第2話「異世界での出会い」
寝ているとき、夢の中で階段を踏み外したり、高い場所から飛び降りたりして――ビクッと体を震わせて目が覚める、あの感じ。
まさにそれで飛び起きた俺の目に飛び込んできたのは、知らない天井だった。
……あれ?ここはどこ?私は――廻 明楽です。
うん、記憶はある。確か《真・ソード&マジックワールド》をプレイしていて、“竜人魔法”を調べてたら……そのまま寝落ちしたんだった。
体を起こして周りを見渡す。
薄明かりが木漏れ日のように差し込む広場だった。
――う、美しい。それが、この場所に対する第一印象だった。
四方は苔むした樹々に囲まれ、枝の隙間から光がこぼれている。
地面には二センチほどの草が一面に茂り、その中央には湧き水が静かに流れ出す。
湧き水に近づこうと立ち上がった瞬間――気づいた。
なんと、生まれたままの姿だった。
いや、それならまだいい。
問題は、体中…腕や太ももにも入れ墨のような模様が浮かんでいることだ。
しかもこれは彫ったものじゃない。うっすらと赤く光る、“エネルギーライン”のようなものが体中を走っている。
……こんなハングレみたいな体じゃ、絶対に温泉にもプールにも行けないぞ!
でも――体つきは、以前よりずっと筋肉質でがっしりしている。
これは、正直うれしい。
もともと太っていたわけじゃないが、中肉中背で特徴のない体だったからな。
湧き水に顔を映してみると――確かに“廻 明楽”の顔だ。
だが、日本人というより、どこか西欧人風の顔立ちに変わっている。
いわば、自分の顔をAIで「西欧風に加工」したような感じだ。
見知らぬ場所、違う肉体、眠る前にプレイしていたゲーム――。
感のいい令和世代なら、思いつくことはひとつ。
そう、異世界転移 or 転生だ!!
……冗談じゃない!
俺はまだ結婚してないし、彼女もいない(今は!)
だけど、両親も健在、弟もいる。祖父母だって父方と母方ともに元気だし、俺はおばあちゃん子なんだよ!
高校生のときも長期休みには必ず会いに行ってたんだ。
会社だって、五月病でちょっとだるいだけなんだ。
上場しているだけあって福利厚生は完璧だし。そもそもゴールデンウィークでしっかり休みを頂ける会社なんだ。
辞める訳がない!現実での俺は輝かしい未来がまだあるんだ!
「なんだか騒がしいと思って戻ってきてみれば……めずらしい。人がこんなところにいるなんて。」
背後から、鈴の音のような声がした。
振り返ると――う、美しい。それが彼女に対する第一印象だった。
銀糸の髪がふわりと浮かび、淡い青の瞳が湖面のように光る。
頬にかかる髪の隙間から、かすかな微笑みがのぞいた。
けれどその笑みは、どこか懐かしくも、悲しい。
……詩人になってしまうほどの美しさだった。
「……もしかして、私が見えるの?」
水底に響く鈴のような声。
確かに耳に届いているのに、少し遅れて心に染み込む――そんな不思議な響きだ。
そんな彼女に見とれていると、ふと気づく。
……その、なんというか――下品なんですが……ぼ(略)
「はぁ……やっぱり見えているみたいね」
「こ、これはお見苦しい姿を晒してしまい、大変申し訳ございません!」
慌てて“前”を隠す。だが着るものがないのだから、困ったものだ。
「ねぇ。あっちに冒険者の持ち物があるから、使えそうなものがないか探してみなよ」
彼女が指さす方へ行ってみると――骸骨。
樹の根に絡め取られ、朽ち果てた人間の遺体だった。
「ぎゃああっ!」
少女の前で情けない声を上げてしまった。でもしょうがないだろ、目の前に人骨がそのままあるんだぞ!
