フォルス王国 4
朝の光がカーテン越しに差し込む頃――
紗凪はまどろみの中で、ふわりと甘い香りに包まれていた。
どこか湿った、森の奥に咲く花のような、そんな香り。そして、肌に何かが触れている感触。
あの時の夢のような⋯。
(⋯⋯なにこれ、ぬる⋯⋯って?)
ぱちりと目を開けると――すぐ目の前に、赤い髪と緑の瞳があった。
「⋯⋯ロゼリオ!?」
跳ね起きようとして、紗凪はようやく気づいた。
自身の腰や腕、脚に絡まる、赤黒い蔦。
その根元は、ロゼリオの手袋の外れた右手から伸びていた。
「え、ちょっ、なにこれ、なんで私、縛られて――」
小さな悲鳴を上げた瞬間、ロゼリオの睫毛が震え、ゆっくりと目を開いた。
「⋯⋯おはようございます、紗凪さん」
寝起きとは思えぬほど甘く、艶のある声。
ロゼリオはゆっくりと体を起こし、紗凪の髪を指でなぞった。
「⋯⋯可愛い悲鳴、聞かせていただきました。ご褒美、差し上げないと」
「なに言っ――」
言葉が終わるよりも早く、ロゼリオの唇が、そっと紗凪の口元に落ちた。
触れるだけのキス。それなのに、体が熱を帯びていく。
「っ、や、やめっ⋯⋯起き抜けに何してんのよ!」
逃げようと体を動かすも、蔦がぬめるように強く締めつけ、動きを封じた。布団の上で、紗凪は完全に捕らえられている。
「ロゼリオ⋯⋯離して⋯⋯」
「どうしましょう。貴女があまりに可愛らしいから、手が⋯⋯いえ、蔦が止まらないのです」
笑いながら、ロゼリオは蔦を一房、指に巻きつけるように紗凪の頬に這わせた。
「紗凪さん⋯⋯」
囁くような声が、耳に注がれる。
「貴女が欲しいのです。心も、体も、全部。
ねえ⋯⋯叶えてくれませんか?」
その声音に、どこか獣のような熱を感じて、紗凪は全身が一瞬で赤く染まった。
(だ、だめ、変な空気⋯⋯! これ以上は――)
その瞬間――コン、コンと、間の抜けたノック音が響いた。
「⋯⋯失礼します、朝食は下の食堂で準備できておりますので」
宿の女将の声に、ロゼリオがふっと息をつく。
「⋯⋯タイミングが悪い。とても、悪い」
唇を尖らせ、仕方なさそうに指を動かすと、蔦がスルリとほどけて紗凪の体から離れた。
紗凪は布団をかき抱きながら、真っ赤な顔でロゼリオを睨む。
「⋯⋯バカぁっ!!」
声を上げて、逃げるように部屋を飛び出していった。
残されたロゼリオは、布団の上でくすくすと笑いながら、片手をひらひらと振った。
「いってらっしゃいませ、紗凪さん。
⋯⋯いい朝でしたね」
食堂の階下から、紗凪の叫び声が微かに聞こえたあと――部屋に沈黙が戻った。
ロゼリオはベッドの上に腰を下ろし、手袋を取り戻してそっと嵌める。
蔦は、今も僅かに指先から揺れていた。けれどその動きは、熱とは別の何かを訴えているようで――
「⋯⋯あの聖女。あまりにも邪魔ですね」
ポツリと呟いた声に、もはや笑みはなかった。
「紗凪さんに近づく者は、皆――」
淡く、凶兆のような赤が、ロゼリオの指先で蠢いていた。




