第28話ー馬車の旅路
1週間後、アリアナとロワナは同じ馬車に乗りアルカダイアを出発した。
それぞれに侍女が二人と、護衛が5人。周囲を警戒する騎士が15人。それからヴァルグレイスからも別日に騎士が送られる。それと後方に、ロワナ直属の部下が数人続いている。――大所帯での移動となった。
とはいえ、見える範囲内には騎士が8人ほど。
(それでも多いけれど、だいぶ減らしてくれたみたいね)
「ロワナ。頭を出したら危ないわ」
10歳の子供が注意されるような事を言われ、ロワナは頬を膨らませた。
「分かっています。お姉様、私も成人したのですよ?」
アリアナはクスクスと微笑う。
「あら、ごめんなさい。私にとっては、まだお転婆なロワナ姫なんですもの。あちらに着いたら木に登ったりしないでね」
「もう。いつの話をしてるのですか」
心外だ。最後に木に登ったのはもう5年も前なのに。
また外を見ていると、ふと思った。
(そういえば、お姉様には専属護衛がいないのよね)
オーガストの立太子式後、専属護衛を選んだのは結局シオンだけだった。
聞こうと思っていたのだが、タイミングを逃していた。
「お姉様」
「なぁに?ロワナ」
エリシャ達侍女は、後ろの馬車に乗っている。二人きりなので、いつもよりくだけた話し方だ。それがロワナは嬉しい。
(カスティヤに着くと、お姉様と二人でゆっくり出来る時間はないかもしれないわ)
姉の結婚が、心底嬉しいし、寂しい。
「お姉様は何故専属の護衛を選ばなかったの?」
予想外の質問だったらしい、アリアナはしばし思案して答えた。
「そうね。昔見た演劇の演目が、護衛騎士とお姫様のラブロマンスだったの。当時の私はとても感銘を受けたわ」
(そういえばお姉様は昔から演劇がお好きよね)
「気にしていないつもりだったけど、いざ選ぶとなった時、恐くなったのよ。護衛騎士に恋をしてしまったらどうしようと。演劇のように、結ばれる理由はないのだから。悲しいだけだわ」
ロワナは胸にチクリと棘が刺さった感覚を味わった。アリアナがにこりと微笑う。
「思っていたより、幼稚な理由でがっかりしたかしら?」
ロワナは首を振った。
「いいえ。そんなことない····幼稚じゃないわ」
護衛騎士とは結ばれない。ロワナは痛いほど分かっている。
◇◇
馬車で揺られて四日目。
コンコンっと窓をノックされ、ロワナとアリアナは外を見た。1人の護衛騎士が声をかけている。
「殿下方、海が見えて来ましたよ」
「わぁー!」
透き通る青い海。水面がキラキラ輝いている。
回帰前でも海は珍しかった。アルカダイアには海はないし、アデラジャ王国は少し海に面していたが、近くで見たことはなかった。
「ここはもうカスティヤなの?」
「いいえ。ここはアデラジャの端っこです。もう少し行けばカスティヤ王国に入りますよ」
旅は順調だ。魔獣に二度遭遇したが、護衛達が難なく片付けた。
「そういえばお姉様。私が言ったもの、用意してる?」
「え?ああ、ルカルーシュの苗でしょう?ロワナの言う通りたくさん持ってきたわ」
「さすがお姉様」
「これを私の生活圏に植えればいいのよね?」
「ええ。ルカルーシュの花は魔素を取り込んで分解してくれるの」
アリアナは魔素に対する抗体が常人より弱かった。回帰前、命を落とす魔素事件は解決したが、それから何度か魔素による発作を起こした。
世界広しと言えど、魔素が溢れたこの大陸で、魔素の影響を受けない土地はない。
それでもカスティヤは広く海に面しており、海風が魔素を散らし比較的影響を受けにくい。皇帝がアリアナの嫁ぎ先にカスティヤを選んだ理由の一つでもある。
「ルカルーシュの花が魔素に効くなんて、ロワナはどうして知っているの?誰も知らないのに···」
「偶然知ることが出来たのよ。少しすれば世間にも拡がるわ」
ルカルーシュの花が脚光を浴びるのはもう少し先のことだ。あと数年もすれば、魔塔の学者が発表する。
「偶然ねえ···で?私にもカスティヤに来た目的を話さないつもり?まさか本当に海を見に来た訳ではないでしょう?」
アリアナが流し目を向けた。アリアナとロワナは兄妹の中で唯一両親が同じだ。髪色も、瞳の色も同じ。周りからは似ていると言われるが、ロワナはそうは思わなかった。自分がアリアナと同じ仕草をしても、ここまで艶が出るとは思えない。
(妹の私でもたじろいでしまうわ)
アリアナは大陸でも美姫として名を馳せている。
「私を誘惑しても無駄よお姉様。強いて言うならお姉様がこれから住むカスティヤが安全か確かめに来たのよ!」
嘘ではない。ロワナの言葉に、アリアナは微笑んだ。少女のような可愛らしさもあるが、ロワナにはない妖艶さもアリアナは持っている。
「ふふ。まぁ危ない事をしないのなら構わないわ。それにしてもロワナ。貴方も淑女としての武器を磨いた方がいいわね。今はまだお兄様と大公がなんでもお願いを聞いてくれるでしょうけど、これからは違う人にも要求をする事もあるでしょうから」
そうは言っても、ロワナとアリアナでは持っている物が違うのだ。ロワナの体躯はまだ滑らかな曲線を描けない。
ロワナは姉より貧相な自身の胸を見つめた。
アリアナはにっこり微笑った。
「カスティヤには大公の目はないし、私が色々享受してあげましょう」
「お願いします。お姉様!」
ロワナは姉の魅力的な提案に飛びついた。