「なんだ、冒険者のくせに骸骨くらいでびっくりして。そんなのでよくここまで潜って来られたね」
「いや、その……俺は急にこの場所に飛ばされてきたようなもので……この世界の人間じゃないというか……異世界転移って知ってます?」
「うん、まぁそんなことより、早く服を探しなよ」
“前”から手を離した俺に、彼女は冷静にそう告げた。
おかげで少し冷静さを取り戻す。
防具らしきものを漁ると、皮の鎧、小手、足具、そしてボロの槍。
使えそうだ。汚れてはいるが、湧き水で洗えばなんとかなる。
とりあえず衣類を腰に巻きつけておこう。
◆◆◆
装備を整えたあと、改めて礼を言う。
「ありがとう。助かりました」
「どういたしまして。……落ち着いたところで、いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいですとも」
「おっと、その前に自己紹介だね。人と話すのは久しぶりだから……
私はエルシナーデ・ストレア。冒険者だったけど、この“光の胎内”で死んでからは、こうして幽霊みたいに彷徨ってるの」
「俺は廻 明楽。さっきも言ったけど――」
(待て。ここで“別の世界から来ました”なんて言っても理解されないだろう。めんどくさいやつ扱いされるのは避けたほうがよさそうだ……!)
「えっと、気づいたらここにいて……それまでの記憶があやふやで」
「ふ~~ん。」
(どうだ……通ったか?)
「……」
「………」
「…………」
ゴクリ…
「……っふ。やっぱりね。貴族のお坊ちゃまが冒険に来て、他の悪い冒険者に身ぐるみ剝がされてここに捨てられたってとこでしょ。命まで取られなかったのは運がよかったね」
(通ったけど…なんだその感想は。最初に見せた”かすかに微笑み、その笑みは、どこか懐かしくも悲しい”感じだったのは、
単に俺の境遇を解釈違いして憐れんでいたのかい!)
「う、うん……そうなのかも、あはは」
(それにしても今“光の胎内”って言ったな。やっぱりここ、《真・ソード&マジックワールド》の世界だ!)
「じゃあ、君のことは“アキラ”と呼ばせてもらうね」
「はい、よろしくお願いします。エルシナーデさん」
「ところで、アキラの体に描かれてる文様……魔方陣みたいだけど、それは何?」
やっぱりコレが気になるよね、エルシナーデさん。
まぁいいか、正直に答えよう。
「これは《ドラゴン・ブラッド》という竜人魔法による加護の魔法です。
術者のドラゴンは自らの血を対象にかけ、その力であらゆる攻撃から身を守ることができる。
しかし代償に、ドラゴンは生命力を支払うんです。」
「すごい! ドラゴンの魔法なんて文献でしか見たことないよ。
アキラが無事だったのも、その加護のおかげかもね。
でも、あまり吹聴しないほうがいいよ。ドラゴンは人間にとって“天災”だから」
「そうですね。気をつけます。」
(そうだ、この世界ではドラゴンは忌まれた存在なんだったな……。だから竜王バハムートとの共闘にも苦労したんだよね)
「ところでエルシナーデさんはここを彷徨っている。と、いってましたけど、”胎内”の外には出られないんですか?」
「うん、そうなんだ。もう何十年もここを彷徨ってる」
「”光の胎内”には多くの冒険者が訪れるんだけど、誰も私を見たり、声を聴いたりすることは出来ない」
ええ!?何十年も”胎内”に!?という事は俺よりも年上という事か…少女だからといってタメ口きかなくてよかった…
ちがう、そうじゃない…
「エルシナーデさんが彷徨い続けて何十年の間、認識できたのは俺だけなんですか!?」
「そうだよ。なんでアキラには私が見えるんだろうね?もしかしてその加護の魔法によるものかな?」
う~~む…でも、その可能性しかないよな。
確か、習得した竜人魔法のもう一つは《オール・コミュニケート》…
この魔法は
”人族およびドラゴン族、あらゆる種族と意思疎通が可能(古代語含む)”
とあったはずだ。”あらゆる”ってところに幽霊のエルシナーデさんも含まれているのかもな…
「たしかに俺のこの竜人魔法による可能性が高いですね」
「そう…それはよかった。これで退屈せずにすみそうだ」
そういって微笑を浮かべるエルシナーデさんをみて、彼女が幽霊であることもあってか暗黒微笑を浮かべているようですこし怖くなってしまった。
「ちょっと。悪霊をみるような目でみないでよね。別にとって食ったりなんてしないから。せっかく会話できる人が現れたんだ、仲良くしよう」
「ほら、そろそろ装備も乾いたでしょ。出口まで案内してあげるから身支度しなよ」
「あ、ありがとうございます。お願いします。」
エルシナーデさんは木の根の間を、まるで霧のようにすり抜けて進む。
俺はというと、ボロ槍でツタを払いながらようやく後を追っていた。
「……止まって。まずい、《キラー・ウッド》がいる」
ツタの陰から覗くと、見覚えのある木のモンスターがいた。
ゲーム序盤の定番モンスター、《キラー・ウッド》
レベル2――初期状態の俺には分が悪い。けど、《ドラゴン・ブラッド》の加護がある。
ダメージは1、2程度に抑えられるはずだ。
よし、腕試しといこう。美少女の前で格好つけるチャンスでもある!
