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抜け道

「そうか。刑事さんか。しかし随分時代劇のような話っぷりをする」


「時代劇とは?」


「あの……、もうそろそろ加賀さん病室に戻らないと」

女が言った。


「わかった。わかった。話が終わってないから、病室についていくとするわ」


「加賀さん。よろしいですか?」


「無論。構わぬよ。相沢殿と話すのは、楽しいゆえ」


「ですって、相沢殿。良かったですね」

女は笑った。


「じゃあ行こう」


「はい」


「その前に、ちゃんと手を洗えよ」


「手を?どこに水がある?」


「水?」

女と相沢殿は目をあわせて、

クスクスと笑う。


「見本を見せるからな。こうじゃ」

相沢殿は別の便器に、

手をかざす。

すると、

銀色の突起から水がでてきた。


「おぉなんじゃそれは?」


「これはな。センサーというのがついておって、自動的に水が出るんじゃよ」


「それも小便をしたのか?」


「これは手をかざすだけでなるんだ。ほれやってみろ」


「おぉ」

ワシは恐る恐る手をかざす。


すると、

ぬるい水が出た。


「おぉ水が出た」


「そうだろ」


「これは誰かが水を汲んでいるのか?」


「それはな」


「もう、一度病室に戻って」

女は言った。


「すまぬ。すまぬ。色々気になってな」

ワシは頭を下げると、

女はクスっと笑って、歩いて行った。


「はい。はい。行きますよ」

その笑顔はまるで天女のように、

柔和な笑顔であった。


病室に戻り、

再び、

相沢殿と話し始めた。


相沢殿には、

いろいろ教わった。

大便の仕方。

ケツはトイレットペーパーという紙で拭くこと。

野ぐそや立小便をしたら駄目な事。

とは言っても、

場合によっては仕方がない場合もある事。

自動販売機という店での買い物の仕方。

女の尻に触ると、

怒られるか、

場合によっては警察に捕まるという事。

時代劇の事。

江戸時代は15代まで続いた事。

黒船の事。

盗賊や山賊はいなくなったこと。

漆喰を使っている家は少なくなり、

代わりに壁紙を使っている家が多いこと。

病気になると、保険という制度で負担が少ないこと。

戦争や飢饉で亡くなる者が、いなくなったこと。

小さい頃に亡くなる子供がずいぶん減った事。

平民でも音楽などを一年中自由に聞けること。

読み書きできぬ者が、ほとんどいない事。

子供は労働せぬこと。

ワシは驚いた。

そしてその都度、

相沢殿は

「当たり前に思っていたが、戦国時代とか江戸時代の感覚からすると、貴族や大名以上の生活をしてるんだな」

そう言った。


ワシは不思議だった。

時代は随分良くなった。

でも、

刑事という身分はある。

何故なのか?


相沢殿が病室に戻ってからも、

考え続けた。


「おぉ加賀。元気だったか?荷物持ってきたぞ」

富山殿がやってきた。


「富山さん。かたじけない」


「かたじけないは使わないわ。富山さん。ありがとうだ」


「富山さん。ありがとう」


「それで良い。それで着替えと、これが警察学校時代の教科書と、国語辞典だ」


ワシは本を受け取り、

眺めてみる。

なんと小さい字だ。

しかも書いてある量が多い。


「こんなに多くの事を覚えていたのか?」


「いや。ざっくりとだよ。細かく覚えてなんかいない。あぁそうか。昔は四書五経とか暗唱するとか、そういう文化があったのか」


「これは暗唱しなくていいと」


「あぁ、読んで理解して、いざという時に使えれば良い」


「そうか。この国語辞典とやらは?」


「これはわからない言葉を調べるためのものだ。

ところで色々と大丈夫だったか?

トイレとか」


「それは、相沢殿というご老人と、女子が教えてくれた」


「相沢殿?それは患者さんかい?」


「あぁそのような事を言っていた。頼るばっかりで、頼られることがないとか、話相手に良いとか」


「あぁそうか。女子というのは?」


「体温計という道具で熱を測りに来た女だ」


「それは看護師だな」


「あの女子は看護師という名前なのか」


「いや看護師は職業の名前だ」


「なるほど。職業の名か」


「それで、俺はこれからどうすれば良いだろう。説明を聞けば、すぐに出来るのだが、なにせ何もかも見たことも聞いたこともない」


「説明を聞けば、すぐに出来る?

随分器用だな」


「仕事柄不器用ではないが、なんかほら身体が知っているような」


……


身体が知っている?

俺は考えた。


そういえば、記憶喪失になっても、

過去に練習した運動などの技能は、

説明すれば、すぐにできると聞いたことがある。


だとすれば、

一から全部教える事もないかもしれないな。


「おい加賀。小手返し知ってるか?」


「なんだそれ?」


「武術の技だ。ここをこうやるんだ」


「いてててて。止めろ」


「俺にやってみろ」


「そんなものできねぇよ。練習がいるだろ」


「いいからやってみろ」


「ちょっと待て。ここがこうで、あぁそうか。こうだな」


「いて。わかった。もう良い。大丈夫だ」


「ずいぶん簡単だな」


「簡単ではない。少なくとも素人がすぐに出来るようなものではない」


「どういう事だ」


「簡単な事だ。身体が覚えているんだ」


「身体が……、まぁそういう事は言うよな。しかし別人だぞ」


「身体は加賀のものだ」


「それもそうだな」


俺は考えた。


まずは基本的な事を覚えさせた上で、

徐々に復帰させよう。

しかし、

何がわかっていて、何がわからないのか?

俺には常識的すぎて、理解できない。

どうすればいい。

どうすれば、

今の世界を理解できる?


そういえば、外国人は日本の時代劇を見て、日本語を学ぶと聞いたことがある。

だから変な日本語を使う外国人がいると。

あれをやればどうだ?

いやしかし時代劇をみせても、豊臣時代とそれほど変わらない。

それでは駄目だ。

そうだ。

刑事ドラマを見せよう。

たしか、

スマホで刑事ドラマとか見てるって言ってたよな。


「そのスマホ貸してくれ」


「これの事か」


俺はスマホに触る。

パスワードがわからない。


「これ解除できるか?」


「解除?針金かなんかあるか?」


「錠前じゃないんだから。というか鍵開けれるのか?」


「お安い御用よ」


「いいか。この時代では鍵を開けたら捕まるぞ」


「豊臣の世も変わらねぇよ」


加賀の言い方が、妙におかしかった。

信じてるわけじゃなねぇが、

ここまで演技ができれば一人前だ。


加賀はスマホを触りだした。

なぜかスマホは簡単に動いた。


「なんか動き出したぞ」


俺はスマホを見る。

確かにログインできている。

パスワードも無意識に覚えていたのか?

いや違うな。

指紋認証か。



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