伝説のスリ師
ファミレスの会計で、
加賀はアプリで支払っていた。
「お前、そんなのいつ覚えた」
「相沢殿に教わった。これなら財布をすられなくて済む」
「スリか。最近聞かねぇな。そういや、銀二ってどうなったんだろうな」
「銀二?」
「あぁ伝説のスリ師と呼ばれる男だ。早業の銀二だったか」
「逮捕されたのか?」
「いや。
出没するのがな。年末年始だけとか、金持ち相手だけとかな。
とかくバレにくい行動を取る。
技術も一流だが、恐ろしく頭がキレる」
「まぁスリ師なんて者は、刺されて亡くなるのが関の山だろう。
知ってる奴も何人も野垂れ死んだ」
「まぁ恨みを買うからな。
ただ早業の銀二は、狙う相手が金持ちだけだからな。
恨みは買いにくいだろう」
「そう思うだろう。
でもなスリなんて者は、見分けがつかねぇから、すられた。
俺がすられるなんて、スリ師の技術が高いに違いないなんて、被害者は思うんだ」
「つまり有名な早業の銀二だと思われると?」
「あぁ、そいつは知らねぇけどな」
「石川もあったのかな」
「そりゃあるさ。皆有名な奴になすりつける」
「それは気の毒に」
「昔は捜査?そんな事は大して行われなかったからな。疑わしきは拷問だ」
「今は疑わしきは罰せずだよ」
「良い時代になったものだ」
「たしかにな。しかし銀二は有名とは言え、知ってるのは、その界隈や警察関係者だけだぞ」
「まぁそうだろうけどな。復讐なんてものは、どこから来るかわからない。界隈の人間が口を滑らせるかもしれない」
「まぁな。とはいえ、早業の銀二はただ引退しただけかもな」
「そうだな。そんなにスリの技術が高ければ、修理でもなんでもできるだろう」
「違いない」
俺らは、署に戻った。
「ちょっと良いか?」
俺は課長に呼び止められる。
「はい」
「この件な。少し洗ってくれ。一応な自殺でかたがついたんだが……」
「これは?」
「名前も生年月日も住所もわからん男だ。
去年の年末に繁華街で腹を刺されて……、
ただナイフには、そいつの指紋がべったりとついていた」
「目撃者は?」
「調べたがな……、
ほら年末。
あの騒動があっただろう。
あれに人員が取られてな。
こっちに手が回らなかったんだ」
「歯医者は?」
「かかっていないっぽいな」
「見たところ、身なりは良いようだが」
「あぁそれが不思議なんだ。
身なりは良いのに、素性はわからない。
そしてナイフの方向的に、刺しにくい方向ではあるんだ」
「失踪者のほうでは?」
「調べたさ。それで出なかった。
未解決でも良いんだが、ほら加賀の授業としても良いんじゃないかと思ってな」
「うす」
加賀は言った。
「じゃあ頼むよ」
そう言うと、課長はどこかに行った。
「どこに行くんですか?」
「たい焼きを買いに行く」
「鯛とは贅沢な」
「たい焼きって、魚の鯛じゃないぞ」
「魚以外の鯛もあるのか?」
「いや、魚の鯛は鯛なんだけどな。ややこしいな」
「あぁ令和はややこしい」
「まぁな。たい焼きというのは、鯛の形に作った焼きまんじゅうのようなものだ」
「なるほど。それはめでたい。今度食べに連れていってくれ」
「あぁ良いぞ。まずはこの捜査だな」
「そうか。でどうする?あんぱんは買ってきた方がいいか?」
「張り込みはしないから、あんぱんはいらないよ。
というか、
張り込みで、あんぱん食うか?」
「食わないのか?」
「いや食うけど、昔はあんぱんくらいしか選択肢はなかったけど、今は色々あるだろ」
「カツ丼とか」
「いやいや。張り込みでカツ丼は食わねぇだろ。携帯できるものだ」
「兵糧丸か?」
「なんだよ。兵糧丸って」
「いろんな作り方があるが、小麦の粉やそばの粉、すり胡麻などと生薬を混ぜて練ったものだ」
「そんなの食ってたの?」
「仕事の時はな」
「そうか。美味いの?」
「腹が減ってる時は何でも美味い。でも俺はあんぱんが食べてみたい」
「じゃあ、あとで買いに行こう。あんぱんは小麦とあんこ。たい焼きも小麦とあんこだぞ」
「あんぱんとたい焼きは同じものなのか?」
「いや作り方が違うからな」
「そうか。令和はややこしいな」
「いや、あんぱんは令和じゃねぇよ」
「それより。捜査は」
「あぁそうだったな。すまない」
えっ。
俺が悪いのか?
張り込みにあんぱんとか言ったのは、こいつだよな。
まぁいいか。
ややこしくなる。
「聞き込みに行くか」
「今は何月だ?」
「五月だ」
「事件が起きたのは?」
「年末だ」
「富山さんは、年末の事を覚えているか?」
「覚えていない」
「聞いてわかると思うか?」
「いや、思わないけど」
「だよな。俺もそう思う」
「しかし捜査は足でというんだ」
「それはドラマで見た」
「だったら行くぞ」
「他に捜査するのは?」
「俺ら二人だ」
「こういう場合はな。そもそもなんで、コイツが誰なのかわからないのか?という事が気にならないか」
「まぁな。それはわかる。てか俺が先輩だぞ」
「富山さんが先輩なのはわかる。でもな。俺のほうが生まれたのは早い」
「そりゃ勝てねぇよ」
俺は先輩風を吹かせても、ださくなる一方だと感じた。
しかし、後輩に出し抜かれるのも、気分が悪い。
ではどうしよう。
そうだ……、
「そうだな。お前の勘を一度信じてみよう」
「わかった」
加賀は考えだした。
(ぐー)
加賀のお腹が鳴る。
「腹減ったのか?」
「あぁ。頭を使うと腹が減る」
「さっきカツ丼食ったばかりだろ。それに頭なんか使ったか」
「令和はややこしいからな」
加賀は目を細めた。
そうか……、
たしか江戸時代の情報量と現代の情報量を比べると、
現代人は一日で、江戸時代の人の一年分の情報に触れている。
とか聞いたことがある気がする。
腹が減るのもわかる。
俺は辺りを見る。
パン屋があった。
「パン屋だ。あんぱんを買おう」
「おぉ。張り込みだ」
「いや張り込み専用じゃねぇよ」
俺らはパン屋に向かう。
「いらっしゃいませ」
女性の店員が愛想よく声をかける。
俺は会釈をする。
俺はあんぱんを探すが……、ない。




