気持ちに蓋を 2
陽が傾き始めた迷いの森の中、紗凪とロゼリオは静かに歩を進めていた。
昼を過ぎてもなお、鬱蒼とした森は仄暗く、足元に差す光はわずか。けれど、どこか安心感があった。
きっと、それは彼が隣にいるからだろう。
「⋯⋯ねえ、ロゼリオって、さ。前から思ってたけど、植物のことすごく詳しいよね」
何気ない問いだった。だが、ロゼリオはふと足を止めて、肩を揺らすように笑った。
「ええ。私の能力は、植物と深く繋がっていますから」
「繋がってる?」
「正確には⋯⋯話すことができます。彼らの声を、私は聞けるんですよ」
紗凪は驚いた顔をする。
「植物の⋯⋯声? それって、言葉みたいに?」
「言葉というより、感情や記憶に近いかもしれませんね。
風に揺れる葉の震え、根が伝う振動、花が開く鼓動⋯⋯すべてが、彼らの“声”なのです」
静かに語られるその説明は、詩のように美しく、同時にどこか切なさを含んでいた。
「たとえば、この森の木々も、あなたがここにいることを知っています。
毒を吸って倒れたときも⋯⋯彼らは、必死に私に伝えてきました」
ロゼリオの指先が、そっと苔むした幹に触れる。すると、風もないのに葉がふわりと揺れた気がした。
「すごい⋯⋯まるで生きてるみたい」
「生きていますよ。私にとっては、友人であり、家族であり⋯⋯時に、師でもある」
優しい声に、紗凪の胸がじんわりと温かくなる。けれどその直後、ロゼリオの表情に影が落ちた。
「でも、今は⋯⋯」
「⋯⋯え?」
「今も、どこかで禍つ霧が広がっている。私にはわかるんです。
遠くからでも、植物たちの悲鳴が⋯⋯絶え間なく届く」
彼の視線は森の奥を見据えていた。深い悲しみと、怒りと、焦りを湛えて。
「彼らは叫んでいます。焼かれて、枯れて、侵されていく苦しみを。
命が無残に踏みにじられていく絶望を。けれど、誰にも届かない。誰にも助けてもらえない」
言葉のひとつひとつが胸に突き刺さった。
「⋯⋯それって、ずっと聞こえてるの?」
「ええ。何をしていても、寝ていても。遠くの、助けられない命の声が、私を苛み続ける」
その横顔は、今まで見たどのロゼリオよりも、弱く、脆く見えた。
気がつけば、紗凪はそっと彼の袖を掴んでいた。
「⋯⋯ロゼリオ」
「⋯⋯はい」
「あなたが聞こえる声⋯⋯私には聞こえない。でも、あなたの声なら、私に届くよ」
ロゼリオが、はっと目を見開いた。
「私には何もできないけど⋯⋯でも、あなたが悲しい時は、ちゃんとそばにいたい。
ロゼリオが苦しんでるなら、少しでもその痛みを分けてほしい」
静かな森の中に、紗凪の言葉がそっと響いた。
ロゼリオは、目を伏せて小さく笑う。
「あなたは⋯⋯やはり、不思議な人ですね」
彼はそっと紗凪の手を取った。いつもより少し、強く握られる。
「⋯⋯ありがとう。あなたのその言葉だけで、私の世界は救われる気がします」
また、歩き出す。
手と手が、心と心が、確かに繋がったまま。