「戦う気? 大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫です。竜人の力を持っていますから。見ていてください」
「すごい自信だね。……じゃあ、見学させてもらおうかな」
《キラー・ウッド》がこちらを感知し、ずるりと動き出した。
こいつの注意するべき点は足元だ。意外と広い範囲に根をはって足元を絡めてくるから、所見ではスタンさせられて一方的になぐられるんだよね。
でも、気を付ける点はそのくらいだ。筋力30からくりだされる俺の槍攻撃をうけるがいい!
足元の根に注意しながら、一気に槍を横薙ぎに――
バキッ!決まった…
のは俺の槍の方だった。ボロの槍だったから一回の攻撃で折れてしまったのだ。
だが、筋力30は伊達ではない!
一撃で枝を数本へし折り、本体にダメージを与える。
《キラー・ウッド》は大きく揺れ倒れそうになるが、その反動で太い枝を薙ぎ払ってきた。
バッチコ―――ン!!
「ぶべらっ!」
受け身を取れず、木の壁に叩きつけられる。
痛ぇ……でも致命傷じゃない。《ドラゴン・ブラッド》の効果が発動してるの感じるね!
それよりも、みっともない悲鳴を漏らしてエルシナーデさんにかっこ悪いところを見せてしまったが、大丈夫まだ挽回できる。
ここで余裕のあるパフォーマンスをみせて。
俺は《キラー・ウッド》の方に向きなおり、
「やるじゃない!」(ニコリ)
出血を親指で拭い、笑みを浮かべる。キマった……たぶん。
でも、エルシナーデさんの表情を伺う余裕はない。次も同じ攻撃を繰り出そうとしている。
二度も同じ攻撃を食らうものか。
今度の攻撃は屈みこむことで回避できた。
でも、攻撃手段がない…素手で殴りつけるか?筋力36の素手攻撃ならこの程度の相手、いずれは倒せそうだけど…
まてよ、今の俺は竜人だ。その竜人魔法LV1に《ピアッシング・クロー》とかいうのがあったな。
竜人魔法を発動するのは詠唱ではなく”強くイメージすること”だったな。よし!
腕をクロスし、強くイメージする。
拳から金属の爪を伸ばす黄色いアメコミヒーローを思い浮かべ――想像!信じ!念じる!
ジャキッ!
(いってぇぇぇ!!)
皮膚を引き裂き、拳から三本の鉤爪が飛び出した。
迫り来る《キラー・ウッド》の枝を一閃。枝があっさりと斬り落とされる。
さらに接近して幹を斬りつけると、サクサクと木屑が飛び――最後には真っ二つに折れた。
……勝った。
この世界での、初めての戦闘。
そして、俺の“竜人としての冒険”が、ここから始まったの瞬間でもあった。
作品を読んで下さりありがとうございます。
次回、第3話は10月25日(土曜日)18:00投稿を予定します。
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前作「落ちこぼれ召喚士少女、召喚したのはターミネーターだった」もよろしくお願いします。




