第29話ー夕方の立ち回り
アルカダイアを発って十日。ロワナとアリアナはカスティヤの外れの街を通った。
「今日はこの街に泊まりましょう。明日には王都に着きますよ」
郊外の街なので、立派な宿泊施設はない。ロワナとアリアナと、侍女二人。それと護衛たちは近くで野営をすることになった。
(ふむ。この街は海に面していないのね)
ロワナはアリアナと同じ部屋だ。アリアナが寝たのを確認すると、窓から下を覗き込んだ。
「イーサク」
窓の下にいる人物に声をかける。そこに居たのは、ロワナの直属の部下、イーサク・ブラウン。40代前半。皇帝陛下より少し歳上だろうか。回帰前に初めて会った姿よりは若く見える。アルカダイア皇室でもなく、皇帝でもなく、ロワナに忠誠を誓っている人物だ。
――アデラジャからの使者だったイーサクに声をかけたのは5年前だ。見覚えのある黒檀の髪にすぐに気付いた。回帰前に、アデラジャでロワナを最初に気にかけてくれた人。ロワナにとって恩人だ。
ロワナが亡くなった末娘と同じ年頃だったので、1人嫁いで来たロワナを放っておけなかったらしい。
イーサクから何度も聞かされていたので、イーサクの娘がいつどんな状況で亡くなるのか知っていた。時間と手段がなかったロワナは、手紙に走り書きで伝えるしかなかった。
日にちと時刻、場所。『この日娘を連れてそこへ行くな』と。
ロワナは恩返しのつもりだったが、イーサクはそれ以来頻繁にアルカダイアを訪れるようになった。
元々、アデラジャ王室に不信感を持っていたイーサクは、ノクティスがアデラジャの君主を討つ少し前に一族でアデラジャからアルカダイアへ亡命している。
「殿下、あまり無茶はしないでくださいよ。私は大公閣下にもきつく言われております」
「あら。イーサクはノクティスの味方なの?私の味方なの?どちらかしら?」
「もちろん殿下でございます。ですが閣下の命令も守らなければなりません。私の苦しい身の上、理解してください」
イーサクは表向きヴァルグレイスの騎士団に属している。比較的自由に動いて私のお願いを聞いてくれるから、ノクティスは分かって騎士団に迎え入れたのだろうけど。
なので私のお目付け役といったところだ。とはいえヴァルグレイス騎士団に入れる程の実力を持ち、あらゆる情報を操作するイーサクはとても頼りになる。
本人も前線で動くには若くないので、ロワナの指示を受けるくらいが丁度いいらしい。
「私の主が活発な方だとは存じておりますが、初めて訪れた国で夜に護衛も付けずふらふらするなんて」
イーサクは泣き真似をしながら泣き言を漏らす。
「そんなことしないわ。いるでしょ、護衛は。知ってるわよ」
ロワナには気配が分からないけど、ノクティスがロワナに付けている護衛は一人二人ではない事は知っている。
「まあそうなのですが。ですが危険は変わりありません」
「そうだけど、確認したいことがあるのよ。服は準備してくれた?」
「ここに」
イーサクが差し出した麻袋の中に、平民の服がある。
ロワナは慣れたもので、素早く着替えた。
「路地裏で着替える皇女なんて殿下の他にいるでしょうか」
イーサクが再び嘆く。
「私はそういう皇女よ。知っているでしょう」
ロワナがぴしゃりと言うと、イーサクは黙った。
◇◇
「おかみさん、お店で一番おすすめを持ってきてくれる?」
「はいよ!観光かい?えっと···お父さんかな?旦那さん?」
「親子よ。アルカダイアから王都へ行く途中なの」
「カスティヤは初めてかい?この街は海に面していないが、海鮮物も少しはある。待ってな」
ロワナはイーサクと居酒屋に来ていた。いつの時代も情報収集は街で一番大きな居酒屋か大衆食堂に限る。
ロワナは周りを見渡して小声で言った。
「少し前は親子でも違和感なかったのに。次から夫婦設定にした方がいいかしら?」
イーサクの顔色がサァッと青ざめた。
「殿下、ご冗談を。閣下に消されてしまいます」
(何を消されると言うのかしら)
「それで私は何を調べれば?」
「ワーウルフの出現状況を調べたいの。流行り病が街で起きた事があるのかも」
「分かりました」
イーサクはこういう時、理由を聞かない。エール片手にカウンターに座っている客の所へ向かった。
(頼りになるわね。イーサクは)
ロワナも料理を運んでくれたおかみさんや、給仕の人にそれとなく聞き込みをした。
◇◇
小一時間過ごして、店を出た。
「んー、あまり有力な情報はありませんでしたね」
「端っこの街だもの。目撃情報があまりないってことは、この地域にワーウルフはあまりいないんだわ」
「もともとワーウルフは水を嫌います。海に面したカスティヤには少ないでしょう」
「そうよね‥‥」
考えながら歩いていると、前から来た人とぶつかった。よろめいたロワナを、とっさにイーサクが庇ったが、イーサクが舌打ちした。
「しまったスリです。麻袋がありません」
着替えが入っていた物だ。ロワナはサッと青ざめた。
「大変っ!指輪が入ってるわ!」
親子設定があったので、指輪をしまっていたのだ。
振り返ると、ドカッ!という何かにぶつかった鈍い
音が聞こえた。
スリはうつ伏せで倒れており、その上に見知った顔がある。
「何故このような場所にいるのです?」
「‥‥!ネルサン?」




