孤独
ワシは、
寝床に戻り天井を見た。
知らない天井だ。
こんな天井なら、
忍び込んで暗殺もできない。
そんな風に思った。
あぁそうか。
この世では、
暗殺などもする必要がないのだろう。
ずいぶん平和になったものだ。
「加賀さん。お熱測りますね」
女が言った。
白い衣装。
こいつは巫女か?
なにか白い棒のような物をワシに手渡す。
「これは何だ?」
「それは体温計と言って、熱を測る道具です」
「熱など手で測れば良いではないか?」
「ははは。たしかにそうですが、記録をとるために、病院では、体温計を使うんですよ」
「記録とな」
なるほどな。
しかし病院とはなんだ?
「つかぬ事を伺うが、病院とはなんだ?」
「お名前言えますか?」
「ワシはい……、俺は加賀秀樹。捜査科の刑事でご……、刑事だ」
危ない。危ない。
「大丈夫そうですね。病院とは、病気になったり、怪我をされたりした方を医療の力で治療する場所ですよ」
「なるほど。医術を行うのか?それでその体温計とやらは、鍼灸の鍼か何かか?」
「これは鍼とかではありません。私も仕組みはよくわかりませんが、これを脇に入れて挟んでしばらくすると、体温が測れます。やってみて良いですか?」
「それは構わぬが、どうする?」
「では脇をお上げください」
「あぁ」
ワシは脇を上げる。
「失礼します」
「おいおい、くすぐったいぞ」
「クス……、すみません。はい。これで、脇を閉じてください」
「うむ。こうか?」
「はい」
(ぴぴぴぴぴ)
「何か?体温計が鳴き声を出したぞ」
「そういう仕掛けになっています。では体温計を取りますね」
「くす、くすぐったいぞ」
「すみません」
女は笑っている。
何か良き事でもあったのか?
「えっと、お熱はないですね」
「そうか。ワシ…、俺もそう思う。ところで、厠はどこだ?」
「厠?」
この時代には厠はないのか?
「トイレの事ですか?」
「トイレ?」
「お手洗いの事ですか?」
「小便をしたくてな。外でしたら良いのか?」
「ちょっと待ってください。案内します」
「おぉ済まぬな」
ワシは女に屋敷を案内される。
屋敷は珍妙な造りをしていた。
真っ白な壁に、
白い廊下。
真っ白な壁は漆喰であろうか?
触ると、
漆喰の手触りではない。
白い廊下も木目がない。
それに不思議な臭いがする。
「この匂いはなんだ?」
「消毒の匂いだと思います」
「なるほど毒を消すのか……」
「つきましたよ」
女は言った。
「かたじけない」
厠の中はやけに綺麗だった。
「ちょっと待ってくれ。こんなに綺麗な場所で用を足して良いのか?」
「はい。いつも清潔にしていますからね」
「それで、どこに小便をする?決まっておるのか」
「ちょっと私が説明するのは、あぁ、この方に教えてもらってください。
あの、おしっこの仕方を教えてあげてください」
女は、よたよたした老人に声をかける。
「おしっこ?」
「はい。この方、記憶が混乱されておられるようで」
「あぁ。そういう事か。若いのに大変だな。青年よ。気を落とすな」
老人は言った。
この老人は何を言っておる。
あぁそうか。
この時代の常識とかけ離れているのか。
なにか言っておこう。
「かたじけない」
「ははは。良いって事よ。
病院なんかにおると、
こっちが頼るだけで、誰も頼ってくれない。
教えることができるなんて、それは嬉しいものよ」
「じゃあ相沢さんお願いしますね。私は後ろにいますから」
「あんまり、見るなよ。恥ずかしいからな」
老人は笑った。
「それでな。この便器の中に、おしっこをジャーっとするんだ」
「なるほど。そういう事か」
「ワシが手本を見せる」
老人は便器に近寄り、
小便をしようとする。
出ない……。
「歳を取るとな。中々出ないんじゃ。ちょっと待ってくれ」
「はい」
(ちょろちょろちょろ)
「ほれ、こんな感じじゃ」
「おぉすごい。便器とやらは、このように小便を受けるのか。
では俺もやってみよう」
俺はおもむろに小便をしようとするが、
なんだこの下着は?
ふんどしではないな。
股間を締め付けている。
ふんどしのように、
横から出そうとするが、
出ない。
「なぁご老人」
「ワシは相沢」
「なぁ相沢殿」
「なんじゃ」
「ワシはふんどししか締めたことがない。これは何だ」
「それはボクサーパンツって言うそうじゃ」
「ほう。ボクサーパンツ。どうしたら良い?」
「ほら。こうやって前をズラすんだよ」
老人は見本を見せてくれる。
「ほう、なるほど。やってみよう」
ワシは見様見真似でやってみる。
「おぉ出来た」
「出来たのぉ。よかった。よかった。ではシャーっとしてみろ」
「うむ」
ワシは溜まった小便を一気に排出する。
勢いよく、
小便は出ていく。
(うぃーん。ぷしゅー)
便器から水が出てくる。
「相沢殿。大変だ。ワシが小便をしたら、便器も小便をした」
「うははははは。それは面白い言い方じゃな」
相沢殿と女は腹を抱えて笑った。
ワシは、
可笑しなことを言ったのだろうか。
まったく見当もつかない。
「それは便器を綺麗にする為に、ついた機能なんじゃよ。言ってもワシが若い頃はなかったからな。まぁビックリするのもわからんでもない」
「あぁ、そうか」
ワシは誤魔化す。
いやこれが誤魔化せているのかどうか?
とりあえず、
この場を立ち去ろう。
「相沢殿ご指導感謝する。この御恩はきっとどこかで」
「そんなもの良いよ。しばらくここにおるんだろう。話相手になってくれ。あんたは楽しい」
「それは構わぬが、このようなどこの馬の骨ともわからぬ奴の相手をしていても、困らぬのか?」
「ははは。確かにな。どこの馬の骨ともわからないが、あんたが悪い人じゃないのはわかる」
「大悪党かもしれんぞ」
ワシは盗賊だ。
人を殺めたこともあっただろう。
うん?
あったのか?
昔の記憶が曖昧だ。
「それだったら、それで良い。ワシの見る目がなかった。それだけだ」
「なんと腹の座った御仁だ」
「しかし、あんたは……、そうだ。あんたは名を何と言う」
「い……、加賀秀樹。捜査科の刑事だ」




