第四章 迷いの夕べ
一日の作業を終え、夕日が差し込む山小屋の中。ディルデュランは、マーシュマロウに引き渡す分の商品の最終確認をしていた。
品物は薬草茶が一番多く、それ以外には干し赤茄子とそのオイル漬け、干し果物、干し薬草、草木染めの布、細工物、組み紐など、細々とした物がある。それらを驢馬が背負いやすいよう、重さを均等に分けてまとめ、マーシュマロウが持ってきた袋へ詰め込んでいく。四つ分になった荷物は山小屋の入口付近に置かれ、明日、驢馬の背に積まれる予定だった。
「薬草茶は人気商品だからね。リスちゃんが来てから仕入れの量が増えて、嬉しいよ」
そう言ったマーシュマロウは、ベンチに座りながら、ざるに入った隠元豆の筋を取っていた。リスもその隣で筋取りをしていたが、彼の言葉に嬉しそうに微笑む。
薬草茶もそうだが、二人で作業するようになった分、単純に作れる量が増えている。
増産した理由は、少女があまり食べないとはいえ、養う人数が一人増えたのは確かであり、森では手に入らない食料品などを買うためにも、納品量をこれまでの一・五倍ほどにする必要があったからだ。
「組み紐も引き取ってもらえて良かったです」
リスがにこにことマーシュマロウに話しかける。
ここへ来てから何度も練習した組み紐作りはすっかり上達し、今回から商品として引き取ってもらえるようになっていた。
「リスちゃんが作る組み紐は色使いが女の子らしくていいよね。若い子に人気が出そうだと思うよ」
「そうですか。良かった……」
リスは気恥ずかしそうに足をもじもじさせている。それを見たマーシュマロウは、可愛いねえ、と思いながらにっこりと笑った。
「あ、女の子で思い出した。ちょっと待ってね。これが終わったら渡すものがあるんだ」
その言葉に、リスが首を傾げる。何だろうと思いながら、華奢な指で隠元豆の筋を摘まんで引っ張る。そうしているうちに、ざる一つ分の隠元豆の筋取りが終わった。
マーシュマロウは立ち上がり、卓でほかの野菜を切っていたディルデュランにそれを手渡すと、生活用品をしまってある棚から木箱を取り出し、リスのもとへ戻ってくる。
「これこれ。卓上鏡と櫛、日焼け止めと化粧水だよ。女の子の必需品」
木箱を受け取ったリスは、その中身を見て思わず目を丸くした。
鏡は二十センチ四方ほどで、木枠には花の彫り物が施されている。木製の櫛も同じ意匠で、どちらも艶が出るまで丁寧に磨かれた良い品だった。日焼け止めと化粧水も肌の弱い人でも使えるもので、容器を見る限り、決して安い物ではなさそうだった。
「こんな……受け取れません!」
慌ててリスがそれらを押し返そうとするが、マーシュマロウは笑顔のまま受け取らせようとする。
「まあまあ。こんな朴念仁のところへ来てくれてありがとうねえ。こういうことに気が利かない男だけど、これからもよろしく、っていう意味だから。ほら、受け取って」
「えっ、えっ?」
野菜を切っていたディルデュランのナイフの手元が狂った。ダン!という音と共に、切り損ねた赤人参が卓から落ち、床をころころと転がっていく。
「おい!」
卓の方から声を上げるが、マーシュマロウはそれを無視して、日焼け止めと化粧水の使い方をリスに教え始めた。
内心焦りながらちらりと少女を見ると、リスは日焼け止めと化粧水に気を取られているらしく、今の言葉の意味までは理解していないようだった。それを見て、ディルデュランはほっとする。リスには、余計な感情を持ってほしくなかった。
まだここへ来て長くない。ようやくこの生活にも慣れ始めたところなのだから、今こうして穏やかに過ごせているだけで十分だと男は思う。――それだけではない。その下には、自分自身が余計なことを意識したくないという気持ちもあった。今回のことで名前の呼び方や接し方に悩み、二人の間の空気がぎくしゃくした。ああいうことは困るのだ。
ディルデュランは溜息をつき、動揺して落とした赤人参を屈んで拾い上げる。本当に、マーシュマロウは何を考えているのだ。そう思いながら難しい顔をした。
「わあ、お花のような香りがします」
無邪気に化粧水の香りを嗅いでいるリスの笑顔を見ながら、ディルデュランは複雑な気持ちになる。ここへ移り住んでから、ずっと独り身でいた。この先もそのつもりだった。それなのに――。
「……まったく、とんだ拾い物をしてしまった」
そう考えながら、ディルデュランは芋に手を伸ばし、皮をむき始める。
できれば親元へ返してやりたい。だが、光の精から命をもらったことが、将来的にリスを孤立させるかもしれない。そう考えると、このままここにいた方が良いのではないかとも思う。あるいは、ほかの森人のもとへ送り出すのも良いのかもしれない。けれど、最終的に決めるのはリス自身の意思だ。
ディルデュランは、もう一度小さく溜息をついた。




