甘い旅
静かな森の中、小鳥のさえずりと木々を揺らす風の音が心地よく耳に届く。
夏の終わりを告げるような柔らかな陽射しが、二人の肩に降り注いでいた。
ロゼリオと紗凪は、フォルス王国を離れ、小さな街を巡る旅を続けていた。
魔物の気配も穏やかなこの地では、護衛の心配も少なく、まるで恋人同士の観光旅行のようだった。
「ロゼリオ、あそこの果物、美味しそうじゃない?」
紗凪が指差したのは道端の露店。
赤く熟れた果実が籠いっぱいに積まれていて、ほんのりと甘い香りを漂わせていた。
「これは⋯⋯“紅月の果実”ですね。
ひと口食べると恋が成就する、なんて言い伝えもあるそうですよ」
「へえ、そんなロマンチックな⋯⋯」
紗凪がひとつ手に取り、思い切ってかじる。
瑞々しい果汁が溢れ、口の中に優しい甘さが広がった。
「お、美味しいっ⋯⋯!」
無邪気に笑う紗凪を見つめるロゼリオの瞳に、熱を帯びた光が宿る。
だが、紗凪はその視線に気づかず、果実をもうひとつ、ロゼリオの口元に差し出した。
「はい、ロゼリオも」
「⋯⋯私の手からでなくていいのですか?」
「⋯⋯へ?」
ロゼリオはいたずらっぽく微笑むと、紗凪の手ごと果実に唇を寄せた。
果汁と一緒に、彼女の指先をやんわりと甘噛みする。
「な、なにするのよぉ⋯⋯っ!」
顔を真っ赤にして慌てる紗凪の姿に、ロゼリオは満足そうに笑う。
「嫉妬していたんですよ。
あなたが果実に夢中で、私のことを少しも見てくれないから」
「う、嘘つけ⋯⋯っ」
その頬をむくれさせながらも、紗凪はしっかりとロゼリオの手を握っていた。
手のひらに残る温もりは、果実の甘さよりもずっと深くて、心に染み渡っていく。
やがて森の奥、小さな湖に着いた二人は、並んで腰を下ろした。
「こうして、あなたと何気ない時間を過ごせることが、どれだけ奇跡か⋯⋯わかりますか?」
「⋯わかるよ。だって私も、そう思ってる」
湖面に映る青空の下、ロゼリオが紗凪の肩を引き寄せた。
ゆっくりと顔が近づいて──触れたのは、果実よりも甘くて、静かな深いキスだった。




