と食っていた。


おいおい。

気にしてねぇのか。


「どうだ。美味いか?」


「美味いってもんじゃねぇ。ここは極楽か?」


「そんなに美味いのか」


「あぁ。病院の飯も美味かったが、このカツ丼も絶品だ」


「そうか。良かったな」

俺は署で食ったカツ丼の味を思い出す。

出汁が効いてて、美味かった。

それと比べると、

どうもな。

それでも、初めて食うコイツには美味いのか。


「母さんが夜なべをして、手袋編んでくれた……」

加賀は歌い出す。


あぁこれか。

そうだ。

これだったな。


「あのな加賀。容疑者にカツ丼を食わせるシーンな」


「あれ。やってみたい」


「いや。それが駄目なんだ」


「なんでだ。自前だろ。奢りだろ」


「だからだよ。利益供与にあたるってなるんだよ」


「利益供与って何だよ」


「利益を与えるってこと」


「利益ってカツ丼が」


「あぁカツ丼だよ」


「どういう事だ」


「カツ丼食わせたから、白状するって……」

俺は自分で言ってて、

その論理が十分に納得できたものではない事を理解する。


「そんなカツ丼で白状なんかしないだろ」


「まぁそうなんだが、そういう理由で、禁止されたんだ」


「じゃあ、やっぱり拷問か」

加賀は俺を睨みつけた。


「拷問なんてしねぇよ」


「拷問もせず、カツ丼も食わせない。それでどうやって罪を認めさせるというんだ」


「それが刑事の腕なんだよ。徹底的に捜査して、事件の証拠を見つける」


「そんなもの。悪党なら、証拠を消すだろう」


「そうだよ。でもな、完全に証拠を消すのも難しい。それを丹念に拾っていくんだ」


「なんで、そんなに犯罪者に優しくなった」


「何度も冤罪があったからな」


「冤罪?」


「罪人でもないのに、罪人扱いされる事だ」


「あぁそれはあるだろうな。俺も何度も俺はやっていないという奴を見た。でも実際にやってた」


「そういうのもあるだろうけどな。実際に後から真犯人が見つかる事もよくあるんだ」


「後から見つかる?証拠なんて時間が経つごとに薄まるだろう」


「それはそうだが、科学技術の発展で、わからない事がわかるようになるんだ」


「そうなのか?」


「あぁそうだ。あのカラクリ人形もそうだろう。店員が運ぶ必要がなくなった」


「そうか……、

でもそのカラクリ人形が働くせいで、働く先がなくなったんじゃないのか?」


「それは違う。ほらあれを見てみろ。求人だ。条件は悪くない。でも集まらない」


「人手不足だということか?」


「あぁ」


「きつい仕事は人が集まりにくい」


「お前の時代より、ずいぶん楽になったよ」


「ではなぜ犯罪を犯す」


「色々あるが、快楽から犯罪を犯す奴もいる」


「それはいたな。

辻斬りとかしている奴はみんなそうだ。

盗賊にもいたぞ。無駄に斬る奴が」


「石川なんとかは違ったんだろう」


「あぁそうらしい。食えないから、食えない奴を集めて、食うために仕事をしていた。そう聞いた」


「そうか」


「みんなカツ丼が食えれば、犯罪なんてしないと思ってた」


「そうじゃない。だから俺は思うんだ。生まれながらの悪はあるんじゃないかと」

俺は味噌汁をすする。


「あぁそうか。

生まれながらの悪がいる、いないで考えるから駄目なんじゃないか」


「どういう事だ」


「つまり俺……、

じゃなかった。

石川のように食うための悪。

あとは生まれながらの悪。

二つが存在する」


「まぁ、そう考えると、すっきりと整理はできるな」


「なぁ富山さん」


「なんだ」


「このファミレスって所は料理が沢山あってな。

それは良い事で豊かだと思う。

ただ、どこか息苦しいんだ」


息苦しい……、

あぁそれはなんとなくわかる。

昭和にはなかった。

この息苦しさはなんだ。


「あぁわかるよ。

何なんだろうな。

爺のように、昔は良かったという気はないが、息苦しいな」


「わかるか。あんたもこっちの時代の人なのに」


「こっちの時代の人って言ってもな。昭和生まれだからな。昭和平成令和と、こんなに元号が変われば、世界も変わるわな」


「俺な。この店はカツ丼だけで良いと思う。セットは味噌汁くらいで良い」


「あのな。ここはファミリーレストラン。つまり家族向けだ」


「ファミリーレストラン?ファミレスではないのか?」


「ファミレスは、ファミリーレストランの略だ」


「ややこしいな」


「知るか。日本人は忙しいんだよ」


「忙しいとか言って、ずっとスマホとやらを見ておるではないか」


「まぁな……」

俺は何も言い返せないでいた。

豊かなのに、どこか息苦しい。

俺の中に、その言葉がやけに引っかかった。


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