道しるべ 2
神殿を出たあと、ロゼリオは終始無言だった。
玲奈は「じゃあまたね〜!」と手を振って別の通路へ消えていき、紗凪とロゼリオは静かに石畳の道を並んで歩いていた。
(⋯⋯言えばよかったのに)
心の奥底で、そう思っている自分がいる。
(“帰れる方法”があるって⋯⋯言えば⋯)
でも、どうしても口に出せなかった。
ロゼリオがあんなふうに他の子と笑い合っている姿を見て、胸の奥がきゅうっと痛んだ。
(なんで、あんな気持ちになるの?)
彼は、自分の「保護者」。
命の恩人で、旅の相棒。それ以上でも以下でもない――そう思い込んできた。
けれど、胸がざわめくこの感情は、そうじゃないと告げていた。
そして同時に、はっきりと自覚する。
(私⋯ロゼリオのこと、好きになってる⋯)
だけど――。
「⋯⋯紗凪さん、どうかされましたか?」
ロゼリオの声が、少しだけ柔らかい。
「え⋯⋯ううん。なんでもない」
「本当に? 神殿では、何か見つけられたのでは?」
「⋯⋯あったけど」
「ほう」
「でも、⋯⋯きっと関係ないことだし。
忘れていいと思う」
声が自然と弱くなる。
その瞬間、ロゼリオの緑の瞳が、まるで何かを察するようにじっと紗凪を見つめた。
「⋯⋯そうですか。では、無理には聞きません」
歩みを進めながら、ロゼリオは何も追及しなかった。
その優しさが、逆に紗凪の胸に刺さる。
(ほんとに⋯⋯バカだな、私)
手にしたかもしれない“帰り道”を黙って、何もなかったふりをして、隣にいる彼の歩幅に合わせて歩いている。
それが今、自分にとって何よりも大切だったから。
宿に戻っても、会話はどこかぎこちないままだった。
紗凪は荷物の整理をするふりをしながら、ふと、ちらりとロゼリオの方を盗み見る。
窓際で外を眺めていた彼が、ふとこちらを振り返った。
「⋯⋯明日も、神殿へ?」
「ううん。⋯⋯もう、行かない」
「⋯⋯そうですか」
目を伏せて答えると、ロゼリオは短く「わかりました」とだけ言った。
それ以上、何も言わない。
それが、少しだけ寂しかった。
夜。ロゼリオは灯りも落とした部屋の中、椅子に腰掛けて独りごちた。
「⋯⋯本当に、何も伝えてくれませんでしたね。紗凪さん」
月明かりが窓から差し込む。ロゼリオの指先から、細い蔦がぬるりと床を這うように伸びていく。
彼の瞳に、一瞬だけ赤い光が宿った。
「あなたの心が⋯⋯誰に向いているのか、知っていながら」
口元に浮かぶのは、微笑とも冷笑ともつかない表情。
そのまま静かに目を閉じて呟いた。
「でも⋯⋯まだいい。もう少しだけ、知らないふりをしましょう」
そうしてロゼリオは、再び椅子の背にもたれかかった。
隣のベッドでは、紗凪が小さな寝息を立てていた。
夢の中で、彼女は笑っていただろうか。泣いていただろうか。
それを知ることすら、今のロゼリオには恐ろしいほど甘美だった。




