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幸せな10年でしたが、なかったことに致します。〜だから私に関わらないでください〜  作者: 織子
第二章

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第40話ーかすり傷


「では、今日はゆっくりおやすみください」


アスラン殿下が呼んでくれた宮廷医師の診察が終わると、ロワナはため息を吐いた。


このまま宮廷医師は部屋を出ていくのだろうが、部屋にいるもう一人の人物も連れて行ってくれないだろうか。


突き刺さるような視線を感じ、ロワナは脇に立つ人物を見上げた。仁王立ちで腕を組み、怒気を孕んだ目でこちらを見ている。にもかかわらず、何故か微笑っている。――いや、これは微笑とは言わないのかもしれない。ただ口角を上げているだけだ。


「ノクス。何故そんな顔をしてるの」

「そんな顔とは?」

「無理に笑おうとしているじゃない。怒っているのでしょう?言いたいことがあるなら言ってちょうだい」


ノクティスは自身の口元に手をやり、首を傾げた。

「はい。怒っているので怖いかと思って」


ロワナは衝撃を受けた。

「怒っているのに笑っている方が怖いわ……」


ノクティスは時々こういう天然なところがある。


「ふむ……」


ノクティスは口角を上げるのをやめた。腕を組みなおし、威圧するように言った。


「――では、姫。説明していただきましょうか。こうなった状況について」


回帰してから、ノクティスに叱られることはなくなった。


(そもそも、婚約前までは疎遠が続いていたし……)

ひさしぶりにここまで怒っているノクティスを見る。ロワナの口元が緩むのをノクティスは見逃さなかった。


「姫。全く反省していらっしゃらないようですね。この件が片付けば一緒に水の都を見て回りたかったのですが……早めに帰国致しましょうか?」

「えっ!そんな!ひどいわノクス!私、貴方と回りたいお店をたくさん調べたのに……」


ロワナが抗議をすると、ノクティスはおもむろにロワナの手首をつかんだ。じろじろと赤くなった箇所を見ながらゆっくりと口を開く。


「擦り傷、裂傷、打撲……」


どれも軽い怪我だが、ノクティスの表情を見ると、まるでロワナが大けがでもしたように聞こえる。


「全部かすり傷なのだけど……」


赤銅色の瞳にじろりと睨まれ、ロワナは素直に謝った。


「ごめんなさい……」


ノクティスはため息を吐き、ロワナを抱きしめた。かすかに肩が震えている。


「肝が冷えました。気を付けてください。貴方がいなくなるのはもう耐えれませんから」


呟くように言うノクティスを、ロワナは抱きしめた。腕の中に包み込んであげたかったが、ロワナの腕が足りない。代わりに力いっぱい抱きしめて、もう一度謝った。


「ごめんね……」


そうだった。ノクティスはロワナのいない日々を一度経験している。



「それで、姫。説明は?」

頭をロワナの肩に埋めたまま、ノクティスが言った。


「えっと……そうね。どこから話せばいいかしら」

「最初からです」


ノクティスがぴしゃりと言い、ロワナは観念して話し始めた。



回帰前での、カスティヤでの疫病と、時期を同じくして起きたスタンピード。今回、その疫病の原因であろうイデアルの雫が王都内で複数見つかった事。


「王城の中庭にも植えられていたの。それを植えている庭師に、姉さまが遭遇して攫われたの」


「ふむ……」

ノクティスはベッドのそばの椅子に腰かけ思案した。無造作に足を組み、くだけた姿勢で座っている。親指で唇を軽く押えるのは、長考する時の彼の癖だ。



少しして、ノクティスは口を開いた。

「イデアルの雫とスタンピード……おそらくガルシアはスタンピードは起こそうとしていません」


「どうして?というか、ノクスはイデアルの雫を知っているの?」


詰め寄るように聞くと、ノクティスは困ったように微笑った。

「ええ。回帰前、皇太子殿下が他国の侵略に使った手です」

「兄さまが?」

ノクティスは頷く。


「回帰前、イデアルの雫とスタンピードの関係性に最初に気付いたのは、皇太子…オーガスト殿下です」

「そうなの?てっきりガルシアかと……」

「イデアルの花粉を長期に渡って吸い込むと、身体機能が極端に低下する。その効能に気付いたのは、アルカダイアの学者でしたから……それから殿下は他国の侵略にイデアルの雫を使うようになりました。何度かスタンビートが起こるようになったので、ワーウルフと花の関係性に気付かれました」


「でも、私は回帰前は帝国で花の名前を聞いたことはなかったわ」

「イデアルの雫の効能が分かったのは、姫がアデラジャに嫁いだ後です」


「のちにガルシアも気付いたようですが、今世ではまだ事例が少ないので気付いていないはずです……時に、姫が大量に仕入れてアリアナ様にお渡ししていた花ですが、あれは何があるのですか?」


「ルカルーシュの花よ。魔素を分解する特性があるのよ。知らない?」

「初耳ですね」

「そうなの?回帰前、魔塔が大発見だって騒いでいたから」

ロワナは首を傾げた。ノクティスなら知っているかと思っていた。


ノクティスは再び思案する。

「帝国に不利益な情報は、下級騎士には入ってきません……なんにせよ、ルカルーシュの花にそのような効能があるなら、もっと帝国から取り寄せましょう。今回の件は、出来る限りイデアルの雫を撤去し、ルカルーシュの花を植えればなんとか収まるはずです。報告によれば、ワーウルフもそこまで湧いていないようです」


ロワナはほっと息を吐いた。

「そうよね。まだ魔素もそこまで広がってないみたいだし……イーサクにも伝えて、街の人にも協力してもらいましょう」

















読んでいただきありがとうございます。


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