フォルス王国 2
「聖女としての務めは⋯⋯一年間。
魔王軍の勢力を退けるために、神の加護を広げるのが役目なの」
神殿の静謐な書庫の中。玲奈は神書を抱えながら、真っ直ぐに紗凪を見つめていた。
「一年経ったら、帰れるって言われてる。元の世界に」
「⋯⋯帰れる⋯?」
紗凪の胸が小さく鳴った。期待と不安がせめぎ合う。
「でも、あたし⋯⋯聖女でもないし、巻き込まれただけで⋯?」
思わず零れた本音に、玲奈は困ったように微笑む。
「ううん、もしかしたら“例外”なんてあるかもよ。ねえ、これから神官に相談してみる?」
「⋯⋯うん」
でも――その「もしかしたら」がどれだけ不確かなものか、紗凪には痛いほどわかっていた。
そのとき、玲奈がふとロゼリオへ目を向けた。
「⋯⋯ねえ、この人は?」
微笑みながら玲奈が尋ねると、紗凪は少し言葉に詰まりながら紹介した。
「ロゼリオ⋯⋯植物の魔法が使える人。
こっちの世界で助けてもらってて⋯⋯ずっと一緒に旅してるの」
「へえ⋯⋯なんか、すっごく美形だし、妖しい雰囲気⋯⋯私、こういう人ちょっと好みかも♪」
玲奈が目を輝かせる。対するロゼリオは、ただ静かに彼女を見た――その瞳には、冷ややかな光だけが浮かんでいた。
「ご挨拶を。⋯⋯私には、特に興味はありませんので」
「えっ⋯⋯?」
玲奈が軽く目を丸くするが、ロゼリオは一歩も引かず、まるで“空気”でも眺めているような無関心さで応じる。
その日の午後、神殿を案内するという名目で、玲奈は何かとロゼリオに絡んでいた。
「ロゼリオさんって、どんな食べ物が好き? 私、料理も得意なんだよ~」
「⋯⋯必要としておりませんので」
「そ、そんな冷たいこと言わないでよぉ~♪ ね、今度うちの神殿にお茶しに――」
「⋯⋯」
受け流すでもなく、拒絶するでもなく。ただ沈黙と無表情で、ロゼリオは玲奈の言葉を受け流し続けた。
その様子を横で見ていた紗凪は、なんとも言えないモヤモヤを抱えていた。
胸の奥に引っかかる感情がある。嫌悪とも違う、羨望とも違う。だけど確かに、彼女の中で何かが波立っていた。
(⋯⋯なんでそんなにベタベタできるのよ)
本棚の前で、召喚に関する書物を無理やり視界に押し込む。
けれど内容は頭に入ってこなかった。ページをめくる手が、つい強くなってしまう。
(あたし⋯⋯何でこんなに気にしてんの?)
夕刻になり、二人は神殿を離れた。
王国の通りには提灯が灯り、どこか落ち着いた空気が漂っている。ロゼリオが見つけた宿は、街の端にある静かな館だった。
部屋に入ると、ロゼリオは鞄を下ろし、振り返って紗凪を見つめた。
「お疲れ様でした。玲奈さん⋯⋯でしたか。聖女としての役目、随分と張り切っているようですね」
「⋯⋯はは、そうだね。ああいう子だし、前向きで」
わざとらしい口調になった自分が嫌になる。
「⋯⋯」
ロゼリオはふと、ベッド脇に歩み寄ると紗凪の前でしゃがみ込んだ。
その視線は冗談の欠片もなく、静かに熱を帯びていた。
「紗凪さん。あなたは⋯⋯“私の”でしょう?」
「な、何言って⋯⋯!
玲奈のほうが、可愛いし、あんな子の方が⋯⋯好きなんでしょっ⋯⋯」
叫んだ瞬間、口を押さえた。
自分が思っていたよりずっと、強い感情がそこに込められていたことに気づいてしまった。
ロゼリオは目を細める。ゆっくりと、唇の端を吊り上げた。
「――では、明日から覚悟なさってくださいね」
「な、なにが⋯⋯」
その笑顔は、酷く美しく、そして恐ろしいものだった。まるで毒をもった薔薇のように。
「全部、わからせて差し上げますから」




