第四章 相応の扱い
翌日、マーシュマロウさんは驢馬にたくさんの荷物を積み、馬に乗って旅立っていきました。次に来るのは中期、そして森人たちが集まる寒季の初めの、年に二回。私はその背中を見送りながら、一抹の寂しさを感じていた。
彼はとても賑やかな人だから、ここに来ると場が明るくなる。普段は口数の少ないディルデュランもたくさん話をするし、私は二人の話に耳を傾けるのが好きだった。
「静かになるな」
左隣に立つディルデュランがぽつりと呟いた。私はそれに、こくりと頷く。
死の森の奥で暮らしていると、外の世界との繋がりはどうしても薄くなってしまう。それでも彼はいるし、光の精たちの気配も濃厚で、本当の意味で孤独というわけではなかった。ただ、何も聞こえない人間にとっては、それでも本当の孤独に感じられるのではないかと思う。
「でも、ディルデュランさんと日々穏やかに暮らすのも、私は好きです」
マーシュマロウさんと驢馬たちの姿が完全に樹々の向こうへ消えるまで見送りながら、私は思っていることを口にした。私が「寂しい」と感じていることを、きっと彼は気にしてしまうだろうから。
「そうか」
それだけを言って、ディルデュランは黙った。私は隣に立つ彼を見上げてみたが、暖気を含んだ強い日差しが逆光になっていて、その表情を読み取ることはできなかった。
私たちはその後、いつもの日常へと戻っていった。ただ、少し気になることがある。ディルデュランさんの態度が、こう……いつもより距離があるというか……。
側でしゃがみながら瓜の余分な花を間引いている彼の姿に首を傾げつつ、私は立派に育った瓜を二つ抱えて畑の中を歩いていた。地形をそのまま活かした畑は、地面がでこぼこしている。私は足元に気をつけながらディルデュランの脇を通り、側に置かれた籠へ瓜を入れようとした。その時、地面に開いた穴に足を取られた。
「きゃ……」
体が前へ倒れる。抱えていた瓜が手から飛んでいくのが、なぜか妙にゆっくりと見えた。続く衝撃に備えて、私はぎゅっと瞼を閉じる。
「リス!」
けれど、地面に顔から衝突する寸前で、体が止まった。ディルデュランが咄嗟に右手を伸ばし、私の上半身を受け止めてくれたのだ。
「危ない。歩く時は気をつけろと、あれほど……」
彼は私を抱えたまま、安堵したように息を吐いた。それから左手を腰へ回し、右手で脇の下を支えると、一緒にゆっくりと立ち上がる。
「足は捻っていないか?」
「すみません、考え事をしていて。足は……大丈夫だと思います」
支えられながら足を動かして答える。変な方向に捻ったりはしていなかったので、私はほっとして肩の力を抜いた。
私は転びやすいので、彼が側にいる時は何度も助けてもらっている。今回もしっかりとした腕に支えてもらい、私は安心していた。
「そうか。良かった」
しかし、ディルデュランはいつもと違った。手をぱっと離すと、それ以上何も言わずに瓜の花の間引きへ戻ってしまった。普段なら服についた土を払ってくれたり、ほかに怪我をしていないか、あちこち確認してくれたりするのに。
私は首を傾げ、困惑しながら飛んでいった瓜を拾いに行く。
「あった」
瓜は二メートルほど離れたところに落ちていた。私は手で土を払いながら傷がないか確認し、改めて籠へ入れる。その時、ディルデュランと視線がかち合った。けれど彼は、ふいっと目を逸らした。私は理由の分からない、もやもやとした気持ちを抱えることになった。
とにかく、私の出自や年齢について聞いてから、彼はおかしい。空を見上げて考え事をしていたり、こうしてあからさまに距離を取ったり。私は名前の呼び方で悩んだくらいで、それ以外の態度は何も変えていない。だから、おかしいのはディルデュランの方なのだ。そう思いながら、しゃがんで作業を続ける彼の姿を、私は視線で追った。
こちらとしてはもっと構ってもらいたいし、触れ合う機会だって増やしたい。つまり、今よりもっと彼と仲良くなりたいと思っている。
昨日ディルデュランが言っていた「相応の扱い」というものが、今の状態なのだとしたら――。私としては、断固としてお断りしたい。
大きくて傷だらけだけれど優しい掌で撫でてもらうことも、手を繋いで歩いてくれることも、転んだ時に支えてくれる腕も、そして、時折見せてくれる貴重な笑顔も、私は全部大好きなのだから。
私は困ったような顔をしながら、彼の背中をじっと見つめたのだった。




