偽装
「なぁ石川。お前自分の顔を見たことがあるか?」
「なんどか。見たことはあるぞ」
「そうか」
こいつが石川五右衛門だとすると、
どういう反応を示すのだろう。
「じゃあ。こっちに来てくれ」
「あぁ」
俺は鏡のところに案内する。
「これを見てくれ」
「うん?
誰だ、これは?」
そこには加賀秀樹の姿があった。
「加賀秀樹。俺の同僚だ」
「あぁそうなのか。どうも石川です」
加賀は頭を下げた。
これが演技だとしたら、
たいしたものだ。
「これは鏡だ」
「鏡とは、自分の姿を映すものであろう。これはワシの顔ではない」
「では俺が映ろう」
俺は鏡の前に立ち、
姿を見せる。
「たしかに、これは鏡だ。しかしワシはワシの顔じゃない。どういう事だ」
ここまで、すっとぼけるのは、難しい。
仮にすっとぼけていたとしても、まぁそれはそれで面白くはある。
しかし、
どういう状態なんだ。
記憶障害。
それとも本当に憑依されているとか?
記憶障害となれば、どうなる?
こいつのキャリアは終わるな。
疑惑がかかったら、それだけでも捜査能力が疑われる。
じゃあ前線からは外されて、窓際だろう。
労災は?
休みの日に、サウナに行っててじゃ。
無理だろう。
お袋さんに仕送りしていたみたいだけど、
それもできなくなる。
もし仮に石川五右衛門だとしたら?
ほっておけば、また盗みに入るか?
刑事が大泥棒なんて洒落にならんぞ。
それに刑事が、
自分は石川五右衛門だなんて言い出したら、
警察の面目丸つぶれだ。
おいおい。定年前にそんなの駄目だろ。
正直に上司に報告するか?
母親には?
医師には?
駄目だ。
どれにしたって、
加賀秀樹は救えない。
しかし、
俺が知ってて黙っていたとか、
そういう事になるのも拙い。
どうしよう。
でも、
ちょっと待てよ。
こいつが仮に石川五右衛門だとしても、
加賀秀樹の振りをしたらいいんじゃないか?
でも、
それで上手く行くのか?
やってみよう。
まずは、
再犯の意思があるかどうかだ?
「なぁ知ってるか?石川五右衛門のいた時代から、もう500年ほど時が過ぎた」
加賀の目が大きくなる。
明らかに反応している。
「石川五右衛門とは有名だったのか?」
加賀はじっと見た。
「あぁ天下の大泥棒。そして最後は窯ゆでにされた」
そう言うと、
加賀はすっと目を落とした。
「石川五右衛門の仲間達はどうなった?」
「処刑された」
「豊臣はどうなった?」
「滅びたんだろう。詳しい事はわからんが、徳川家康が天下を取った」
「では今は徳川の治世か?」
「いや。徳川も滅び、民主主義の時代になった」
「民主主義?」
「あぁ民から選ばれた代表が政治を行う時代だ」
「そうか。500年も経てば、ずいぶん変わるのだな」
「石川五右衛門は、なぜ盗んだんだろうな?」
「もちろん食うためだ」
「他に仕事があれば、盗まなかったか?」
「当たり前だ。盗みなんか何が楽しい?」
「そうか。
今の時代では、石川五右衛門は天下の大泥棒と言われている。
そして加賀秀樹は刑事。
昔で言う捕り方だ」
「泥棒が捕り方になったってわけか。笑えないな」
加賀は目を伏せた。
「仮にだ。
その加賀秀樹が、ワシは天下の大泥棒石川五右衛門であるとか、言い出したらどうなる?」
加賀は腕を組み考え込んでいる。
「お上が信じるかどうかはわからんが、暇を言い渡されるやもしれんな」
「加賀秀樹には、お袋さんがいる。お袋さんはどうなる?」
「拙いだろうな」
「石川五右衛門なら、どうするだろうな?」
「奴なら騙し通すだろうな」
「そうだろうな」
「仮にだ。
加賀秀樹が、色々な事を忘れたとした。これは仕事に支障をきたすか?」
「俺という相棒がいる。忘れたら教えてやる。それが先輩ってもんだ」
「すまぬ。富山殿だったか?」
「富山殿なんて、言葉はお前使わなかっただろう。富山さんだった」
「そうか。かたじけない」
「その言葉も使わないな。すみませんだった」
「富山さん、すみません」
「あぁ別にいいよ。それとこの事が冗談かどうかはもう聞かない。もうなしだ。わからない事は聞け。そしておかしな事は指摘する。いいな」
「はい」
「それと二、三日。休みを取って、ここにいろ。署には上手い事言っておくよ。あとお袋さんにも、見舞いは来ないように言っておく」
「すみません」
「あぁ。いいよ。あと加賀の部屋に入って、必要そうなものを持ってくるよ」
そう言い、俺は病室を出て行った。
そこでばったりと看護師に会った。
「あの看護師さん。ちょっと頭を打ったせいか。日常生活とか、言動がおかしいことがあるかもしれません。
なので、トイレの場所とか、そういう基本的なことを忘れているかもしれないので、教えてやってくれませんか」
「わかりました。先生と他の看護師にも伝えておきます」
「すみません。よろしくお願いします」
俺は病院を出た。
署に報告を入れ、
加賀のアパートに向かう。
アパートは比較的綺麗に整っていた。
俺は着替えを探す。
ふと本棚の、
警察学校時代の教科書に目が止まる。
一冊ぐらい、
持っていって、見せておいたほうが良いか。
そう思い、国語辞典と共に、持っていくことにした。
俺は考えた。
何をやっているのかと。
同僚というか、後輩なら先輩として守るのが筋だろうに。
こんなにせこい真似というか、保身しつつ、手助けするなんて。
情けなくも感じた。
しかし、
俺の人生だ。
あいつのせいで、傷をつけるわけにもいかない。
そんな風に、
情けなさと、やることはやったという安堵感。
その両方を感じながら、病院に向かう。
石川五右衛門のままなのだろうか。
それとも、
加賀秀樹に戻るのか?
それはわからない。
しかし、
石川五右衛門という名前はもう消した。
奴の魂が石川五右衛門だったとしても、
彼は加賀秀樹。
捜査科の刑事で俺の同僚だ。
電車がガタンゴトンと揺れるたびに、
自分のできることのちっぽけさに、
鼻をつまみたくなった。
やはり、
人を救う事なんかできやしない……。




