第25話ー皇太子の呼び出し
『いつでも来ていい』なんて危険な事を。自慢の忍耐力でなんとか耐えて額へのキスだけで済ます。
ノクティスは寝ているロワナの髪を掬った。久しぶりに出た夜会。何度も夫人達を撒こうとしたが撒けなかった。部下に聞けば、それが原因でロワナはお酒を飲んだと聞いた。
「――はぁ」
嫉妬したのか?可愛すぎる。
(全く。怒るに怒れないじゃないか)
しかし次からは同じ事がないようにしなければ。あってはならない。自分がいない所でロワナが酩酊するなんて危なすぎる。今回も相当危なかった。シオンがいなければどうなっていた事か。
「ネルサン・カスティヤか····」
回帰前のロワナの王妃時代。知らない事が多すぎる。自分以外の妻であったこと、自分が無力だった証。出来れば避けていたいがそういう訳にはいかない。
(あの藍色の髪、見覚えがある)
回帰前、ロワナの死後。アデラジャ城で喚いた奴がいた。一番暴れていたのは自分だが。牢の中から見えた奴の髪色が、ネルサンと同じ物だった。
(つまり、姫が殺された事で暴れて投獄されたのか?隣国の第二王子が?それはどう考えても···)
「閣下」
暗闇から声がする。
「何だ」
「皇太子殿下がお呼びです」
「·····分かった。行こう」
早いな。本当に。妹の事になると。
回帰前と別人のようで、だが本人であることには違いない。どこかで間違えれば、同じ事が起こる可能性がある。
名残惜しいので、掬った髪にもキスをする。
ノクティスは扉ではなく、侵入者同様、ロワナの部屋の窓から飛び降りた。
◇◇
「皇太子殿下、お呼びでしょうか」
「入れ」
入室してすぐに気付くほど、オーガストは不機嫌だ。
「用意した部屋にいなかったようだが、どこに行っていたんだ?」
口元は微笑っているが、目が全く微笑っていない。この男に殺意の様なものを向けられると、左目が疼く。
「眠れませんでしたので、少し散歩を」
「ふむ。皇女宮によからぬ輩が忍びこんでいると聞いた。警備をもっと強化した方が良さそうだな?」
「それはあってはならないことです。もちろん強化なさってください」
シレッと言ったので、オーガストのこめかみが少し痙攣している。分かっているのなら言わなければいいのに。
オーガストは短く息を吐いた。
「――はぁ。まあいい。今日の事は聞いただろう?カスティヤの第二王子の件だ。お前はあの二人に面識があると思うか?」
「····いいえ」
「そうだろう?カスティヤの第二王子がアルカダイアへ来るのは初めてだし、ロワナは国内から出たことがない」
「その通りです」
オーガストのオッドアイがノクティスを睨む。
「····ふん。お前とロワナには昔から何かあると思っていたが。この件に対しお前が淡々と答えると言うことは、思い当たる節があるということか」
「······」
オーガストが無言で睨む。ノクティスは居心地の悪さを感じた。想い人の兄と言うのは、なんとも扱いが難しい。オーガストがずいっと前に出て口を開いた。
「気に食わないな」
「は?」
「お前が知っているのに、兄の私が知らない事などあってはならんだろう。吐け」
「無茶言わないでください」
オーガストの子供の様な物言いに、呆れるしか出来ない。気心が知れているとはいえ、ノクティスの前で威厳をなくしすぎではないだろうか。
「それともロワナに聞いた方がいいのか?」
「ロワナ殿下がお困りになるだけですから、おやめください」
納得いかない顔をしているオーガストだが、ロワナを問い詰める事はしないだろう。
兄の嫉妬を一身に受けながらノクティスは言った。
「ロワナ殿下も酔われていたようですし」
「そのような言葉でごまかせるとでも?シオンの報告によれば、ロワナがだいぶ親しげに声をかけたと聞いたぞ」
ピキッと眉間に力が入る。
(親しげだと?)
ふつふつと怒りが込み上げる。その場にいなかった自分を呪う。
「ふっ。余裕に感じていると足元を掬われるぞ」
煽られているのは分かっている。舌打ちをしてオーガストを睨む。
余裕のなくなったノクティスを見て、オーガストは少し気が晴れたのか声色を変えた。
「ネルサン・カスティヤをどう思う」
「まだ何とも言えません」
オーガストはにやにやと言った。
「早急に調べ尽くす事だな。ひと月後にはロワナは我々と一緒にカスティヤに発つ」
「···は?」
思いもよらない言葉に、一瞬固まる。
「ん?なんだ聞いていないか?ロワナはどうしてもアリアナの結婚式に出たいと言うから、ロワナも連れて行くことにしたぞ」
オーガストのニヤニヤが止まらない。水を得た魚のようだ。皇太子であることを忘れそうになる。
「まぁ大公は先一年多忙を極めているようだから、付いて来ることは叶わんだろう。土産を期待しておけ」
(全くこの男は···)
今世も前世も腹が立つ。まぁ回帰前は今と比ではなかったが。
ノクティスはため息と共に言った。
「御心遣い感謝致します。ご用は終わったようなので、私はこれで」
「ああ」
廊下へ出ると、ノクティスは大股で歩いた。
(何故失念していた?姫がアリアナ殿下の輿入れに付いて行く事など、考えればすぐにわかったはずだ)
浮かれていたのだ。ロワナとの婚約に。
ノクティスは背後にいるライネルに歩きながら言った。
「向こう半年の私のスケジュールと、カスティヤへの回路、ネルサン・カスティヤについても早急に調べろ」
読んでいただきありがとうございます。
第二章スタート、今日も何話か投稿します。




