第26話ー可愛い私の婚約者
「おはようございます。ロワナ殿下。気分はどうですか?私としたことが、まさか殿下がそんなにお飲みになるとは思わず、会場の侍従にしっかりと注意するように言い聞かす事を失念しておりました」
気遣う言葉のふしぶしに、棘を感じる。ロワナは大人しくベッドに横たわったままエリシャに謝った。
「ごめん。エリシャ。私が悪かったわ。もう許してくれないかしら」
「私が殿下に腹を立てるなんて滅相もありません。殿下が殿方がお飲みになるような濃度の濃いカクテルを5杯飲もうと、隣のバルコニーに飛び移ろうと、私が物申すことなど出来ませんから」
エリシャが言い終わる頃にはロワナは頭から布団を被っていた。改めて言われると、一国の皇女のすることではない。
(うう。恥ずかしい。きっとノクティスももう知ってるわよね)
昨夜ノクティスが部屋に居たような気がするけど、定かではない。べろべろに酔っていたのだから。それにネルサンに駆け寄ったのも不味かった。今世での自分とネルサンには何の繋がりもないのに、怪しいことこの上ない。
「ああぁ~ッ」
布団の中で呻いた。昨日をやり直したい。
「大いに反省なさってくださいね」
エリシャが容赦なく言う。ロワナが布団の中で悶えていると、扉の外から声がした。
「ヴァルグレイス大公閣下がお越しです」
ガバッと布団から顔を出す。エルシャがちらりとロワナを見たので、ロワナは頷いた。
「どうぞ入ってもらって」
ノクティスにも謝らなければ。皇女でもあるが、今はヴァルグレイス大公の婚約者でもある。どちらにしても相応しくない行いだったのだから。
「ノク···ス?」
入って来たノクティスは、眉間に皺をよせ、口元は固く、誰が見ても不機嫌だった。ニコリともしない。ロワナもエルシャもこれには驚いた。 回帰前はよく誂われたものだが、今世のノクティスはロワナに対して常に礼儀正しかったからだ。エルシャは驚きながらも一礼して部屋を出た。
ロワナが恐る恐る声をかける。
「ノクス、怒ってるの?」
「そう見えますか」
「見えるわ」
ノクティスはベッドの横の椅子に腰掛けると、眉間に皺を寄せたまま、ロワナの手を握った。
「体調はどうですか?もう気持ち悪くありませんか?」
不機嫌顔のまま手を握られているので、ロワナはなんだか可笑しくなった。
「ええ。昨日ほど悪くないわ。ノクティス、昨日はごめんなさい。淑女にあるまじき行いだったわ」
「いえ···貴方に危害がなければ良いのです」
と、言いつつ、まだ表情が治らない。
(これは怒っていると言うより、拗ねている?のかしら···)
なんだか可愛く見えるのだ。
「ノクス、どうしてそんな表情をしてるの?昨日の事以外で私が何かしてしまったのかしら?」
ロワナが両手でノクティスの右手を包むと、更にその上からノクティスの左手がロワナの手を握った。
「···姫、私に言ってないことがあるのでは?」
「え···」
何だろう。あ、ネルサンの事をシオンに聞いたから?
「えっと、ネルサンの事は、回帰前の友人で···」
「それは昨日聞きました。今他の男の話をしないでください」
声音に圧を感じてロワナはすぐに口を噤んだ。ノクティスはため息を吐く。
「カスティヤに行かれるのでしょう?」
(あっ)
「そう!言おうと思ってたのよ。ごめんなさい。お姉様の結婚式に出席したくて」
「ええ。そうですよね。カスティヤはアデラジャよりも遠い。アリアナ殿下の出立に付き添われるとか?でしたらもう一ヶ月もないじゃないですか。結婚式は更にひと月後ですよね?でしたら二月は留守にすると言うことです」
「えっと···」
お姉様が出立する時と一緒に行く事になってたの?それは知らなかったけど···淋しいのかしら?ノクスがこんな風に言うなんて。
口元が微笑っていたらしい。ノクティスが睨んでくる。
「なんですか?何故微笑うのです」
「微笑ってなんていないわ。ノクス、私が遠くに行くのが淋しいの?」
ノクティスはロワナの手を握ったまま、項垂れた。
「――はぁ。そうですよ。婚約したばかりなのに、二カ月も会えないなんて」
ロワナの心臓に掴まれたような衝撃が走る。
(か、可愛いっ。今どんな顔をしてるのかしら)
見たい。表情が見たいのに、ノクティスが頭を頑なに下げているので見えない。
「結婚式に出て、結婚披露パーティーにも出席されるのですよね?」
ノクティスが頭を下げたまま聞いた。
「ええ。折角だし···姉様の周りの人を見ておきたいし」
「·····私も結婚披露パーティーには出席します」
「えっ!それは私も嬉しいけど、ノクス、今すごく忙しいんでしょう?カスティヤまで来れるの?」
ガバッとノクティスが顔を上げた。拗ねた顔をしているのかと思いきや、赤銅色の瞳は熱い光が帯びている。
「···結婚披露パーティーで、私がいなければ誰が貴方をエスコートすると言うのです?シオン殿下はおられないし、皇太子殿下にも婚約者がいらっしゃるので出来ません」
「え?」
それは考えてなかった。
「まさか知らない男に任せろとでも?」
「い、いいえ。ノクスが来てくれると嬉しいわ」
圧を感じて慌てて言うと、ノクティスが満足そうに微笑った。
「早く仕事を片付けて向かいますね」
全く。私の婚約者はこんなに可愛かったかしら?
ロワナは自分より頭一つ分よりも大きな男を見て、そう思った。




