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まりあ、戦友を得る

ノアとの秘密の特訓を終え、現場に戻ったまりあがまずしたことは謝罪だった。

スタッフや監督が次の準備をしている中、まりあは撮影現場の中央へ歩み出ると、背筋を伸ばし深く美しい最敬礼を捧げた。


「先ほどは取り乱し勝手に現場を離れましたこと、深くお詫び申し上げます。皆さまのプロとしてのお仕事に泥を塗る、大変恥ずべき行為でした」


現場は一瞬、水を打ったように静まり返る。

誰一人まりあを責める者はおらず、スタッフたちはただ驚いたようにその姿を見つめていた。

向けられる視線に疑問を抱くまりあへ、真っ先に声を掛けたのは美依菜(みいな)だった。


「ふぅん……逃げ出したんじゃなかったんだ?」


皮肉めいた笑みを浮かべながら、美依菜がまりあのもとへ歩み寄る。

その口調は相変わらず棘を含んでいるものの、不思議と先ほどまでの険しさは感じられなかった。


「逃げるつもりはありません。……ですが、美依菜さんのおっしゃる通り、覚悟が足りませんでした。何もできない新人の分際で先輩方の時間を奪ってしまい……本当に申し訳ありませんでした」


まりあは再び深々と頭を下げる。

その姿を見て、美依菜は小さく息を吐いた。


「……あたしも、あなたのこと知らないくせにキツいこと言った。それに関してはごめんなさい」


そう言って、美依菜もまた素直に頭を下げる。

あまりに突然の謝罪に、まりあは思わず目を丸くした。


「あなた、めちゃめちゃ根性据わってるじゃん」

「……?」

「輝夜(かぐや)と初めてキスシーンを演じた日。あたしはその場で高熱出して、三日間寝込んだから……」

「えっ……」


思いもよらない告白に、まりあはぽかんと口を開けたまま固まってしまう。


「あんなキッラキラの王子様にキスされて、正気を保つなんて無理でしょ……!

だから……たった数十分で戻ってきたあなたのこと、ちょっと尊敬した」


そう言うと、美依菜は照れ隠しをするようにふいっと視線を逸らした。

どうやら、他の演者たちが不満ひとつ口にせずに新人であるまりあの帰りを待っていてくれたのも、そんな事情があったかららしい。

輝夜の浮世離れしたオーラに思わぬところで助けられたようだ。


「でも、ヴィーナは熱を出しながらも這いつくばって、三日で役を仕上げてきたよ」


お互いの健闘を称え合う二人の間に、またしても輝夜がひょいと割って入る。


「オレの相手が務まるのは、今も昔もヴィーナだけ。ヴィーナがいてくれるからこそ、オレは演技ができるんだ」


そう言って、美依菜の髪を一房すくい上げた輝夜が、王子様のように恭しく口づけを落とす。

あまりにも様(さま)になるそのキザな振る舞いに、美依菜は慣れた様子で「また始まった」とでも言いたげな、少し迷惑そうな視線を向ける。


ちなみに、「ヴィーナ」とは輝夜が美依菜につけた愛称だ。

輝夜が勝手に「美依菜」を「びいな」と読んだのがきっかけらしい(決して読み間違えた訳ではなく、彼はわかっていてあくまで勝手に読んだし、呼んだ)。

最初こそ「パパとママがつけてくれた大事な名前を勝手にキラキラネームにするな」と本気で怒っていた美依菜だったが、輝夜は「こっちの方がキミには似合うよ、オレのヴィーナス」と取り合わなかったらしい(それについても美依菜は「誰がいつあんたのもんになったんだっつーの。あと、妙に発音がいいのもなんかムカツク」と憤慨していた)。


最近やけに二人の共演が多いとは思っていたが、そういう理由だったのか。と、まりあは得心(とくしん)する。

美依菜の実力が高いのはもちろんだ。しかしそれ以上に、輝夜の圧倒的なオーラを真正面から受け止められる役者が他にほとんどいないのだろう。

とはいえ、自己顕示欲の塊だと思っていた王子様も、実力ある相手には惜しみなく賛辞を送れる人間らしい。――それは、まりあにとって僥倖(ぎょうこう)だった。

他人の才能を認めることのできる人間なら、必ずつけ入る隙がある。

心を奪うことも、決して不可能ではない。


それに彼らは確か、同じ事務所に所属していたはずだ。


「キミがヴィーナからヒロイン役を奪うなんて、うちの大ボスだって黙ってないよ」

「九条(くじょう)総帥(そうすい)が、そんなことでいちいち出てくるわけないでしょ」

「出てくるさ。……だって相手は、我らが九条グループの永遠のライバル・皇(すめらぎ)だもん☆」


そう――彼らが所属する芸能事務所は、一条(いちじょう)から連なる巨大企業・九条グループの傘下にある。

芸能部門を統括しているのは、確か二条(にじょう)だったはずだ。


そして、九条理仁(りひと)が経済界の頂点に君臨する一方で、まりあの父・皇臨成(いざなり)は常にその一歩後ろを歩み続けてきた。

要するに、皇財閥にとって九条グループとは長年しのぎを削ってきた宿敵――まさに目の上の瘤(こぶ)とも言うべき存在である。


「美依菜さんからヒロインの座を奪うつもりはありません……けれど、九条総帥にはぜひ宣戦布告(ごあいさつ)をさせていただきたいものです」


悪女を演じる以上、中途半端では失礼でしょう。

お宅の王子様も、お姫様も――まとめて、この私がいただきます。と。


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